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滅竜編162-1

 バディン王国の王都ベッペルは、現在、二十三万三千の軍勢に包囲・封鎖されていた。


 二十三万三千の内訳は、十万のアーク・ルーン帝国第五軍団十万、一万弱ずつのベネディア軍、リスニア軍、フェミニト軍、ゼルビノ軍、カシャーン軍、ウェブレム軍、クーラント軍、ダムロス軍、バルジアーナ軍、モルガール軍、計三万弱のシャーウ、ロペス、タスタル、フリカ、ゼラントの敗残軍に、内通していたバディン貴族の手勢数千が新たに加わっている。


 アーク・ルーン帝国の第十二軍団は、王都の包囲・攻略に参加せず、地方の平定に動いている。


 特に、北から攻め入ったベネディア軍、リスニア軍、フェミニト軍、ゼルビノ軍、カシャーン軍がバディンの民に略奪や暴行を働いているので、その点を踏まえて信頼回復に動いているのだ。


 もちろん、スラックスがその五ヵ国の司令官の首をはねたのは言うまでもない。


 首をはねた五人の内、ゼルビノ軍の司令官は王弟に当たる人物だったが、スラックスは迷わずに刑を断行した。


 当然、アーク・ルーンの処置にベネディア軍などは強い不満を抱いた。おそらく、第十二軍団がいない今なら、第五軍団十万に対して、他の勢力が手を結べば十三万以上の兵力となり、アーク・ルーン軍を倒せると考える者もいないわけではなかった。


 が、アーク・ルーン軍はこれまで敗者らに対して、無闇にムチを振るっていたわけではない。七竜連合やウェブレムなどの南方五ヵ国は、アーク・ルーンの怖さをしっかりと心に刻まれており、軽率な行動を取る者はほとんどおらず、ベネディアなどの北方五ヵ国も、今後は軽率な行動を取る者はほとんどいないだろう。


 何しろ、十万三万三千の敗者の中で、軽率な行動を取った約百名が、アーク・ルーン軍に一斉に捕らえられ、見せしめに殺されたのだから。


 これで不満があろうが、敗者たちは分をわきまえるようになったが、アーク・ルーン軍はムチを振るう一方ではなく、捕らえたバディン貴族をアメとして負け犬たちに与えた。


 妙齢な女性は言うまでもなく、それ以外のバディン貴族も生きたサンドバッグとして、負け犬のうっぷんを晴らすために使われ、そうした不満のはけ口を与えることで、アーク・ルーン軍は負け犬たちを巧妙に飼い慣らしていった。


 あるいは、リムディーヌは敗者が敗者をいたぶる醜い姿を見たくないがゆえ、別行動を望んだのかも知れない。


 親アーク・ルーン派として侵略者に国家機密を流していたほんの一部のバディン貴族以外は、負け犬たちの不満をなだめる生き餌とされたが、それはバディンの王族も同様である。


 地方にいたバディンの王族で捕らえられた者は、やはり不満のはけ口としてアーク・ルーン軍に利用されたが、ただ一人だけクラウディアは、囚人服を着せられ、檻車に閉じ込められる以上の辱しめは受けていない。


 その美貌ゆえ、クラウディアを望む負け犬たちはいくらでもいたが、


「それならば、ネドイル閣下の弟君がその身柄をあずかられることになっておりますのう」


 対応したシダンスが意味ありげに言うと、よだれを垂らさんばかりの負け犬たちはすごすごと引っ込んだ。


 別段、シダンスはバディンの王女を憐れんで、方便でフレオールの名を使ったわけではない。クラウディアを憐れに思う気持ちはなくはないが、そんなものはアーク・ルーンの益の前には無いも同然である。


 アーク・ルーンへの大益という料金さえ払えば、シダンスは丁重にどんなゲスにでもクラウディアを売り払っただろうが、残念ながらゼラントの王女に捕らえられたバディンの王女は、すでに売約済みであった。


 クラウディアの生殺与奪の権利を購入したフレオールだが、それで彼女の身を欲しいままにしようとは考えない。むしろ、知り合いなので、そうした目にあわないよう、その身柄を自分の管理下に置いたのだ。


 が、クラウディアの身に同情しても、さすがに逃がしてやるわけにはいかない。フレオールにできるのは、身の安全を確保してやることか、自裁用の毒などを用意してやることくらいだ。


 少なくとも、フレオールのおかげで凌辱されずにすんでいるクラウディアだが、当然、檻車から年下のご主人様に向ける視線は、怒りと敵意に満ちていた。


 もっとも、感謝されるとは思っていないフレオールは、軽く肩をすくめて苦笑するのみだ。


 クラウディアの閉じ込められている檻車の前で、平然としているフレオールの他には、イリアッシュくらいだ。様子が気になり、足を運んだティリエラン、ナターシャ、フォーリス、シィルエール、ミリアーナは、うつむいて視線を合わさないようにしている。


 ミリアーナに敗れて捕らえられ、その際に乗竜を失って竜騎士でなくなり、さらに竜鱗の鎧をはぎ取られ、囚人服を着せられた上、十日以上も檻車に入れられているクラウディアだが、まだまだ気概は残っているらしく、フレオールを睨みつけるだけではなく、


「……私をこのように閉じ込め、屈服させる腹積もりであろうが、こんなことで私の心は折れんぞ」


 言葉で噛みつきさえして見せる。


 虚勢や空元気でも、ティリエランらのように絶望をにじませた表情よりはマシとは思うフレオールだが、


「その元気がバディンが滅びた後も続いてくれればいいんだけどね」


「ということは、まだ王都は陥落していないのだな」


 檻車に閉じ込められているクラウディアの元には、まったく情報が入ってこない。


 仮に、情報をどれだけ得たところで、囚われの身であるクラウディアには何もできないのだが、戦況や祖国の現状が気になるのは当然の心理であろう。


 バディンの王女に何も教えなくても問題はないのだが、


「現在、我が軍はベッペルを包囲し、封鎖している。王都には人や物がまったく出入りできない状況にある」


「相変わらず、正々堂々と戦うことを知らぬようだな」


 実のところ、皮肉を飛ばせるクラウディアより、ナターシャの方がずっと顔色が悪い。


 狂ったドラゴンを避けて王都に通じる流通路を押さえるのは、かつてタスタルで第九軍団が用いた戦法である。


 バディン王国の経済と流通の事情を思えば、籠城に備えて充分な食料を備蓄できないのは明白だ。


 大軍に囲まれ、ただでさえ不安な王都の民は、いつ食料がなくなるかわからないという不安とも戦わねばならないのだ。


 だが、かつてのナターシャがそうであったように、今のクラウディアは困難な状況であろうが、皆が力を合わせれてくれる、苦しくとも民は理解してくれるという幻想を抱いている。


 もちろん、今のナターシャはそんなものが独り善がりでしかないことを、誰よりも思い知っている。飢えに直面した民が暴徒と化した時、どれだけの生き地獄が生まれることになるか。あの時の光景を、タスタルの元王女は生涯、忘れることはないだろう。


 あの光景がバディンで再現され、親友もあの苦しみを味わうことになると思っているナターシャに、


「どうやら、あのくらいのですむと思っているようだが、今のベッペルはあの時以上の生き地獄だぞ。何しろ、逆らう者は殺され、おとなしくしていても、バディン兵やゼラント兵に妻や娘を犯され、面白半分に暴力を振るわれているそうだ」


「なっ!」


 フレオールの口にした内容に、クラウディアとミリアーナは信じられないといった表情を浮かべる。


「なぜ、そんなことになる!」


「そりゃあ、兵たちに役得を与え、引き止めるためだろうさ。実際にタスタルなどの時と違い、兵たちは民の側についてないからな」


 バディンの王女の驚きに、フレオールは事なげに答える。


 滅びた七竜連合の国々で、民が反旗をひるがえした時、それに兵士たちは与した。同じ平民であり、上の人間への不平不満に同調し易い立場にあったからだ。


 騎士のみで戦争はできないと言われるとおり、兵たちが敵に回ったため、民を抑えるだけの数を確保できなくなり、収拾がつかない事態を招いた。


 バディンの王都にはゼラント王もいる。ゼラントの王都が落ちた際の経験に基づき、兵たちを寝返らせない手立てを打ったのかも知れないが、


「けど、それって、ボクたちが向こうの竜騎士なりを抑えるなり、一度、形勢が傾いたら、もうおしまいじゃないかな? 兵の数なんて、民の数に比べたら微々たるもんなんだから」


 ミリアーナの指摘するとおりである。


 バディン側が兵たちに与えている役得は、民の犠牲で捻出しているものにすぎない。当然、犠牲を強いられる民は、怒りと憎しみを募らせているが、軍が怖くて逆らうことができずにいる。


 だが、それは軍が怖くなくなれば、民衆は憎悪の濁流となって、軍にも王にも襲いかかることを意味する。


 アーク・ルーンとってもっと重要なのは、戦力的な意味ではなく、王に逆らったという事実である。


 反逆者となった彼らは、王を打倒せねば、罪人として処断されることになる。罪人になりたくなければ、アーク・ルーンを支持し、協力するしか方策がないのだ。


 バディンの王都の民の大半は、もはや潜在的にアーク・ルーンの味方であるようなものだが、今やナターシャに劣らぬほど顔色が悪くなったクラウディアが、


「バディンが滅ぶのは仕方ない。だが、民を虐げて終わったのでは、あまりにも情けなさすぎる。私をここから出してくれ。すぐに民を害するのを止めさせねばならん」


 必死の訴えに、しかしフレオールを軽く肩をすくめただけで、応じることはなかった。


 そこまでの権限はないし、何より檻車のカギを開けたところで、クラウディア一人でどうにかできるものではないであろう。


 アーク・ルーンの謀略という堤の中、まんまんと渦巻く民衆の憎悪という濁流をせき止めることは。



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