滅竜編150-4
イサイトの野での決戦で、両軍の死者は合わせて二万人以上を数えたが、捕虜の数は数百人ほどに留まった。
開戦当初は、元は同盟国同士の激突であったがゆえ、双方の損害は微々たるものであったが、それもスラックスの突撃命令が下ると一転した。
虚報と両側面への移動で混乱させた四万の敵に、八万の味方を遮二無二に突っ込ませ、大混戦の末にバディン・ゼラント・ワイズ連合軍を撃破したが、その戦いぶりとその後の追撃戦はとにかく無秩序なものであった。
十二万人が集団戦闘ではなく、殺し合いに終始し、同士討ちさえ見せる醜態を見せ、負けた側は算を乱して逃げ、勝った側はそれを狂ったように追い回して殺す。
二万を越す死体の大半は、バディン兵、ゼラント兵、ワイズ兵で占められており、捕虜も同様である。そして、死者に対して捕虜の数がずっと少ないのは、それだけ殺し合いに狂奔した結果と言えるだろう。
その少ない捕虜の内、兵士たちはスラックスの指示で全て解放されたが、騎士たちの方は全て首を斬られた。
クラウディアは一応、命は助けられたものの、囚人服を着せられて檻車に叩き込まれている。
そして、そうしたスラックスの苛烈な処置は、敵ばかりではなく、味方にも向けられた。
夜、決戦に大勝利した二十八万の将兵は、戦いの事後処理も終えたが、まだ疲れた体を休めるどころか、食事を取ることもかなわず、困惑と緊張した面持ちでイサイトの野に整列しているのは、スラックスが厳しい態度で彼らに臨んでいるからだ。
第五、第十二軍団の二十万の兵を背後に従え、シャーウ、タスタル、ロペス、フリカ、ゼラント、ウェブレム、クーラント、ダムロス、バルジアーナ、モルガールの軍勢と向き合って立つスラックスは、
「今日の戦いは勝利で終わり、皆の健闘を称えたいところだが、残念なことに処罰せねばならぬ者が我が軍にいる!」
その雅な外見に反した鋭い叱責を飛ばす。
「敵に対し、明らかに手を抜いて戦った者、彼らの行いは怠軍の罪に該当し、その指揮官を即刻処刑して、軍律を正すべきであろう」
アーク・ルーンの厳しさを思い知らされ、またスラックスの真剣な態度から、冗談と考える者はおらず、多くの者が顔を青ざめさせ、また生唾を飲み込んだ。
「では、怠軍の罪に処すべき五名を引っ立てよ」
その指示の元、アーク・ルーン兵らが、囚人服を着せられて縄で縛られた五名、元ロペス王、元シャーウ王、元タスタル王、サクリファーン、ミリアーナを二十八万人の前に引き出される。
当然、縄目の辱しめを受けている五人の姿に、元七竜連合の将兵は大きくざわめくが、
「元来ならば、その罪状から首をはねるところだが、勝利に貢献した功もあるがゆえ、罪を減じて、五十杖の刑に留める。また、ミリアーナに関しては、バディンの王女を捕らえた功績もあるので、今回に限り、不問とする。では、残る四名の刑を速やかに執行せよ」
司令官の裁定が下り、ミリアーナの縄はほどかれるが、残る四人は縛られたまま地面に座らされると、その背中に杖が振るわれる。
五十杖の刑はその名のとおり、杖で五十回、叩かれる刑罰である。
容赦なく杖で叩かれる四人は、囚人服のみならず、ヒフも破れて、血がにじみ出してくる。
一打ごとに四人は呻き、時には悲鳴を上げていたが、三十打を越えたあたりでサクリファーンは殴られても反応しなくなり、
「気絶しておりますが?」
「構わん。続けよ」
ためらうことなく、続行を指示するスラックス。
「……ひぃ、兄様……」
蒼白な顔で、シィルエールは小さく悲鳴をもらすが、それは彼女だけではない。
ティリエラン、ナターシャ、フォーリスも、父親への無惨な仕打ちに青ざめているし、竜騎士の中には怒りと恥辱に顔を赤くしている者も少なくない。
だが、どんな扱いを受けようが、負け犬はそれに耐えねばならない。というより、これまでこのような扱いと場面は何度も受けており、その度に血の気が多い竜騎士や騎士が激発して間引きされてきたので、この場にいる者らは、ある程度は自制の働く者ばかりとなっている。
こうしてふるいをかけていけば、血の気が多く扱い辛い負け犬がどんどん排除でき、従順な負け犬だけが残る。
仮に、四千の負け犬が一斉に蜂起しても、まず負け犬同士で戦わせ、それでも生き残っても、二十万のアーク・ルーン兵で駆除すればいいだけだ。
さらにその四千人の家族も見せしめに殺せば、他の何万、何十万という負け犬がよりおとなしくなるだろう。
王族、竜騎士だからと、特別扱いをしてくれるほど、アーク・ルーンは甘くない。この場にいる八万人は、王族だろうが平民だろうが同じ負け犬の一部でしかなく、それはドラゴンに跨がっていようが変わるところはなく、噛みつく者はもちろん、言われたとおりに噛みつくこともできない負け犬も必要ないのだ。
トイラックやスラックスのように忠実な者でなくとも、イライセンやヅガートのように扱い辛い者であろうが、能力さえあればいくらでも重用する。だが、それは逆に、能力も忠実さもない者は、不要と判断して処分されることを意味する。
シィルエールがもし、兄を杖で叩くのを止めるように訴えれば、アーク・ルーンの軍法に逆らったとされ、兄の背中に杖ではなく、首に刃が振り下ろされることになりかねない。
アーク・ルーンが何度も心にムチを打ち続けたのは無駄ではなく、元フリカの王女という負け犬は、兄が杖で打たれていても、うつむいたまま耐えられるようになっていた。
そして、今回、スラックスが心に振るったムチによって、次からはバディンやゼラントの軍勢に負け犬らは必死に噛みつくだろう。
噛みつかなければ、物理的にも心理的にもムチを食らうのだから。




