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滅竜編150-3

 スラックスの発した突撃命令によって、イサイトの野に集った多くの将兵は混乱のるつぼに叩き込まれ、平静を失った彼らは無秩序な大混戦を展開した。


 冷静さを失って遮二無二に戦うのは、ティリエランやナターシャなども同じで、おとなしいシィルエールでさえ、背後から味方に背中を押される形で、バディンの竜騎士をほふっている。


 もちろん、そうした血みどろの殺し合いにアーク・ルーン兵は加わっておらず、敵と元敵による大混戦から距離を置き、極めて冷徹に行動しているのは、アーク・ルーン軍だけではない。


 配下の竜騎士、騎士、兵士が無秩序な戦いと前進に狂奔する中、ミリアーナだけはアーク・ルーンというより、スラックスの意図に遅まきなからも気づき、乗竜バーストリンクを上昇させ、混戦に巻き込まれないように努めた。


 味方であったバディンとワイズ、そして同胞たるゼラントが相手であり、その矛先が鈍ったのはミリアーナの率いる一隊だけではなく、第一陣四千は先日までの味方との戦いに消極的な態度を見せた。


 ミリアーナからすれば心情的に当然のことなのだが、それがスラックスに良くない心証を与えたということに気づいたのもミリアーナだけであった。


 ふぬけた戦いをしたという失点をおかした以上、それを挽回せねばならない。だが、例えバディンの竜騎士を討ったところで、スラックスの考課表にプラスとならないだろう。


 アーク・ルーンの意向に逆らうのは論外だが、有象無象の負け犬たちと同じ行動をしていて評価されるとも思わない。だから、ひたすら前に進もうとする味方に同調せず、ミリアーナは乗竜を上昇させて、上空から戦場を見渡し、二つの手柄首を発見した。


 バディン王国の第二王子ガーランドと、第一王女クラウディアである。


 ガーランドが相手ならば、一対一でも充分に勝てるのだが、いかんせん発見すると同時に、ガーランドは戦場を飛び去ろうとしている。


 フレイム・ドラゴンとダーク・ドラゴンの速力に大差はない。距離がある分、追いかけても追いつけるものではないので、ミリアーナとしてはもう一人のターゲットに向かうしかないのだが、クラウディアの場合、一対一では勝ち目がない。


 とはいえ、ミリアーナに選択肢はなく、竜首をバディンの王女に向け、そちらへと乗竜を飛ばす。


 そして、乗竜の能力で大地を操り、追っ手の通行止めに努めるクラウディアの側へと降り立つや、


「クラウディア先輩! 降伏してください! もう、そちらに勝ち目はありません! これ以上の抵抗は無益です!」


 ミリアーナは降伏勧告を行う。


 このイサイトの野で、クラウディアがライディアン竜騎士学園の生徒会メンバーを目にしたのは、これが初めてではなく、一方でティリエラン、ナターシャ、フォーリス、シィルエール、そしてミリアーナも、クラウディアの姿に気づきながら、その前に進み出るのを避けてきた。


 敵味方となった以上、戦場で相見えれば、ただ戦うのではなく、殺し合うことを意味する。だから意図的に避け、見てみぬふりをしてきた七竜姫の中で、ミリアーナはそのタブーに踏み込み、降伏勧告を受けたクラウディアは苦り切った表情となる。


「ミリィ。抵抗が無益など、私も父上も心得ている。だが、アーク・ルーンが我らが降ることを許さず、死ねと言っている以上、我らに他に道はない。私はこの場で最後まで抗うつもりであり、戦い抜く覚悟だ。できれば、学園の後輩を斬りたくない。私の前から早々に去るがいい、ミリィ」


「そうできればいいけど、ここで戦わずに引き下がると、アーク・ルーンの心証が悪くなるんだ。ボクとしても心苦しいけど、アーク・ルーンでの立場がある以上、クラウディア先輩を倒すしかないんだ。だから、降伏して欲しかったんだけど」


「それは私に勝てると言っているようだが、しばらく会わない内にそれだけ腕を上げたか。それとも、アーク・ルーンにつき、その力を自分のものと混同するようになったか」


「ボクだけじゃあ、クラウディア先輩に勝てないのはわかってるんだ。ただ、アーク・ルーンに痛い目や苦い思いをさせられたせいか、多少の悪知恵はついたみたいでね。戦い方と状況によっては、強い相手にも勝てるって判断が、少しはできるようになったみたいなんだ、これが」


 後輩の発言に、クラウディアは周囲を素早くうかがう。


 周りにティリエランなど、他の竜騎士の姿はない。騎士や兵士の姿はあふれ返っているが、乗竜たるアース・ドラゴンが築いた土壁に阻まれて近づくことができずにいる。


「残念だが、ミリィ。本当にアーク・ルーンに毒され、そのようなブラフを使うようになったか。とはいえ、降伏を勧めてくれたことには感謝する。だが、私はしんがりとしてここにいる以上、兵らが逃げ切るまで踏ん張らねばならん。ゆえに、負けてやるわけにはいかんぞ」


 刀を構え直すクラウディアに対して、


「ボクの方も、アーク・ルーンの下でやっていくのに、ポイントを稼ぐ必要があるんで、どんな手を使っても、勝ちにいかせてらいます」


 右手でフレイルを振り回すミリアーナは、左手に握る手綱を振るい、乗竜を突進させる。


「ガアアアッ!」


「ハアアアッ!」


「ハアアアッ!」


「グガアッ!」


 咆哮と共にバーストリンクの吐いた炎をクラウディアの刀が斬り払い、ミリアーナの振るったフレイルが、ランドロックの頭部を強打する。


 乗竜にダメージを受けたクラウディアは、


「ミリィ!」


 ようやく一対一でなければ、一騎打ちでもない状況に気づく。


 一対一ならば、確実にクラウディアが勝つ。一騎打ち、乗竜を駆っての戦いでも同様だろう。


 だが、一人と一頭を相手にした戦いならば、話は違う。


 単純な手数でも、ミリアーナらのそれは二に対して、クラウディアの一でしかなく、一方を攻めるか守るかすれば、もう一方の攻撃をマトモに食らうことになる。


 もちろん、ランドロックにミリアーナらを攻撃させれば、クラウディアは劣勢から優勢に転じることができるが、その場合、味方を追撃する敵を阻むことができなくなるだけではなく、敵がここにもやって来る。


「ミリィ!」


 再び叫んだクラウディアは、乗竜の背を蹴り、相手の乗竜の背に着地し、ミリアーナに斬りかかる。


 クラウディアの斬撃をミリアーナはフレイルを振るって防ぐが、


「ハアアアッ!」


 バディンの王女の猛攻に、ゼラントの元王女はたちまち防戦一方となる。


 接近戦に持ち込めば、主を巻き込むのを恐れて、足元のフレイム・ドラゴンは一対一の戦いに介入できないと踏んだのだ。


 一対一なら、ミリアーナを圧倒できる。バーストリンクはランドロックに攻撃を加えるが、頑強で生命力の高いアース・ドラゴンはそうカンタンに殺せるものではなく、一対一の戦いを制する時間は充分にある。


 が、そんなクラウディアの計算より、ミリアーナの計算の方が上であった。


「ガアアアッ!」


 不意に、バーストリンクの肉体が炎で包まれ、


「ハアアアッ!」


「ハアアアッ!」


 クラウディアは全身をドラゴニック・オーラで覆い、ミリアーナは炎の耐性を高めて、足元から噴き上がる火と熱を防ぐが、両者は一対一どころではなくなった。


 バーストリンクがランドロックの巨体に噛みつき、硬く厚い鱗の一部を噛み砕き、そこから炎を直に体内に流し始めたからだ。


 当然、ランドロックは激しく動き回り、バーストリンクを引き離そうとするが、能力を兵の追撃を防ぐのに使っているせいか、体格と力で勝るアース・ドラゴンがフレイム・ドラゴンを振りほどけずにいる。


 ドラゴンが格闘を演じる、激しく躍動する背中で、マトモに立ち回りなどできようがない。それでも、バーストリンクを倒さねば乗竜が危ういクラウディアは、不安定な姿勢ながら足元に刀を振るおうしたところ、ミリアーナが不安定な姿勢ながらそれを阻止する。


 改めてクラウディアはミリアーナを倒そうと刀を振るうが、足元の不安定さがその斬撃を鈍らせる。


 足場が悪いほど、身軽さと平衡感覚で勝るミリアーナが有利であり、そもそも彼女の方は守りに徹していればいい。


 焦燥感に駆られながらも、鋭さを欠く斬撃を繰り出し続けたクラウディアであったが、


「バーストリンク。炎を止めろ」


 ミリアーナの命令が下り、二人の足元の躍動と炎がおさまりる。


 が、おさまったのはそれだけではなく、クラウディアの全身を覆うドラゴニック・オーラが消え失せる。


 体内を焼き尽くされたランドロックが絶命し、乗竜を失ったクラウディアが竜騎士でなくなったからだ。


「ガアアアッ!」


 バーストリンクは咆哮と共に、周囲に炎の壁を打ち建てる。


「さて、クラウディア先輩。力ずくで捕らえることもできるけど、おとなしく降伏してくれるなら、炎で味方の一部を足止めするけど、どうかな?」


「……わかった」


 ミリアーナの再度の降伏勧告に、クラウディアは刀を捨てる。


 ランドロックが死に、土壁は崩れ出している。竜騎士でなくなったクラウディアに、敵兵を一部なりとも足止めができようものではなく、また乗竜が健在なミリアーナに逆らう術はなかった。


 もちろん、この取引で逃げられる兵は、大した数ではないが、それでもクラウディアとミリアーナにとって、一人でも多くの兵が助かることは無意味ではない。


 バディン兵とゼラント兵が一人でも多く死なずにすむことには。


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