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滅竜編150-2

「将軍も苦労しますな。あのような者どもが味方でありますと」


「仕方あるまい。それでも味方なのだ。役に立たぬまま放置はできない。ネドイル閣下にとって有用な働きができるよう、指導するのも私の役目であろう」


 第一陣とバディン・ゼランド・ワイズ連合軍との戦いを遠望しながら、アーク・ルーン帝国の将軍スラックスは、副官であるシダンスの言葉に憮然とうなずく。


 敵軍四万と第一陣四千は、かつては味方同士であり、顔見知りであるがゆえ、戦う際にためらいが生じるのも仕方ない、とは、スラックスは考えない。


 どのような経緯があれ、アーク・ルーンに降った以上、大宰相のために懸命に働くのが当然のことであるのだ。


 その当然のことをしないということは、許し難い怠慢であるが、それを理由に排していては、アーク・ルーンの勢力は拡大しない。


 弱体化したバディン王国、ひいては七竜連合はもはや敵ではない。ゆえに、ただ勝つだけではなく、戦いの中で新たな味方を見極め、彼らを調練する材料として用い、敗者たちをネドイルの役に立つ道具に仕立て上げる。


 勝敗が明白な現状、スラックスがするべきは、味方と敵をいかにネドイルの役に立たせるかである。


 とりあえず、敵を使い、負け犬の一部に再教育が必要なのを確認したスラックスは、


「よし、カタをつけるぞ。シダンス、所定の作戦に従い、兵の一部を敵の右側面に移動させよ。不要とは思うが、念のためにリムディーヌ殿の元に伝令を走らせ、敵の左側面に兵の一部を回してもらえ」


「御意。で、将軍はやはり?」


「前に出て、号令をかけてくる。これで算を乱して敵に、味方は死に物狂いで突っ込むだろう」


 スラックスが前に出て危険をおかすことはないのだが、その方が効果的ではあるので、シダンスは将の采配に異を唱えることはなかった。


 すでに第五、第十二軍団は、共に騎兵を中心とした一万の兵を準備している。


 この二万がバディン軍の左右両側面に向けて駆け出すと、当然、騒然となったバディン軍の中で、


「ゼランド軍が敵に内応! ゼランド軍が裏切ったぞっ!」


 そんな虚報が各所から上がり、更なる混乱を引き起こす。


 バディン軍を裏切ったとされるゼランド軍は、バディン兵に襲いかかるどころか、必死に自分たちが裏切っていないことをアピールする。


「惑わされるなっ! これはアーク・ルーンの策略だ!」


 ゼランド兵の戸惑う様を見極め、クラウディアがアーク・ルーンの小細工を見破るも、一端、虚報に踊らされたバディン兵とワイズ兵は、味方への警戒を捨て切れずにいる。


「第一、第二、第三陣はひたすら前進せよ! 進まぬ者は蹴散らすぞ!」


 第十二軍団からも借りたのものを合わせ、二百頭の魔甲獣を先頭に、五百騎の黒林兵を従え、愛馬を駆るスラックスが苛烈な命令を飛ばす。


 第二陣と第三陣からすれば、待機から一転して、いきなり突撃を命じられ、戸惑いを覚えずにはいられなかったが、そんなものは背後から轟く二百頭に及ぶ魔甲獣の咆哮と足音の前に吹き飛んだ。


「ゴー・アタック! ゴー・アタック! ゴー・アタック・オンリー!」


 士官らは喉がかれんばかりに叫びまくり、七万六千の将兵は四万の敵と四千の味方の背中に猛然と突き進む。


 ティリエランらもスラックスの命令や味方の突進に気づいているが、かつての味方を手にかけることへのためらいもあれば、まさか本当に味方を蹴散らすとは思わなかったのは、第一陣の者だけではなかった。


 味方や祖国を裏切った第二陣の面々だが、それでも味方を、同胞を背後から蹴散らすのにはためらいを覚え、足を止めたところに、ウェブレム兵らの突撃を受けた。


 背後の味方に押される形で、止めていた足を動かした二万六千人は、次々と四千の味方を突き飛ばし、前へ前へと進む。


 玉突き的な現象を起こしている八万の敵に対して、クラウディアにそれなりの軍事的手腕と秩序立った戦力があれば、その混乱を突いて痛撃を与えられただろうが、現実には彼女の味方は混乱しているところを、混乱して狂ったように前進する敵に呑み込まれ、突き倒されていった。


 ティリエランらも攻撃や前進をためらえる状況ではない。ためらっていれば、恐慌をきたして前に出ようとする味方に呑まれ、囲まれ、身動きができなくなってしまうのだが、そもそも竜騎士らにはもはや冷静に判断する余裕はなかった。


 ティリエランら竜騎士も半ば混乱状態に陥って、前へと進むためのスペースを確保するのに躍起になり、バディンやゼランドの竜騎士に攻撃を仕掛けた。


 当然、仕掛けられた側の竜騎士らも、反撃をためらった味方が何騎か倒れると、考えるよりも先に応戦するしかなかった。


 かくして、イサイトの野の戦いは、一転して十二万の将兵による激しい大乱戦となるが、それも長くは続かなかった。


 元より戦意の高くないバディン兵らは、ゼラント兵への猜疑と、敵に左右に回り込まれたことに動揺しているところに、こうして押しまくられたのだ。しばらくは踏み留まったものの、その狂ったような勢いに突き崩され、兵たちが次々と敗走を始める。


「逃げるなっ! 敵を押し返せ!」


 乗竜たるダーク・ドラゴンの背からガーランドが怒号を放つが、第二王子の命で足を止める兵は一人もいなかった。


「兄上! ここは私が食い止めます! 兄上は撤退の指揮を採ってください!」


 乗竜たるアース・ドラゴンの背からクラウディアが叫ぶ。


「バカを言うな! 戦いはこれからぞっ!」


「そうです! ここを退いても、我らは抗わぬばなりません! 兄上の身に何かあったなら、それも潰えます!」


 妹として次兄の器量を過大評価しているわけではないが、陣頭に立てる王族が他にいないのだから仕方がない。


 足の遅いアース・ドラゴンでは逃げ切れぬ以上、後の戦いを考えれば、彼女がしんがりを務めるしかなかった。

「兄上!」


「ええい、わかった。後は頼むぞ、クラウディア」


 再び促されたガーランドは、乗竜を羽ばたかせ、妹の前と戦場から飛び去るが、クラウディアの方に兄を見送る余裕はない。


「ガアアアッ!」


 乗竜の能力を用いて土壁を作り、濁流のごとき迫る敵をせき止めようとするが、彼女単騎で防げる敵は全体のごく一部だ。


 それでも、わずかでも敵を足止めし、一人でも多くの味方を逃すため、最後まで踏み留まる決意の元ライディアン竜騎士学園の生徒会長の頭上より、


「クラウディア先輩!」


 乗竜たるフレイム・ドラゴンを駆り、元ライディアン竜騎士学園の書記の一人が迫りつつあった。


 手柄首という免罪符を求めて。



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