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滅竜編150-1

 バディン王国が、正確にはバディン・ゼランド・ワイズ連合軍が、王都より出撃して南より迫る約七倍に及ぶ敵軍の撃滅に向かった主な理由は二つ。


 北の砦が落ち、王都に座していては、南北から挟撃を受けるから。


 が、それ以上に南北から大軍が迫りつつある状況に、バディン兵の不安と動揺が日々に高まり、いくらなだめても落ち着くことがなく、一戦して勝利する以外に鎮静剤になりえないからだ。


 一方、アーク・ルーン軍もバディン軍の来襲を知るや、数十隊に分けてバディン貴族を殺して回るのを止め、敵の進軍速度を計算して、兵をイサイトの野に集結させたが、陣形はそのままで迎え撃つ構えを取った。


 第一陣はロペス、シャーウ、タスタル、フリカ、ゼランドの混成部隊四千。


 第二陣はロペス、シャーウ、タスタル、フリカの混成部隊二万六千。


 第三陣はウェブレム、クーラント、ダムロス、バルジアーナ、モルガールの軍勢計五万。


 第四陣は魔法帝国アーク・ルーンの第五軍団十万。


 第五陣はアーク・ルーンの第十二軍団十万。


 この総数二十八万にも及ぶ敵軍に対し、ゼランドとワイズの残存戦力を加えたバディン軍は四万程度。


 しかも、アーク・ルーン軍が布陣したイサイトの野は、起伏の乏しい広々とした平原で、大軍の方が圧倒的に有利な地形である。


 バディン国内には天険の地はいくらでもある。数に劣るバディン軍は、そうした場所に布陣し、地の利を得てアーク・ルーン軍を迎え撃ちたいところだが、北の別動隊の存在がある以上、不利を承知でイサイトの野に進まねばならない。


 天険の地に兵を置き、敵が攻め寄せてくれればいいが、そうならなかった場合、北より迫る五万の別動隊がほとんど空の王都に攻め寄せるのだ。その時、バディン軍は王都に戻らねばならないが、そこをアーク・ルーン軍に背後から襲われたら、またもやマトモに戦えずに一敗地にまみえることになる。


 大軍に平地で挑む不利を承知で、バディン・ゼランド・ワイズ連合軍はイサイトの野に進み、そこで四万の軍勢と四千の部隊が、互いに数十騎の竜騎士を先頭にぶつかり合い、


「十倍の差の割りには、互角に戦っていますね」


 イサイトの野での戦いで、唯一騎、陣頭にいない竜騎士見習いイリアッシュは、乗竜たるギガント・ドラゴンの背から戦の様子を眺めながら、そんな感想をもらす。


 彼女が戦場でそんな風にのんびりとしゃべっていられるのは、第一陣と第二陣の間におり、戦に参加していないからだ。


「顔見知りばかりだから、竜騎士が遠慮しあって戦っているし、そうした戦いぶりが兵たちをためらわせているのだろう」


 イリアッシュの傍らに立つフレオールの指摘は正しく、陣頭に立つ竜騎士らは互いに精彩を欠き、戸惑うような動きが目立ち、それが兵たちの動きと戦意の鈍さを招いている。


 第一陣に軍監として同行していた二人のみならず、ベルギアットやアーク・ルーン兵らも、戦端が開かれるや後方に下がってこうして観戦に徹している。


 戦を前にフレオールなどは血がたぎり、真紅の魔槍をバディンの竜騎士らに振るってやりたいが、スラックスからそれは禁じられているし、その意図がわかる以上、余計なマネなどできるものではない。


 フレオールのように好戦的ではないが、


「なぜ、私たちが参戦できないのでしょう? フレオール様と私が加われば、バディンを打ち破れるでしょうに」


 イリアッシュの発言は決して大言壮語ではない。


 そもそも、第一陣のみでバディン・ゼランド・ワイズ連合軍、十倍の敵を撃破するのも不可能ではないのだ。


 兵の数こそ大きく劣るが、竜騎士の数では二十騎以上はこちらが上回る。質となれば、それ以上の差だ。


 七竜姫の中でウィルトニアに次いで強いクラウディアだが、七竜姫が二人でかかれば圧勝できる。ガーランドなどの他の竜騎士となれば、七竜姫ならば一対一で圧勝できるのだ。


 その七竜姫の比率は一対五。五人の元王女が全力で戦えば、クラウディアらを充分に圧倒できるというもの。


 が、そうならないのは竜騎士は国の境を越えてほとんどが顔見知りであり、親密な関係にある者が多いからだ。クラウディアとナターシャなどが良い例だが、そこにフレオールやイリアッシュが加われば、友人や知人を傷つけないように振る舞うわけにもいかなくなる。


 両者が率先して戦うというより、アーク・ルーンの目が近くにある中、手を抜いた戦いをすれば、ティリエランらはあらぬ誤解を受けることになる。ましてや、二人がクラウディアなりを倒して突き進み、それに続かぬとなれば、弁明のしようもない。


 フレオールやイリアッシュの実力ならば、並の竜騎士を倒すのはわけないし、クラウディアすらいくらか手こずるくらいの相手でしかないが、


「別段、二人が危険をおかさなくても、第二陣と第三陣の兵を敵の両側面に移動させれば、それだけでいいのですけどね。この場においてはですが」


 ベルギアットの口にする内容は、広い平地で多数と少数が戦う際のセオリーである。


 平地戦において、数に勝る方は左右両翼を伸ばして敵の包囲を計り、数に劣る方は敵の中央突破を計るのが常道だ。


 この戦でも、第二陣と第三陣が両側面に回り込もうとすれば、バディン軍は必死になって中央突破を計ろうとする。そうなれば、それまではなあなあに戦っていた第一陣も、必死になって応戦するようになる。


 必死に戦えば、竜騎士の質と数で勝る第一陣が十倍の敵を食い止めるであろうし、仮に食い止められずとも、第四陣の十万が迎え撃てばいいだけの話だ。


 これで包囲網が完成すれば、バディン・ゼランド・ワイズ連合軍を殲滅するのは難しくないというもの。


「ですが、スラックス将軍は、そのようなことはわかっていて、このような戦い方をされているのですよね?」


「ええ、正に。しかし、あの若さでこれほどの深慮があるとからこそ、将の将と足り得るのでしょうね」


 ミベルティン帝国を征服した以来のつき合いなだけに、魔竜参謀としては感慨が深いし、その大器にはただ感心するしかない。


 単純に武勇に優れ、戦上手なだけでは、スラックスは十万の兵を任されていただけだろう。だが、ロストゥルやリムディーヌといった先達がいる中、スラックスが五十万の兵を統括する立場を任されたのは、その若さに反して広く深く遠く物事を見る点を評価されたである。


 もっとも、アーク・ルーン帝国の将軍は個性的な上、クセのある人物がわりといるので、彼らをまとめる苦労を率先して買ってくれるのが、メドリオーの他にスラックスしかいないという点もあるが。


「しかし、あのお姫様らは相変わらずバカというか、理解力がないというか。あんな戦いぶりじゃあ、自分たちがやる気がありません、役に立ちませんとアピールしているようなもんだろうに」


 フレオールとしては、ミリアーナくらいは自分の危うさを理解していると思っていたのだが、根本的な甘さは改まっておらず、ため息しか出ない。


「しかも、それをスラックス将軍の目の前でやったんですから、ご愁傷さまとしか言いようがありませんよ。あの人の役に立とうという心意気は、トイ君に引けを取らないほどですから」


 ベルギアットも嘆息するしかないというもの。


 宦官として朽ちるだけの人生だったスラックスは、武人として生きる道を与えてもらい、将軍として重用してくれているネドイルに深く感謝し、その大恩に報いようとする姿勢は、トイラックに劣るところはない。


 そんなネドイルの役に立つことを第一に考えるスラックスの前で、第一陣の面々はネドイルの役に立とうしない態度を見せたのだ。スラックスからすれば、どんな苛烈な手法を用いようが、この役立たずどもをネドイルにとって有益なものとしようとするだろう。


「こうなると、死んだ方が楽だろうが、その場合は家族そろってってことになるからな。だから、とっとと降伏するか、逃げろと言ったんだがな」


 アーク・ルーンの手中に落ちた時点で逃げれば、地上の果てまで追われることになる。あの世に逃げれば、命令を拒んだ罪が家族に及ぶ。


 どれだけ苦しかろうがアーク・ルーンに従って生きるか、家族と無理心中するか。第一陣の者たちにはそれ以外の選択肢がないのが現実だ。


「まあ、戦うことを選んだのは当人たちですから、生き地獄のような未来でもがんばってもらうしかありません。この時点でどれだけ悔いても、生き地獄のフルコースを完食するしかないのですから」


 死ぬより辛いメニューを数多の敗者に食わせてきたベルギアットからすれば、牙をむいた負け犬らの末路と飼育法を変えるわけにもいかないのも理解している。


 ここでちゃんとしつけて、逆らう気をなくしておくのが、新たな飼い主の義務というもの。


「まっ、スラックス将軍はもう役立たずさややる気の無さを見極めたから、今さらとりつくろいようもないしな。とりあえず、そろそろ合いの手を入れるだろうから、横にどく準備をしていた方がいいな」


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