滅竜編129-1
バディン王国の北の国境を守る砦は、奇妙な構造をしている。
正確には砦そのものは、大きめで頑丈な造りが特徴であるだけの代物で、奇抜な点はいささかもない。奇妙なのは砦の正門前の左右に、一つずつ砦の外壁より高い土の小山がある点だ。
砦の前にこんなものがあれば、普通は攻め手の接近を阻むよりも、砦に近づく際の格好の遮蔽物となるということにはならない。
なぜなら、この小山の中にはアース・ドラゴンが潜んでおり、近づいた敵兵にその能力で石つぶてを食らわすからだ。
この砦の正門を破るには、二頭のアース・ドラゴンをまず排除しなければならないが、そこに攻撃を集中させれば、砦から矢の雨が降ってくる。さりとて、アース・ドラゴンを無視して、砦の正門に取りつけるものでもない。
では、正門を避けて砦の他の場所から取りつこうとしても、うまくいくものではない。正門にドラゴンを配置して兵が少なくできる分、それ以外の場所に兵を多く配置できるからだ。
加えて、アース・ドラゴンらは置物ではない。正門に兵を向けず、他の場所に攻撃を集中させていると、アース・ドラゴンの横撃を食らうことになる。
戦後の論功褒賞において役立たずに相応しい処遇を受けるかも知れないのだ。
こうしてバディンの国境の守ってきた砦だが、今、その難攻不落の歴史に、終止符が打たれる時がきていた。
二騎の竜騎士と二千の兵が守る砦に、攻め寄せて来たのは、ベネディア公国、リスニア王国、フェミニト王国、ゼルビノ王国、カシャーン公国の五ヵ国連合軍五万。二十五倍にも及ぶ兵力差だが、単純な力攻めならば、北の砦はそれでも持ちこたえただろうし、実際に敵の総攻めを耐えしのいでいる。
アーク・ルーンの要請に従って軍を動かしているだけとはいえ、五ヵ国連合軍としてはこのまま国境で足踏みしているわけにはいかない。
国境でわずか二千の兵と睨み合っている内にバディンが滅びようものなら、新しい主であるアーク・ルーンに役立たずの烙印を押され、戦後の論功褒賞でそれに相応しい処遇を受けることになるだろう。
ここで軍功を挙げておかねば、アーク・ルーンでの出世がおぼつかなくなると考えた五人の司令官は、砦に総攻撃をかけたが、頑強な砦とアース・ドラゴンは、五万人の猛攻にも耐えたので、五ヵ国連合軍は攻め方を変えた。
午前中にベネディア軍、午後にリスニア軍、夕刻からフェミニト軍、夜中はゼルビノ軍、明け方からはカシャーン軍というローテーションを三度ほど繰り返した。
五人の司令官はそれぞれの一万の兵を用いた戦い方は、正門のアース・ドラゴン二頭を牽制しつつ、砦全体にゆるやかな攻撃を加えるというものであったが、ゆるやかなものであっても攻撃を加えられた方は、それを防がねば敵が砦の中へと踏み込んで来るだけである。
三日三晩、不眠不休で連合軍の攻撃を防いでいたバディン兵だったが、それも限界が訪れた。
この砦を指揮する二騎の竜騎士も、敵の間断ない攻撃が始まるより前、五万という軍勢が押し寄せた時点で、援軍を求める使者を出しているが、二十八万という大軍が南より迫るバディン王国に、一兵とて割く余裕はない。
一千か二千でも援軍が来ていれば、兵を交替させて守ることも可能だったが、疲労の極みにあるバディン兵は次々と倒れ始め、そうして手薄となった箇所から、敵兵は砦への侵入を果たしていた。
そして、砦の守りが弱体化したことを見て取ると、攻め寄せていた一万に加え、順番待ちをしていた四万も攻撃に加わり、再び連合軍は総攻撃に出る。
二頭のアース・ドラゴンのいる正門はまだ破られていないが、他の場所からを続々と侵入を果たし、疲れ果てて動けないバディン兵は次々と討たれていき、砦の陥落は確定的なものとなる。
「総員! 無念だが、砦より落ち延びよ!」
竜騎士の一人が砦の放棄を決断するが、疲れてマトモに動けないバディン兵が一人でも逃げ延びられるかどうか。
二人の竜騎士にしても、得物を振るって敵兵を倒しつつ、乗竜と合流して最後まで戦い抜く所存だ。
暴徒や民兵ではなく、砦を攻める五万人は正規兵である。長年、竜騎士と戦ってきただけに、ドラゴンを傷つけ、倒し得る大型の武器も多数、用意している。
二騎のバディン竜騎士は、百人ほどを道連れにする間に、乗竜にそれぞれ三十ヵ所以上の傷を負い、ついに力も生命力も尽きて倒れる。
バディン兵が全滅した砦に、ベネディア兵、リスニア兵、フェミニト兵、ゼルビノ兵、カシャーン兵の勝ちどきの大合唱が響き、それはバディン王国が南北の挟撃を余儀なくされたのと同時に、一つの決断を迫られることも意味した。
座して王都で挟撃をされるのを避けるには、南北、いずれかに出撃するしかないのだから。




