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滅竜編115-1

「合計三十三万だとっ」


 バディン王国の王宮の会議室にて、クラウディアがすっとんきょうな声を出したとしても、無理からぬことだろう。


 国内の把握を優先しているとはいえ、バディン王国に国外の情報がまったく入ってこないわけではなく、アーク・ルーン軍が攻め入ろうとしている情報は、バディン王国の首脳部にも届いていた。


 来るべきアーク・ルーン軍の侵攻に対していかにするか、それを話し合うべく会議室に集ったのは、バディンの主だった者だけではない。


 ゼラントとワイズの主だった者も会議に参加しているが、そこにゼラント王の姿はあっても、ワイズ王の姿はなかった。


 いつもように呑んだくれているのではなく、十日前に酒と共に血を吐くようになり、病床から離れなれない身となっているのだ。


 もっとも、それまで呑んだくれていたワイズ王は、こうした場に顔を出すことは滅多になかったので、いてもいかなくても同じではあるが。


 バディン王国としては、早急に国防の強化に努めねばならないが、国力も戦力も疲弊している現状では限界がある。


 それでも苦心して、ゼラントとワイズの残党を合わせてではあるが、四万の兵を出撃できる体制を整え、それでどう敵の侵攻に備えるかを論じていたところに、敵の総数が飛び込んで来たのである。


「我がバディンに進軍するのは、まずアーク・ルーンの第五、第十二軍団の計二十万。ベネディア、リスニア、フェミニト、ゼルビノ、カシャーン、ウェブレム、クーラント、ダムロス、バルジアーナ、モルガールの十ヵ国の兵が一万ずつで計十万。そしてシャーウ、タスタル、ロペス、フリカの兵が計三万の、総計三十三万となります。加えて、ベネディア、リスニア、フェミニト、ゼルビノ、カシャーンの計五万は北より来襲し、残る二十八万は、南より攻め込んで、我が国を南北より挟撃する策であるとのこと」


 会議室に飛び込んで来た、青ざめた顔のバディン騎士の更なる報告に、クラウディアたちは一様に色を失った。


 北側の別動隊のみで、かき集めた四万の兵を上回る。本隊との兵力差など論じるまでもない。 


 しかも、アーク・ルーンの東方軍には、まだ第九、第十、第十一軍団が待機しているし、ベネディアなどの十ヵ国は要請さえあれば、もう三、四万ずつ兵を動員することも可能だ。


「……三十万以上など、どのような手を尽くそうが、防げるものではありませんぞ」


「泣き言を申すな。勝ち目がなかろうが、戦うより他にあるまい」


「とにかく、どう戦うか、それを考えるべきであろう。何もせずにいれば、南北から挟撃されるのだぞ」


「いや、北の砦は竜騎士が守っている。五万の敵を食い止めてくれよう。我々は南の敵に対処することにのみ専念すればいい」


「だからこそ、我らは全軍で北に向かうべきだ。別動隊を叩けば、砦の兵も含めた戦力で、敵の本隊に向かえるようになる」


「別動隊はしょせんは枝葉のようなもの。本隊という幹を叩けば自然と散り去ろう。別動隊と戦って無駄な犠牲を出さず、本隊を叩くことを最優先にすべきだ」


「なるほど。本隊を叩けばたしかにそうなろう。だが、こちらの七倍もの敵、いったい、どうやって叩くのだ?」


 その根本的な一言で、会議の場に重苦しい沈黙が降りる。


 七竜連合はこれまで倍、あるいは三、四倍の敵を正面から撃破してきた。昨年のロペス軍とマヴァル軍の一戦も、その一例であろう。


 だが、七倍、またはそれ以上ともなると前例がなく、その数の差に誰もが不安で口を閉ざす中、


「何をうろたえるかっ! 我ら竜騎士が一丸となって戦えば、十倍の敵とて正面から粉砕できるわ!」


 バディン王国の第二王子ガーランドの怒号が、会議室に虚しく響く。


 さすがにここまで追い詰められれば、竜騎士の絶対性やドラゴン族への無敵信仰など、とっくに立ち枯れている。


 ガーランドの怒号は虚勢以外の何者でもないが、バディンの王子たる者の発言としては軽率にすぎ、列席者を暗然とさせた。


 ただ、バディンの王族は身内なだけに暗然としているだけにもいかず、


「ガーランドよ。アーク・ルーンの魔道兵器の力を忘れたか。竜騎士がいるから勝てるという安易な考えは、これまでの敗北を繰り返す元だぞ。もう少し考えて発言せよ」


 バディンの王太子、兄からの叱責に、ガーランドは不満そうに唸りながらも、さすがに一礼して引き下がる。


 そして、二番目の兄が引き下がるのと同時に、


「兄上。今のアーク・ルーン軍は魔道兵器のみが脅威なだけではありません。シャーウ、タスタル、ロペス、フリカが敵に降っているのです。竜騎士の数ならば、アーク・ルーンの方が我らを上回るようになっているのをお忘れなく」


 クラウディアが一番上の兄にした指摘は、間違っていない。今や保有する竜騎士の数も、アーク・ルーンの方が上なのだ。


 しかも、バディンは北の国境の守りなど、国内の要所に最低限の竜騎士を配置せねばいけないのに対して、シャーウ、タスタル、ロペス、フリカの要所はアーク・ルーン軍の支配下にあるので、一騎も残さずにバディン攻めに投入できる。


 バディン王国の元にはワイズ、ゼラントの竜騎士もいるが、その数は大したものではない。ワイズの竜騎士は第二次連合に全騎参加し、そこでヅガートの火殺の計で全滅している。ウィルトニアも去った今、ワイズの残党が保有する竜騎士は、ライディアン学園崩壊時に生き延びた見習い一騎のみである。


 ゼラントの保有する竜騎士は、見習いを含めるが、十四騎を数える。マードックがゼラントに残っていた竜騎士らに、王の亡命を伝え、バディンへの退去を認めたからだ。


 竜騎士に居られると、マードックの側も困るので、出て行ってもらった方がありがたい。三騎ほどは王の所業に呆れ、王女の方に従うことを選んだが。


 同じ理由で、王への忠誠をまっとうしようとするゼラントの騎士や兵士がバディンに去るのもマードックは認めたので、一応、ゼラントの残存戦力は三千を数えるようになった。


「そして、皆の者。何より忘れてはならないのは、アーク・ルーンは我らに死ねと言ったことだ。勝ち目のあるなしに関係なく、我々に戦う以外の選択肢はない。それとも、座して死ぬことを選ぶか?」


 クラウディアの言葉に、列席者たちは黙ったままであったが、自分たちの置かれた環境を自覚できたか、その表情は一様に引き締まっていく。


 彼らとて、この情勢でアーク・ルーン軍に本当に勝てるとは思っていない。だが、降伏という逃げ道をアーク・ルーン側が認めていない以上、座して死ぬのを待つのでなければ、戦って死ぬ以外に選び得る方策はないのだ。


 それに戦って戦ってアーク・ルーンに少しでも多く出血を強いれば、バディンの降伏を認めるかも知れない。それ以外に活路を見出だせないのが、バディンの状況と現実である。


「つまりは、勝算を論じず、どう戦うか、方針のみを決めるべき。姫様はそうお考えであるか?」


「その前に私が気になるのは、敵の陣容の情報だ。これだけ詳しい内容、どうやって探ってきたのだ」


 竜騎士の問いに答えず、クラウディアは視線を報告に来た騎士に向ける。


 王女の下問を受け、そのバディン騎士は深く頭を垂れ、


「はっ。この情報は調べるまでもなく、ちまたに自然と流れておりました。無責任なウワサ話かと思いましたが、情報の出所は南から来た商人であり、同じ内容を多くの者が話しているので、確度が高いと判断し、こうして報告に参った次第です」


「では、アーク・ルーンの情報工作である可能性が高いな」


「アーク・ルーンがニセ情報でこちらを混乱させようとしているということかっ」


 妹の見解に軽く目を見張るのは王太子だけではない。会議室にいる面々は、そのような可能性をつゆほども想像していなかったか、誰もが虚を突かれた表情となる。


「情報の真偽は関係ありません。このような大軍が攻めて来るという話が広まれば、民は大いに動揺するはずだ。それは兵も同様で、彼らがこの話に動揺し、それが士気の低下につながれば、我々はアーク・ルーンとマトモに戦うことすらできず、敗北を、いや、死を迎えることになる」


「どこまで卑劣なのだ、奴らは! 我らにマトモな死に場所すら与えぬつもりか!」


 バディンの竜騎士が激情に吠える。


 会議室を見渡せば、その竜騎士のみならず、アーク・ルーンのやり方に列席者は皆、怒りに身を震わせていた。

 アーク・ルーンにとっては初歩の初歩である情報工作に気づかず、指摘すればしてやられたことを卑劣と罵るだけ。そんな味方ばかりであることに、クラウディアは落胆せずにいられないが、それでもそんな味方しかいないのだから仕方ない。


「とにかく、アーク・ルーン軍が大挙して侵攻する話は、広まったと考えるべきだ。我らがするべきは、敵を迎え撃つ策を考える前に、味方の、兵の士気を低下を防ぐ方策を考えることだろう」


 敵の強大さに、味方の頼りなさに諦めてしまえば、何もできずに終わるのだから。


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