滅竜編112-1
「マヴァルの奴らをルバドの野にて叩きます。そして、連中をゼセスの山へと追い込むように敗走させる。この山には数十というドラゴンがいるから、奴らは少なからず食われるが、肝心なのはそれから。これで奴らはここに引き返すしかなくなる。武器を捨て、鎧を着たまま走り続け、疲れ切った状態で戻った奴らのトドメ、ぜひともオラたちにやらせてもらいたい」
その作戦を立てた者は、ロック。アーク・ルーン軍でもロペス軍の軍人ではなく、一介の農夫だった男である。
疲弊したフリカ軍とシャーウ軍を無理に進軍させ、ライディアン竜騎士学園の周辺と、ロペスの王都一帯の狂いしドラゴンを犠牲をいとわずに討伐した。
そして、ロペス王はアーク・ルーンの降伏文書に署名し、ロペス王国は終焉を迎えたが、これでアーク・ルーン軍とロペス軍、フリカ軍、シャーウ軍の足を止まることはなかった。
ロペス王国の東の国境、もとい、魔法帝国アーク・ルーンのロペス領の境を侵しているマヴァル軍には、第九軍団の一部が向かうが、ロペス軍、フリカ軍、シャーウ軍は進軍路を引き返し、シャーウ領に集結しているのは彼らだけではない。
タスタル軍と第十二軍団、ミリアーナ率いるゼラント兵の一部隊、さらにウェブレム王国、クーラント公国、ダムロス王国、バルジアーナ王国、モルガール王国の軍勢もシャーウへと移動しているのは、七竜連合の最後の一国バディンに攻め入るためであるが、これがバディン攻めの全容ではない。
バディンの北にもベネディア公国、リスニア王国、フェミニト王国、ゼルビノ王国、カシャーン公国の軍勢も集まっており、南北から総計三十万を越す兵力が押し寄せる手はずが整いつつあった。
死に体のバディン王国を攻めるのに、これほどの大軍を動かす必要性は、軍事的にはない。わざわざ敗者や従属した国々の兵を動かすのは、政略的な、有り体に言えば見せしめの意味が強い。
もっとも、そちらの負け犬の管理は、スラックスとリムディーヌの仕事なので、フィアナートとザゴンの関与するところではない。第九軍団の目下の役割は、新領土ロペスの地ならしと、マヴァル軍の撃退である。
兵の半分にはロペスの鎮撫を続けさせ、フィアナートとザゴンは約五万三千の兵で、二万のマヴァル軍と相対した。
倍以上の兵力に加え、魔道戦艦などの装備においても敵を圧倒しており、マトモに戦ってもマヴァル軍に負けることはないが、そもそもマトモに戦う気がないからこそ、フィアナートはロペスの民兵約三千を軍列にわざわざ加えているのだ。
どのような戦いにおいても、アーク・ルーンが情報の収集と精査を怠ることはない。マヴァル軍を迎え撃つにあたり、集めた情報の中でフィアナートとザゴンが特に注目したのが、ロペスの民兵の存在だ。
国境を守る竜騎士を犠牲を問わずに倒したマヴァル軍が、ロペスの領土を思うがままに蹂躙した結果、金品や食料を奪われ、家や畑を燃やされ、妻や娘を犯され、親や子を面白半分に殺されたロペスの民は、怒りと憎悪にその一部が武器を手に立ち上がった。
地元ゆえの地の利があるとはいえ、素人の群れが正規兵に襲いかかっても、返り討ちにあうだけだ。実際にロペスの民兵の多くがマヴァル兵に殺されていく中、一人の元農夫、ロックの率いる一部の民兵はマヴァル軍を巧みに襲い続けた。
こうして頭角を現し、実力を示したロックの元に民兵が集うようになると、急速に彼らは組織化されていき、マヴァル軍の進軍を鈍らせるほどの戦果を挙げるようになっていった。
マヴァル軍としては国境の竜騎士を倒し、その守りを突破すれば、王と主戦力がシャーウにいる以上、ロペスは無人の地も同様と考えていた。実際、竜騎士も王もいないロペス軍は、マヴァル軍の前に後退を重ねた。もし、ロックら民兵の活躍がなければ、マヴァル軍はロペス東部の制圧を完了させていたかも知れない。
だからこそ、フィアナートもザゴンも民兵に、否、ロックに注目し、さらに詳しく調べてオファーをかけることにしたのだ。
言うまでもなく、アーク・ルーンは能力さえあれば、身分や素性は問わない。第九軍団の軍団長や副官も、元をたどれば暗殺者や凶賊であり、農民より社会的な地位が低いどころか、社会的によろしくない素性の持ち主である。逆に、社会的な地位がどれだけ高くとも、能力のない者は利用することはあっても、重用することはない。
さすがに元農夫の将軍サムほどの力量はないが、
「師団長ぐらいは任せられる」
ロックと対面したフィアナートとザゴンは、そう評価を下したが、当然、それが正しいのか、確認も怠ることはない。
ロックに作戦案を考えさせたのもその一環であるが、当然、フィアナートらもそれを検討してから採用している。
作戦そのものは、アーク・ルーン軍の作戦遂行能力ならば難しいものではない。実際にマヴァル軍をルバドの野に誘い込んで一方的に叩き、ゼセスの山中へと逃げるように仕向け、これでアーク・ルーン軍がするべきことは終わり、後は成果と結果を見届けるだけだ。
ロックは三千の民兵と共にゼセス山のふもとに伏せ、引き返して来るマヴァル軍を待ち受けている。
ドラゴン族が徘徊する山中を突破できるものではなく、敗走したマヴァル兵が読み通りに戻って来たところに、ロックの号令一下、待ち伏せていた民兵らは立ち上がり、次々と石を投げつける。
訓練を受けていない民兵に弓矢を扱うことはできないがゆえの投石だが、石つぶてとはいえ、十数個と命中すれば相手の命を奪うのに充分だ。
何千という石ころを投げつけられ、二百人以上が死んだところに、ロペスの民兵が襲いかかったが、この時点では数においてはマヴァル兵の方が三倍以上も多い。
だが、逃げる際に武器を捨て、逃げ回っている内に体力を使い果たしたマヴァル兵にマトモに戦うどころか、動ける状態ですらなかった。
「降伏する! 抵抗はせんから、命だけは助けてくれ!」
「まずは足を折って、逃げられんようにしろ! それからジワジワと殺せ! 殺された家族の痛みと恐怖をこいつらにも味合わせてやれ!」
マヴァル軍の投降は無視され、民兵たちはロックの指示に従い、その怒りと憎悪を叩きつけていった。
一とおりマヴァル兵を動けなくすると、死ぬまで骨を一本一本、折っていくか、一枚一枚、皮をはいでいき、遠望するアーク・ルーン軍をげんなりさせた。
もっとも、アーク・ルーン軍の全員が鼻白んでいるわけではなく、特に最も喜んでいるのはザゴンだが、それでもこの程度の虐殺で満足するタマではない。
「閣下。ロックめの奴に、ロペスの東の境を守らせばどうでしょうか?」
「ほう。だが、奴が守りで満足するか」
マヴァル兵の悲鳴の大合唱が絶えないゼセス山のふもとを遠望しながら、ザゴンの口にした次の思案に、フィアナートが示した懸念は形式的なものだ。
恋人がマヴァル兵に犯されて自殺したロックの、煮えたぎらんばかりの怒りと憎悪が、この程度の流血でおさまるわけがない。
新領土ロペスの東の守りを任せたなら、手勢を率いてマヴァル帝国との境を荒らし回るのは明白だ。
「つまり、衰兵の計に用いるというわけか?」
「そのとおりです。この一戦でマヴァル軍の兵力はほぼ尽きたでしょう。それで国防に神経質になっているところに、こちらが盛んに境を侵せば、軍備を立て直すのに無理に無理を重ねるのは明白というもの」
富国強兵という言葉がある。
国を富ませ、兵を強くするという意味だが、少し掘り下げて意味を解せば、軍備を増強するのには相応のコストがかかるので、経済の土台が必要ということになる。
財源の裏づけもなしに軍備の強化に奔走すれば、そのツケは重税という形で民に回る。
民の不平不満を抱かせれば、侵略後の統治がスムーズになるし、敵国を内側から崩す材料にできる。十万の兵を敵に回すより、百万の民を敵に回す方が、はるかに由々しき事態である。
兵を以て国を衰退に導けば、そこに強力な軍勢がいようが、恐れる必要はない。彼らの足元は自然と崩れるのだから。
ロックの怒りがどれだけの残虐性となるかは、実証された。そうしたハデな戦いぶりと被害は、マヴァル帝国の首脳部の冷静さを失わせるだろう。
さらに東に兵を進めるのには軍備再編の時間が必要であり、その時間をマヴァル帝国の弱体化に用いるのが、正しい大略というものだ。
「妙計だが、ザゴン、それでいいのか?」
「仕方ないですよ。こっちにはこっちのお仕事があるんですから」
一転して元凶賊が渋い顔になるのも無理はなかろう。
七竜連合と周辺十ヵ国の征服が終われば、第九、第十、第十一軍団は南東方面の攻略にかかるのだ。
つまり、ロックの活躍という名の惨劇に加え、ゾランガの統治という復讐劇を、特等席で見ることができなくなるのである。
ザゴンにとっては垂涎ものの舞台が。




