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滅竜編79-1

 魔法帝国アーク・ルーンはネドイルの台頭により、民の権利を守る法が増える一方、軍事費による支出も増大している。


 だが、莫大な軍事費は民に税という形で負担になっていないので、民衆はアーク・ルーンが戦に勝つと、祖国の強さを無邪気に喜ぶほどだ。


 無論、無から有は生まれない。莫大な軍事費を重税でまかなわずとも良いのは、他に財源があるからである。


 ネドイルは権力闘争を勝ち抜き、アーク・ルーンでの支配を確立した。数多の政敵に勝ち、地位と権力を得ただけではなく、敗者の財産も国庫に納めたので、アーク・ルーンの財政は莫大な軍事支出に耐えられるのだ。


 それだけ敗者たち、皇族や貴族らが独占していた富が莫大なものであるということだが、富の偏在はアーク・ルーンに限ったものではない。


 イライセンによって善政が行われ、イライセンによって予定よりも予算を必要としたワイズの侵攻と統治も、それで収支が赤字になることはなかったほど、王侯貴族の富は偏っているのだ。


 そうした偏りを少なくすることにより、民の暮らしが豊かになるのに比し、貴族の暮らしは苦しくなるのは当然のことだが、それでも貴族であるならば、多少の贅沢はできるくらいの収入は与えられている。


 贅沢どころか、食うこともままならないのは、貴族であった者たちだ。


 魔法帝国アーク・ルーンというより、ネドイルの政策方針により、貴族の数をなるべく減らすように努めている。特に、戦争によって新たに獲得した土地の王侯貴族は、アーク・ルーンに内通なりの協力をしていた者の領地や財産を安堵する反面、それ以外は大部分ないし全部を没収するだけではなく、貴族の位すら奪われて平民にさえされるのだ。


 ワイズでも大半の貴族が、領地や財産のみならず、地位も屋敷も失うことになった。


 だが、ワイズの場合、命以外を奪われた王族や貴族は、ワイズ王がバディン王国で樹立させた亡命政権の元へと走っている。


 しかし、タスタル王国の場合は、タスタル王はアーク・ルーンより男爵位と領地三百戸を受け、従属を表明している。


 そして、元国王さえその程度の扱いなのである。有象無象のタスタル貴族の大半は、平民に落とされ、路上に放り出されることになった。


 ワイズでもそうであったが、生活力のない元貴族の死に方は主に二つ。


 一つは野垂れ死に。もう一つは、武器を手に決起し、反逆者としての討ち死に。


 ある程度、タスタルの情勢が落ち着いてくると、トイラックは後回しにしていた無駄飯食いの整理にかかり、多くのタスタル貴族が荒れ果てた屋敷にすら住めなくなった。


 かくして、タスタルの元貴族の一部は、一か八かで武器を手に立ち上がったが、瞬く間に彼らを討ち、あるいは捕らえたのは、タスタルの元王族・貴族の一部であった。


 併合した国の残存戦力は、その地の治安維持に必要な存在であると同時に、潜在的な反抗勢力でもある。


 それでもただの騎士や兵士なら、さして心配はいらないが、七竜連合の場合、竜騎士がいる。


 竜騎士はとても野放しにできる存在ではないので、アーク・ルーン軍の彼らを陣頭、つまりは背後から攻撃できる位置に置くつもりだが、それで安心するほどアーク・ルーンは無用心ではない。


 トイラックの指示で、タスタルの竜騎士や騎士に反逆者、つまりは同胞を討つように命じ、その従順さをしっかりと確認することを怠らない。


 命令のとおりに反逆者を討てば良し。もし、命令に逆らえば反逆者として、命令に従った者の従順さを試す新たな材料とする。


 当然、命令される側は同胞を殺したくないが命令にも従わねばならず、ナターシャたちは反逆者らを捕らえ、せめて命を助けようとしたが、


「こちらの意向は、反逆者の討伐であって捕縛ではありません。カン違いしないようにお願いします」

 トイラックからそう返答されてはどうすることもできず、結局、捕虜たちは命日がわずかに延び、死に場所が少しズレただけの結果に終わった。


「姫様。アーク・ルーンの扱い、もう我慢なりません。このまま言いなりになり、いいように使われることに、何の意味があります。連中が我らを使い潰そうとしているのは明白。ならばいっそ、奴らに一矢を報いてやりましょうではありませんかっ」


 元王女に強く訴える竜騎士の怒りは彼一人だけのものではない。


 アーク・ルーンの処遇に不満を抱き、暴発した数十人のタスタル貴族の討伐を命じられたナターシャらだが、アーク・ルーンに再雇用されたとはいえ、顎で使われる身であり、その心情は暴発した者らに近い。


 顔見知りもいることもあり、暴発したタスタル貴族らに投降を呼びかけ、寛大な処置をナターシャらは願ったが、トイラックがそれを聞き届けることはなかった。


 結局、旧タスタル王都の郊外、人目のつかない場所に三十人ほどの投降者を引っ張っていき、処刑人のマネごとを強制され、両の手が赤く染まった、ナターシャを含む旧タスタルの竜騎士と騎士の計十五名は、怒りとやるせ無さに身を震わせていた。


 無残に転がる三十の首と胴体は、他人事ではない。怒りや不満をため込んでいる竜騎士や騎士らも、自分がいつ激発してしまうか、自分でもわからないほどだ。


 ナターシャとて、アーク・ルーン軍との戦いで辛酸をなめてきた経験があるからこらえているが、一国の王女としての尊厳や矜持が無くなったわけではない。


 アーク・ルーン軍に編入されたとはいえ、形式上ですら単なる一士官の扱いである。実質的にはタスタルの残党をまとめる、アーク・ルーン軍の下請けの現場リーダーでしかないのである。


 だが、彼女の不満のタネはそれだけではない。まずは父たるタスタル王が、三百戸の一男爵、小領主なみの処遇な点だ。


 そして、王だった父さえその程度の扱いである。タスタルの他の王族で爵位を与えられた者はなく、何人かが百戸か五十戸ほどを与えられただけで、大部分は領地も財産も取り上げられ、与えられたのは市民権だけだった。


 竜騎士や騎士は、領地を一部なりとも残してもらえないどころか、一介の軍人として扱われ、彼らの大半は平民に落とされている。


 だから、アーク・ルーンに内通していた元タスタル貴族が子爵位を保ったままなら、元タスタル王は臣下に頭を下げねばならず、それはナターシャらも同様である。


 辛うじてアーク・ルーン帝国に組み込まれたとはいえ、その待遇と立場は低く、満足とはほど遠いが、


「アーク・ルーン軍と戦おうにも、もう我らに味方する兵も民もいませんよ。この者たちのように、タスタル再興を叫んだところで、あの哀れな最期をたどるだけです」


 ナターシャとしては自嘲気味に笑うことしかできないだろう。


 不平不満を爆発させ、決起した面々は、当然、タスタル再興を大義名分に掲げ、兵を集め、民の支持を得ようとしたが、結果はタスタルの民に冷笑されるだけの無残なものだった。


 決起した元タスタル貴族の私利私怨が見え透いていたのもあるだろうが、仮にナターシャが父親と共に立ち上がり、アーク・ルーン打倒を呼びかけたなら、兵や民の大半は味方となるより敵に回るであろう。


 善政の基本は民のことを考えることではなく、民を食わせることにある。


 タスタル王国の末期、飢えに苦しんだ民は、今、アーク・ルーンの支配下に入ることで、飢えから解放された。


 食べ物をくれなかったタスタルを復活させ、食べ物をくれるアーク・ルーンを追い払うため、民が武器を手してくれると考えるのは、あまりに楽天的な期待というものだ。むしろ、食べ物をくれるアーク・ルーンを守るため、食べ物をくれなかったタスタルに武器に向ける公算が高い。


「それにリムディーヌ閣下のおかげで、この者たちの家族は助かりましたが、わたくしたちが敗れた時、わたくしたちの家族が無事ですむとは限りません」


 竜騎士や騎士の中には先年よりの混乱で家族を失った者もいるが、失っていない者もいる。


 当初、決起した元タスタル貴族だけではなく、その家族も探し出して殺すよう、トイラックから命じられたのだが、リムディーヌが「女子供に何の罪がありましょう」と撤回を求めたので、ナターシャらは女子供を手にかけることは避けられた。


 だが、その弁護がいつも為され、必ず通るという保証がない以上、アーク・ルーンの手中にあるも同然なナターシャらの家族は、反逆に臨む際に完全に諦めるより他ない。アーク・ルーンが家族の命を盾に、反逆者と反逆者を噛み合わせようとするのは明白だからだ。


 アーク・ルーンに一矢を報いようとする者は少ない。だが、家族の命を盾にされた時、反逆者の中に裏切り者が出かねない。あるいは、そうした疑心暗鬼に囚われたならば、少数の反逆者は相互不信の果てに自滅するだろう。


 このままでも逆らっても生き地獄なのは同じだが、前者は家族の命が残る分、まだマシというよりも、自分の命ならともかく、家族の命を引き合いに出されると、さすがに竜騎士や騎士たちの多くが戸惑いを見せるようになる。


 ネブラースの死はまだ知らないが、その母親が殺されている場面を目にしているナターシャは、アーク・ルーンが必要ならば自分の家族をカンタンに奪う非情さを体験しているのだ。


 総参謀長の庇護のある妹はまだしも、ナターシャが不信な動きを見せた翌日が、弟や母親、父親の命日になってもおかしくないのである。


「皆の憤りはわかりますが、皆が家族の命をも捨てる覚悟を持たぬまま、誰かがアーク・ルーンに逆らえば、わたくしたちが討つように命じられるのは明白です。どれだけ理不尽な仕打ちであろうと、それに耐えねばより酷いことになるのです。ですから、共にこの理不尽さに耐えてください」


 そうかつての家臣らを諭すと、ナターシャは乗竜たるライトニングクロスに思念を送り、率先して首なし死体の処理にかかる。


 これも経費削減、ドラゴンのエサ代もバカにならないので、トイラックが下した指示である。


 ナターシャらは乗竜に人間の死体を食わしたことがあるが、それは食料事情の悪化のためであり、好き好んでのことではない。だが、資産も没収され、国の経費も使えない立場となったナターシャらは、アーク・ルーンの用意したモノを食わせるしか選択肢はないのだ。


 それが何であっても。


 何より、アーク・ルーンの用意する踏み絵を避けて通れないのが、今のナターシャの立場である。


 逆らうどころか、疑われてもいけないのだ。


 どんな踏み絵でも踏まねば、家族の命を失うか、新たな踏み絵として利用されることになるのだから。


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