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滅竜編69-1

時系列をミスりました

 督戦隊。


 彼らの役割は普通の兵のように敵と戦うことと違い、味方を見張ることにある。


 味方の兵が命令や規律にを反さぬように監視するのが督戦隊の任務であるが、当然、ただ見ているだけの仕事ではない。


 規律を乱す味方や命令に従わぬ味方を正す督戦隊の対処は、口先だけの注意だけですまぬことがあり、その場で処罰する権限すら有する。


 特に後者、単なる命令違反ではなく、味方が敵前逃亡しようとした際、武器を突きつけて、味方を戦うように仕向けるのも、督戦隊の任務の一つだ。


 アーク・ルーン軍も督戦隊を組織し、逃げようとした味方や、及び腰の味方を無理矢理に戦わせている。


 正確には、アーク・ルーン軍に従うロペス王がスラックスに上申し、ロペス軍を督戦隊として機能させるようにしたのだ。


 シャーウの王都一帯に暴れ回る狂いしドラゴンの掃討に対して、多くの犠牲が出て元から低い士気がさらに低下していたシャーウ軍とフリカ軍であったが、それもロペス軍の活躍によって、順調に掃討作戦が遂行するようになった。


 何しろ、狂いしドラゴンに怯え、ぐずぐずするシャーウ兵やフリカ兵には、容赦なくロペス兵が矢を放つのだ。留まることも下がることも許されないシャーウ兵とフリカ兵は、必死になって狂いしドラゴンを捜し、戦うようになり、さらに多大な犠牲を出しながら、確実に成果を挙げるようになっていった。


 かくして、シャーウ軍やフリカ軍の大量の出血によって、シャーウ王国の狂いしドラゴンは一掃され、


「ロペス王。当初、遅滞していた掃討作戦が予定どおりに終わったのも、全てロペス軍のおかげだ。このスラックス、貴殿に手腕に大いに感服したぞ」


 スラックスは最も出血が少なかったロペス軍を率いる王を、大いに称賛する。


 アーク・ルーン軍の陣地、その天幕の一つで、イスに腰をかけるスラックスとその傍らに佇むシダンスの前で平伏するのは、ロペス王とティリエラン、元シャーウとフォーリス、サクリファーンとシィルエールである点、そこは以前と変わるところはない。


 異なるのは、ロペス王が露骨にスラックスに媚びへつらう態度を見せるようになった点であろう。


 そして、それは態度だけに留まらず、


「いえ、これもアーク・ルーン軍の、何よりもスラックス閣下のお力のおかげにございます。私の提案をお認めくださった閣下の聡明さがあってこそ、こうして今日の成果を挙げられたのでございますよ」


「そうか。だが、やはり手柄はロペス王、貴殿と貴殿の軍に帰すると私は考える。その点、フィアナート殿にもきちんと伝えてもおくが、他にロペス王の功に報いる手立てはないか?」


「この程度のこと、功というほどのものではございません。我らは愚かにも、偉大なるネドイル閣下に逆らいし身。その重き罪にも関わらず、このようにアーク・ルーンのために働く場をいただけているのです。ますます務めるのが、我らの大罪を唯一、あがなえる道というもの」


「そうした心意気であるなら、遠慮はいるまい。今日にでもロペスへと向かい、第九軍団に先行し、彼の地で暴れるドラゴンも討ち取られよ」


「はっ、つつしんでご命令を承ります」


 そう仰々しく拝命したのは、ロペス王のみであった。


「お待ちになってくださいませ。我がシャーウの兵は昨日までの作戦で疲れ切り、また負傷者も多ございますわ。どうか、軍を再編する時をお与えくださいまし」


「それはフリカも同様です。今、進発すれば、まず傷の癒えておらぬ兵が倒れ、疲れで他の兵も倒れていきましょう。彼らに、傷と疲れを癒す猶予は不可欠です」


 フォーリスとサクリファーンがアーク・ルーン軍の方針に異を唱えるほど、シャーウ軍とフリカ軍の損耗が酷い。


 疲労や傷、何より危険性も関係なく、シャーウ軍とフリカ軍は後退どころか、前進をためらうだけでもロペス軍に矢を射かけられ、無理矢理に狂いしドラゴンの方へと突っ込まされ続けたのだ。シャーウ兵やフリカ兵の中には、ロペス兵の矢を背中に受けて死んだ者もいる。


 当然、それほどに容赦ない対応を命じるようになったロペス王は、


「第九軍団がこのシャーウに到着している今、のんびりとしているわけにはいきますまい。多少のケガや疲れを理由に進軍をためらうなど、アーク・ルーンへの反意を疑われても仕方ないですな」


 勝ち誇った声を、自分と同じ負け犬に投げかける。


「我が軍の疲労や負傷は、多少などというものではありませんわ!」


「それはフリカも同様です。今、休息や療養を怠れば、兵たちに無用な犠牲が出ます」


 必死に自軍の窮状を訴えるも、


「ティリエラン殿。この中で最も軍学を修めているのは貴殿だ。その貴殿の目から見て、どちらの意見が妥当と思われるか?」


 スラックスは父親の変貌ぶりに心を痛めている娘に、さらに心痛のタネを増やす。


 元教官であったティリエランは、正式な資格を持つだけあり、負け犬の中ではたしかに軍学に通じている。


 だが、スラックスだけではなく、父王の顔色をうかがわねばならないティリエランは、


「……すぐに進発しても問題ないと思われます」


 青ざめた顔と震える声で、己の良心に反する答えを口にする。


「なるほど。では、あえて進発を遅らせようとするのは、アーク・ルーンに含むところがあるということか」


 スラックスによってアーク・ルーンの方針と裁定が定まった以上、負け犬には吠える権利さえない。


 一人を除いて、敗者たちは来た時よりも暗い表情でうなだれ、天幕より出ていく。


 その場に残った勝者たちは、


「ちょっとしたきっかけで人が変わることはあるとはいえ、あの思いやりのあったロペスの王が、ああまで利己的な振る舞いに走るようになるとは、人はわからないものだな」


「お言葉ですが、閣下。あの程度のこと、珍しくありますまい。ミベルティンが滅びた際も、人格者と思っていた者が幾人も、醜い本性が露になり、他人を蹴落とし、利用することに腐心するようになっていきましたからな。ロペスの王の善性もその者らと同じく、逆境に立たされればあっさりと剥がれる、薄衣のようなものでしかなかったということでしょう、ホッホッホッ」


「たしかにそうだったな」


 うなずいて同意せねばならないほど、シダンスの言うとおりミベルティンが滅びた際、その逆境の中で人々の醜い振る舞いをスラックスは見ており、人がどこまでも恥知らずになれることを体験している。


 最下級の宦官であったスラックスを見下し、蔑んでいたミベルティンの高官らが、その肩書きがアーク・ルーンの将軍となった途端、愛想笑いを浮かべておべっかをつかい、必死に取り入ろうとする姿に呆れ果てたものだ。


「ですが、ロペス王のようなやからの方が使い易いのも事実。同じ負け犬であっても、エサに差をつけてやるべきでしょう」


「まったくもってそのとおりだ」


 シダンスのこの見解にも、スラックスはうなずかざるえない。


 フォーリスやサクリファーンがどれだけ心から同胞の窮状を憂い、それを何とかするために必死にそれを訴えようが、スラックスはそれに応じるわけにはいかない。


 ロペス王のようにアーク・ルーンの都合を最優先な姿勢を見せるからこそ、スラックスもロペスを気遣う姿勢で応じることができるのだ。


 求めるままにエサを与えれば、負け犬たちはろくに働かなくなる。アーク・ルーンの役に立った褒美としてエサを与えるからこそ、負け犬たちも必死になって芸を覚えるようになっていくのだ。


 実際にロペス王は腹芸を身につけたのだから。



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