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滅竜編62-1

「先行していた部隊がフレイム・ドラゴンの不意打ちを受け、かなりの損害を受けました」


「竜騎士ベルグアイ男爵、アース・ドラゴンを討たれましたが、自身も乗竜も深い傷を負われたようにございます」


「申し訳ございません。発見したダーク・ドラゴンを取り逃がしてしまいました」


 あまりかんばしくない報告の数々に、三人の王女、正確には一人の王女と二人の元王女、ティリエラン、フォーリス、シィルエールは、その美しい顔を歪めざる得なかった。


 さすがにあそこまで追い詰められていたシャーウ王は、助命を条件とした降伏勧告に応じたというより、飛びついた。


 そして、傲岸なシャーウ王がまるで毒気を抜かれたように、ロペス王とサクリファーンに礼を言い、勝手に決めた助命の条件にもおとなしく応じ、アーク・ルーンの用意した降伏文書にサインし、こうしてシャーウ王国は滅びた。


 タスタルやフリカに比べればマシとはいえ、大寒波の影響で国土が荒れているシャーウの領土は、早急な復興と立て直しが必要だ。


 タスタル領はワイズ代国官から配置替えとなったトイラックが、フリカ領はゾランガが代国官として赴任したように、いずれシャーウ領にも代国官が派遣されるだろうが、それまでスラックスは新たな領土をきちんと平定しておかねばならない。


 フリカ、ロペス、シャーウの軍勢には王都一帯を任せ、第五軍団は各地方の治安や流通の回復に努めている。


 最も深刻な食料・物資の不足に対しては、すでに手が打たれている。


 シャーウの南、ダムロス王国とバルジアーナ王国のさらに南の国々にまで人を派遣して買いつけた物資は、続々とダムロス、バルジアーナを北上して、シャーウの南の国境から新たな領土に運び込まれている。


 タスタルやフリカでは、すでにアーク・ルーン軍によって狂ったドラゴンの討伐は終えており、調達した食料や物資も、その隅々に行き渡りつつあり、順調に復興と安定へと進んでいた。


 シャーウ王国、否、魔法帝国アーク・ルーンの新領土も、時はいくらかかかるが、民は再び平安な暮らしを取り戻すだろうが、問題はどれだけ時間がかかるか、だ。


 フリカにおいては、サクリファーンらは補助的な役割を為したが、ロストゥルの第十軍団は速やかに狂ったドラゴンを討伐し、領土の平定を終え、新たな統治が根づく土台を早々に築いた。


 シャーウにおいては、第五軍団の地方平定は順調だが、シャーウ、フリカ、ロペスの軍勢による王都一帯の作戦がうまくいっていない。


 何とかシャーウ王は再び兵をかき集め、フリカ軍やロペス軍と共に、シャーウの王都を拠点に狂ったドラゴンの討伐に取りかかったのだが、一応の成果は挙げており、五頭ほどは討ち取っている。


 ただし、その成果のために出た犠牲は少なくない。何しろ、三人の王女を含めてもその竜騎士の数は三十に満たず、とても王都一帯をカバーできるものではない。


 だから、兵たちを方々に展開させているのだが、彼らでは狂ったドラゴンを発見しても、逆に襲いかかられ、一方的に食われ、殺されるだけだ。


 そして、その悲鳴を聞きつけ、竜騎士が駆けつけた時には、数十という死体を残して、狂ったドラゴンは新たな獲物を求めて去っているが、その前に竜騎士が間に合うこともある。


 だが、単騎で狂ったドラゴンを戦った場合、討ち取っても負傷することがあり、こうして兵も減っていけば、竜騎士も負傷で動ける者が少なくなっていき、当然、それは成果の伸び悩みにつながっている。


 さらに相変わらずろくな食事を取っていない兵士らは日に日に弱まっており、その動きも鈍ければ、それ以上に士気の低下が目立っている。


 兵の大半は狂ったドラゴンに積極的に近づこうとしなくなり、中には露骨に手を抜く者すら出ている始末だ。


 フォーリスは怠慢な兵士を二、三人、見せしめにムチ打ちにして見せたが、それで綱紀が引き締まるどこ

ろか、兵の反発は強まり、ますますやる気をなくす有り様だ。


 ロペス王と元シャーウ王、サクリファーンに、その補佐としてティリエラン、フォーリス、シィルエールと中高年の騎士九名、その十五名から成る司令部に駆け込んで来る伝令の報告は、彼らの表情をくもらせるものばかりであった。


「……このままではらちが明かんのではないか?」


 掃討作戦を開始して八日目の夕方、竜騎士や各部隊に撤収の命を下した後、元シャーウ王は以前からは想像もできぬほど、弱々しく張りのない声で、誰へともなくつぶやき、司令部に他の十四名の眉をしかめさせる。


 だが、眉をしかめつつ、日に日に効率と成果の低下する現状は、元シャーウ王のみならず、この場にいる全員が内心で憂いており、


「そのようなことは言われるまでもない。問題は、では、この停滞を打破できるかではないか!」


 その理知的な人柄から、声を荒げるだけでも珍しいのに、どんっと強く長卓を叩く音量が、ロペス王の今の苛立ちの大きさを表していると言えるだろう。


 ゼラント、フリカ、タスタル、そしてシャーウとアーク・ルーンの手配した物資が届く中、ロペス王国にはそうした支援の手は引っ込められたままだが、それは意図的なものである。


 ロペス王国の南にあるモルガール王国は、魔法帝国アーク・ルーンの従属化にあり、そこから豊かな南の物産を北へと運ぶことは充分に可能だが、


「今、ロペスの治安と流通では、救援物資を送っても、全体に行き渡らせることはできまい」


 ロペス王の懇願に対する、スラックスの返答と指摘は的確だが、真実を幾分か隠したものであった。


 狂いしドラゴンと大寒波で混乱する今のロペス王国では、たしかに救援物資をちゃんとに民に渡すことができず、無駄が生じることは避けられないだろう。


 だが、それ以上に、アーク・ルーンが購入した食べ物であろうが、それを渡すのがロペス兵であるならば、ロペスの民はロペス兵に感謝することになる。


 だからこそ、フリカ、タスタル、このシャーウでも、アーク・ルーン軍が地ならしをし、アーク・ルーン兵が直に民に食料・物資を渡せる状態となってから、購入した物を動かしたのだ。


 この辺りはアーク・ルーン帝国は徹底しており、ロペス王が地面に額をこすりつけようが、麦一粒とて進軍前に届けることを拒否した。


 ならば、ロペス王が早々に祖国へと進軍してもらえないかと懇願しても、


「進軍とは、退路を確保して行うのが鉄則。シャーウの混乱を放置して進めば、いざという時に速やかに退くことができなくなる。そもそも、フリカを第十軍団が固めているように、我が軍団はシャーウを固めるのが役割。そうしてから第九軍団がロペスへと進軍するこの手はず、これを狂わせるならば、そうしても問題のない、代わりの作戦案を提示していただきたい」


 答えるスラックスに、東方軍の作戦計画の全容をロペス王に教える気などない。


 ロペス王にイライセンに匹敵する洞察力や作戦立案の才があるなら、東方軍の作戦と意図を大まかに推測し、それを元に代替案を提示できただろうが、ロペス王に可能だったのは、頭の中身を駆使することではなく、頭そのものをひたすら下げることだった。


 もちろん、一国の王がいくら頭を下げようが、スラックスが首を縦に振らなかったからこそ、ロペス王は第九軍団が進軍できる情勢を少しでも早く整えるべく、シャーウの地ならしに協力するしかないと、無理矢理に自分を納得させたのだが、現実には自分たちが地ならしの作業進度を遅らせている有り様だ。


「サクリファーン殿。貴殿は自国でアーク・ルーン軍が、どのようにこのような作戦を遂行していたか、見ていたのだろう。我らがいかにすべきか、打開策を述べてもらいたい」


 ロペス王の指摘は、実は間違いである。


 フリカでの西北部と王都一帯の、狂いしドラゴンの掃討において、第十軍団の司令部にサクリファーンはおらず、両方ともシィルエールが同席していた。


 元来、健康面に不安があるサクリファーンは、先年よりの心労もあり、体調を崩して床に臥せていたし、今も無理して戦陣に在るのだ。


 そのサクリファーンに無理を強いているのは、言うまでもなくアーク・ルーン帝国の都合によるものだ。


 元王太子とはいえ、父王の亡き後、実質的な王だったサクリファーンがフリカにいるより、いない方が何かとありがたい。加えて、シィルエールが側にいるとはいえ、母親と下の妹はフリカ王宮、つまりは第十軍団の人質になっているようなものなので、何騎もの竜騎士と数千の兵馬を従えていようと、サクリファーンは逆らうことはできない。


 フリカの地にいる忠臣らの人質になっているサクリファーンは、軍事に詳しくないこともあり、ロペス王の問いに対して、妹に答えるように視線で促す。


「……アーク・ルーン、魔法でスムーズに、連絡を取る。十万の兵、数十の部隊に分けても、互いにうまく連携する。でも、何よりも、それを動かす将軍、とても見事……」


「つまり、アーク・ルーンのように、魔法による連絡手段と、十万も兵がいなければ無理ということか」


 文化・芸術には深い造詣のあるロペス王も、軍事に関してはサクリファーンと大差はない。


 父王のとんちんかんな解釈に、


「父上。重要なのはそこではありません。たしかにこのような作戦において、素早い連絡手段と大人数がいるに越したことはありませんが、それよりも全体を統括する指揮官の手腕、士官や兵士の質が高ければ、それで充分なはずにございます」


 実際に、ゼラントではマードックが、数も魔法もなく、順調に狂いしドラゴンを討伐していっている。


 無論、それはマードックの手腕が優れているのみならず、ムーヴィルやメリクルスの補佐、灰甲兵と竜殺しの毒という戦力、またずっと狂ったドラゴンに対応してきたミリアーナの協力と情報提供といった要素もあるからだが。


 手元が充分でなくとも工夫次第で何とかなるものであり、逆に充分な戦力があっても手腕が欠ければ活かせぬものだ。


 昨年まで充分以上の戦力があった七竜連合が今日にまで落ちぶれたのも、ひとえにその手腕によるものだ。そして、足りない手腕で足りない戦力を用いているのだから、ロペス王らがうまく戦えないのも道理である。


「それも一つの見方ですけど、もっと根本的な問題がありましてよ。我々の指揮系統が一本化されていない。これをまずはどうにかすべきと思いますけど?」


 肩を落としている父親と違い、胸を張って主張するフォーリスの指摘そのものは間違っていない。


 七竜連合が負け続けた原因の一つが、指揮系統が統一されない点にある。


 この期に及んでも、ティリエラン、フォーリス、シィルエールが司令部にいるのも、それぞれの手勢に命令と指示を出すためである。


 単純に、ティリエランが全体の指揮を採るだけで、フォーリスとシィルエール、前線に投入できる竜騎士が二騎と増えるのだ。だが、そんなカンタンな計算が現実に機能しなかったからこそ、七竜連合はアーク・ルーン帝国に負け続けたのだ。


 ティリエランがシャーウやフリカの軍に命令を出しても、すんなりと応じないだろう。指揮系統の一本化の重要性をいかに説こうと、指揮を受ける側の意識改革がなされていなければ、机上の空論で終わるのは、このことだけではない。


「フォウ。それは正しい指摘だわ。けれど、シャーウが私の、ロペスがあなたの言葉にすぐに応じることの意味を理解するには、相応の時と手間を要する。それは士官や兵の質の向上も同じこと」

「……アーク・ルーンの将軍みたいなこと、私たちには無理」


 アーク・ルーン軍の士官や兵の質が高いのは、そうなるだけの訓練を積み、戦を経験したからだ。さらにロストゥルやスラックスの軍事的才能は先天的な部分が大きく、才の無い者に届く領域ではない。


「では、どうするべきと考えていますの!」


 ヒステリックに叫ぶフォーリスに対して、ティリエランは落ち着いた態度と声音で、

「我々は急ぎすぎたのかも知れません。時間はかかっても、安全で着実にこの辺りを調べていき、ドラゴンを一頭ずつ確実に仕留めていく。これまでのようなずさんなやり方を一から見直す……」


「そのように悠長にやっていたら、民らの苦しみが長引くだけではないか!」


 娘の言葉をさえぎり、ロペス王がヒステリックに叫ぶ。


 ティリエランは首を左右に振り、


「そう躍起になっても、今の兵は応じてくれません。安全性も考慮した采配を行い、兵たちの身もちゃんと考え、それが彼らに伝わるのを待つ。時がかかっても、兵の信頼を取り戻さねば、どんな作戦を立ててもうまくいきません。これだけのことに気づくのに、犠牲を出しすぎてしまいましたが」


「わかったよ、ティリー。どうやら、私は急ぐあまりに、兵たちの死をちゃんと見ていなかったようだ」


 これまで重ねられた兵の屍をきちんと認識すると、祖国ばかりを見て足元を見ていなかった点を反省したのも、一瞬のこと。


 不意に司令部に伝令が駆け込んで来るや、


「陛下、一大事にございます! マヴァルの軍が国境を突破し、王都を目指して進軍しております! 一刻も早くご帰国ください!」

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