滅竜編50-2
「兵糧には多少の余裕がありますから、それをいくらかお分けしましょう。他に不足している物があるなら、手配しますがどうですか?」
「ありがとうございます。ありがとうございます。できましたら、薬と、後は種籾をお願いできんでしょうか?」
「わかりました。その二つなら我が軍にあるので、それもお分けしましょう」
「おお、助かります。本当に助かります。助けてもらえたばかりか、ここまでしていただけるとは……」
魔法帝国アーク・ルーン第五軍団の長スラックスの前で平伏する、顔を涙で濡らす痩せ細ったその村長は、嗚咽のあまり最後は言葉にならぬほど感動しているが、それも無理からぬことだろう。
数百年ぶりの大寒波によって、大雪が降り積もり、それなのに国から麦一粒も届かない中、それでも村は何人かの死者を出し、食えるモノは何でも食べ、大半の者が骨と皮だけになりながらも、こうして春の陽射しを浴びている中、再び彼らの頭上は絶望の闇で閉ざされ、すぐに希望の光が射した。
とっくに種籾も食いつくした村では、春になっても日々の飢えをどうしのぐかの毎日を送っていたところに、先ほどシャーウ王が軍勢?を引き連れて現れ、食料を差し出せと命じてきた。
無論、村に差し出せるような食料はないと答えた村長と何人かがシャーウ騎士に殴り倒され、竜騎士がドラゴンを吠えさせると、村人たちは泣く泣くわずかな食料を差し出そうとしたところに、フリカ軍とロペス軍がやって来て、シャーウ軍を追い払ったのは、村にとってはオマケでしかない。
その後にやって来たアーク・ルーン軍は、村の酷い状況を見るや、多少なら軍の物資を分けれると、村人全員を泣かせるようなマネは、それだけに留まらない。
「少し早いが、村の方々と共に、兵に食事を取らせよ」
スラックスの指示の元、約一万のかまどが作られ、同数の鍋を満たす熱いスープは、アーク・ルーン兵のみならず、シャーウの民の口にも入っていった。
久しぶりに大盛のスープを食べた村人は誰もが涙を流す一方、フリカ兵とロペス兵でよだれを流していない者はいなかった。
栄養失調で動けない老人を背負って食事の場に連れて来たり、子供たちにカンタンな木彫りのオモチャを
作ってやるアーク・ルーン兵だが、敵だった味方の兵にはスープ一杯も分けてくれないが、フリカ軍とロペス軍は立場的に文句を言えるものではないし、そんなヒマもない。
「フリカ、ロペスの両軍は先行し、シャーウ王とその一党を追尾せよ」
もちろん、スラックスの命令に、ロペス王、ティリエラン、サクリファーン、シィルエールに逆らうつもりはないが、すぐに応じることはしなかった。
アーク・ルーン軍のおかげで、ようやく笑顔と明日への希望が戻った村の広場には、老人や子供のモノを含めた六つの死体が吊るされている。
飢えと寒さ、何よりいつ寝首をかかれるかわからずろくに寝れないシャーウの王族や貴族の内、体力の低下で逃げ遅れた三十人ばかりが、村人たちに棒で殴り殺され、その内の六つが吊るされたのだ。
村人たちはそれでまでおさまらないのか、吊るした死体にツバをかけ、石を投げている。村の子供らも、それを石当ての的にして遊んでいるからこそ、もはやロペス王らはスラックスに言わずにいられなくなったのだろう。
「スラックス閣下。我らにシャーウ王を説得する機会をいただけぬでしょうか?」
「それはロペス王とサクリファーン殿が、シャーウ王について責任を持つということでよろしいか?」
「……はい」
シャーウ軍の様子を遠望し続けた隣国の王と、隣の元王太子は、さすがにスラックスの確認にうなずくしかなかった。
ちなみに、この時点でロペス王国はアーク・ルーンの降伏文書にサインしていないので、ロペス王の立場はまだ一国の王である。
一方でフリカ、ついでにタスタルは降伏文書にサインしているので、両国は共にアーク・ルーンの領土となっている。ただ、サクリファーンやタスタル王は、まだアーク・ルーンでの公的な地位が定まっていないので、アーク・ルーンの貴族でも平民でもない。
一応、元王太子だから、スラックスは「サクリファーン殿」と敬称はつけているが、そんな対応は形式に過ぎない。
「我ら二人が必ずシャーウ王を降伏に応じさせます。ただ、それには、シャーウ王らの助命が必要となりますれば、スラックス閣下にはその点の了解をいただきたい」
「ただ、許せ、か。それは私の権限で可能な話だが、さりとて、そのような甘い処置を取ったのでは、悪しき前例となりかねん。アーク・ルーンに逆らっても、降伏すれば許してもらえる、と。それでは貴国らに対する処置が無駄になる」
フリカとロペスは降伏の最終勧告に応じた上、こうして軍事に協力して、功を以て逆らった罪をあがなっている。
タスタルの場合は、第二夫人が処刑され、王太子と第二王女の身柄が取られている。ゼラントは水面下でミリアーナがマードックと事前に交渉し、また協力しているから、逆らったことを許す名目が立つが、シャーウには許す材料がない。
もっとも、だからロペス王とサクリファーンが責任を持つと言っているのだが、それだけでは不足ゆえにスラックスが難色を示しているのだ。
ロペス王も、許す材料にシャーウにも軍事への協力をさせると言えればいいが、さすがにそれは口に出せない。
無論、いかに傲岸で強情なシャーウ王とて、ここまで追い詰められれば降伏するだろうし、アーク・ルーンの手先となるのにもうなずくだろう。
ただ、問題はシャーウが降った後の矛先がどこに向くか、だ。
マヴァル帝国に向くならば、まだいい。ロペス王が気になるのは、降伏を呼びかけてきたバディン王が、未だアーク・ルーンに降伏していない点だ。
降伏を申し出た際のアーク・ルーンの返答を知らないこともあるが、バディン攻めを回避したいというロペス王の認識の甘さは、スラックスも看過できるものではなく、
「では、こうしましょう。シャーウの王都一帯では、ドラゴンが何頭も暴れ回っている。これをロペス、フリカ、シャーウの兵馬のみで討伐する。そこまでを含め、両人が責任を持つのであれば、シャーウ王の降伏を認めましょう」
「ありがとうございます。必ずや、シャーウ王を説き伏せて参ります」
ロペス王ら四人は深々と頭を下げる姿は、全てを見通す者でなくとも、アーク・ルーンの握る情報を吟味できる者から見れば、こっけいなものでしかないだろう。
スラックスは恩情を示したのではなく、その逆なのだから。
アーク・ルーンに降った時点で、ロペス王らに選択肢などないのだが、飼い犬になったことに気づかぬバカ犬である以上、手間だがしつけを行う必要がある。
もっとも、ここまで頭が悪いと、さすがに忠犬に育て上げるのは、スラックスの手腕でも不可能というもの。
それでも、スラックスは立場と責任の上で、バカどもにムチを振るって調教しなければならない。
最低限、言われたことを実行できる、いっぱしの軍用犬くらいには。




