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滅竜編43-2

「この通り、王弟の首を持って参りました。これで偉大なるアーク・ルーンに逆らいし罪、お許し願えないでしょうか?」


 マードック、メリクルス、ムーヴィルに、ゼラントの王族の首を差し出し、床にはいつくばって許しを乞うのは、以前よりはだいぶ痩せたヨーク伯爵であった。


 かつてはマードックらをはいつくばらせていたヨーク伯爵だが、それも過去の栄光でしかない。


 魔法帝国アーク・ルーンの御旗の元、マードックらの勢いが、遠からずゼラント王国の全土を圧するのは明白だ。ゼラント王に逆転も再起の芽もないとなれば、遠からずゼラント王と共に全てを失うことになる。


 敗者の元で何もかもなくすのなら、少しでも早く勝者の側について、失ったものを少しでも取り戻そうと判断したが、そのためにはまず勝者に取り入らねばならない。


 王都陥落の混乱に乗じ、ゼラント王の弟を殺して、その首と功績を差し出すヨーク伯爵は、かつて見下ろしていたマードックらを、卑屈な笑みを浮かべて見上げている。


 ヨーク伯爵にこれまで辛酸をなめさせられてきた三人の内、メリクルスとムーヴィルは、斬り捨てたいと言わんばかりの形相だが、マードックは渋い表情ながらも、


「……まあ、良かろう。今後、心を入れ替えるなら、これまでのことは問わん。王族の一人を討った功もあるゆえ、一千戸ほど、どこかに領地がもらえるように計ろう。これからも、アーク・ルーンのために励むのだぞ、ヨークよ」


「ははあ。寛大なご処置にお礼の申しようもありません。これからはアーク・ルーンのために身を粉にして働きまする」


 少し前までは取るに足りない弱小貴族に頭を下げねばならいことに、ヨーク元伯爵は不快げに顔が歪むのをこらえ、必死に卑屈な笑みを浮かべる。


 ヨーク元伯爵ごとき小者に時間を割いてもいられない。マードックは「では、励むのだぞ」と言葉をかけ、年のわりには軽快な足取りで歩き出し、メリクルスとムーヴィルは無言だが、不満げな顔でその背に続く。


 激しい戦いというより、規律も統率もない民衆が主体となって、手当たり次第にゼラントの王侯貴族を殺したため、制圧したばかりのゼラント王宮は、血の臭いが充満し、死体がそこかしこに転がる酷いありさまだった。


 そして、荒事に慣れていない民衆はまだ血に酔っており、敗残兵狩りに狂奔しているが、そんな無意味な流血につき合っていられるほど、マードックらはヒマではない。


 民衆は時を置いてクールダウンしてから対応するとして、先にやるべきことはいくらでもあるが、


「不機嫌そうじゃのう、メリクルス、ムーヴィルよ」


 ゼラント王宮を下に下にと下り、ちょうど死体はあっても人気はない辺りに来たマードックは、後ろを振り返らずに息子と孫の憮然とした表情と心中を読み取って見せる。


「不機嫌にもなりましょう。我らがこれまであやつにされてきた仕打ちを思えば。正直に申せば、あの場で、いや、最初に捕らえた時に八つ裂きにしてやりたかったですわい」


 叔父の言葉に、隣を歩むムーヴィルは力強くうなずく。


「では、なぜ、そうせぬ?」


「利用できるからです」


 不本意そうな叔父の言葉に、ムーヴィルは渋々とうなずいて同意すると、


「我らがヨークを嫌って、いや、憎んでいるのは知れ渡っています。そのヨークさえ手柄を立てれば許されるとなれば、他の者が我らに降る際の敷居が低くなる。多くの者が我らへの手土産を得るのに、自発的にゼラント王と戦ってくれましょう。これで我らは、ドラゴンどもの掃討に専念できる。理屈はわかるのですけどね」


 王都を攻め落としたからといって、良いことばかりではない。


 これまでゼラント王国が背負っていた問題の大半を、マードックらが引き継ぐことになるのだ。しかも、東にマヴァル帝国、西にゼラント王という敵を抱えながらである。


 特にマヴァル帝国は、敗残のゼラント軍と違い、万単位の軍勢を動かせるが、より深刻なのは軍事面よりも外交面だ。


 マードックらは食料や物資の調達を、マヴァル以東の国々からの輸入でまかなっている。マヴァルと外交的にこじれれば、生命線とも言える食料や物資の入手が困難となってしまう。


 だからこそ、マヴァル帝国への軍事・外交の両面での備えに、ミストールを残してきているのだ。もちろん、マードックらも早々にゼラント全土の掌握し、後方での乱れで動じないだけの確固たる基盤を築かねばならない。


 そのマードックらが早急に片づけねばならないのは、狂ったドラゴンらの討滅である。この問題を全て討たない限り、治安や流通は健全化しないのだ。


 逆に、七竜連合のどの国も片づけられなかった問題を解決すれば、マードックらの名声は高まるし、王都の民衆は新たな支配者に絶大な支持を寄せるだろう。


「しかし、父上。ヨークごときに一千戸も与える必要はあったのですか?」


「メリクルスよ。ヨーク自身に一千戸を与えたわけではない。奴の宣伝効果に一千戸を与えたのだ。しみったれたマネをすると、味方は増えんぞ」


 弱小貴族であるマードックらには、百戸でも大変な領地の加増だが、上級貴族には大したものではない。


 仮に、ヨークに与える領地が百戸や二百戸では、ゼラントの貴族らはゼラント王に積極的に刃を向けようとしないだろう。


 保身と欲得、それをうまくチラつかせるからこそ、ゼラント貴族は王の首を求めるのだ。


「それに我らにとっては一千戸もだが、ヨーク伯爵閣下は一千戸で満足できるかのう」


 マードックの口調も心中も意地が悪い。


 喉元をすぎれば熱さを忘れる。今は命が助かったばかりでおとなしいが、しばらくすれば大貴族だったヨーク伯爵は、一千戸の領地では満足できなくなり、思慮の浅いマネをするのは明白だ。


 そして、その時には利用価値のないヨーク伯爵を、遠慮なく反逆者として討てるというもの。


「なるほど。それは楽しみにございますな」


 渋面だったメリクルスはニンマリと笑い、ムーヴィルも小さく笑みを浮かべる。


「まあ、それは先の楽しみじゃ。今は目先のことをうまく片づけることに集中せよ」


 ヨーク伯爵への恨み辛みはマードックが誰よりも身に染みて思い知っている。だからこそ、息子と孫が憎悪に目と才をくもらせ、足元がおろそかにならぬようにたしなめる。


 マードックに注意された両名が表情と気持ちを引き締めた時、ちょうど十数人の先客が炎の壁の前で立ち往生している所にさしかかる。


 正確には、ゼラント王国の土地・戸籍がおさめられている保管庫の前に立ち、乗竜の能力を用い、炎の壁で貴重な資料を守るミリアーナによって阻まれる、内通者らと合流する。


 元は弱小貴族であろうが、今はアーク・ルーンに全権代理人であるマードックらに、ひざまずいたのは内通者らのみならず、炎の壁を打ち消したミリアーナも同様の姿勢を取る。


 ゼラントに仕えてきた頃は頭を下げねばならなかった面々の変わり身に、マードックは息子と孫と共に内心で苦笑をしつつ、


「殿下。ゼラントの土地・戸籍をお守りいただいた点、礼を述べさせていただきます。つきましては、そのお力、暴れているドラゴンの討伐の際にもお貸しいただきたいのですが、どうでしょうかな?」


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