滅竜編43-1
「おのれ、おのれ、裏切り者どもっ! どいつもこいつも、その首を斬り落としてくれる! キサマら、今すぐ裏切り者どもを皆殺しにしてこい! 奴らの首を全て、ここに並べるのだ!」
目を血走らせて盛大にツバを飛ばし、喚き散らすようにとうてい不可能な命令を下すゼラント王に、臣下一同はひざまずいて恭しく頭を下げてこそいるが、王命に応じて立ち上がる者は一人もいなかった。
エルミレルの野でゼラント軍を大いに打ち破ったマードックらは、時をいくらか置いてから王都に攻め寄せた理由は主に二つ。
進軍の準備を整える時が必要だったからであり、進軍するにはもう少し雪が溶けねばならなかったからだ。
もちろん、攻めるのに時をかければ、相手に守りを固める時を与え、実際に家臣らに防備を固めるように進言されたゼラント王もそれに渋々だがうなずいた。
マヴァル帝国に備えてミストールと三隻の魔道戦艦、そして多くの魔術師を後方に置いたが、先の戦いで予想以上の実力を示した灰甲兵たちがいるので、二隻の魔道戦艦との連携でも充分に竜騎士に対抗できる。
軍学の基本では守る側、迎え撃つ側が有利とされているが、それはあくまで基本にすぎない。
ゼラント王が命じて強化させた王都の防備も、
「お〜い、食料を持って来たぞ。そこを開けてくれんか?」
マードックのこの呼びかけであっさりと崩れた。
飢えた民衆の一部が王都の城門を開こうとし、それをゼラント軍が蹴散らすと、王都の内部は泥沼と化していった。
城門を開こうとする民衆の動きはそれからも頻発し、その都度、ゼラント軍が蹴散らした結果、王都の城門は両者の血で染まり続けた。
蹴散らされ、仲間の死体が増えるほど、王都の民はゼラント軍への反発を強めていく。一方、ゼラント軍も民衆とマードックら、内外共に気をつけねばならない状態に苛立ちを募らせ、民衆の反抗に高圧的・暴力的に対応するようになっていく。
さらに事態を悪化させたのは、充分な兵糧を与えてもらえず、家族も飢えていることもあり、ゼラント兵もどんどん民衆の側についていき、ゼラント兵がゼラント兵に武器を向け、襲いかかるようにまでなっていった点だ。
業を煮やしたゼラント王は、
「全軍で出撃し、反逆者どもを討て! それで民もおとなしくなるわ!」
「無理です、父上。全軍で出撃すれば、その機に民衆が決起し、王都は彼らに制圧されてしまいます」
「では、戦力を二分せよ。一方に民を抑えさせ、もう一方が反逆者どもを討つのだ!」
「半減した戦力で戦い、もし負けでもしたら、民衆や反逆者を勢いづかせてしまいます」
ミリアーナの指摘は正しいが、このままではじり貧でしかない。
だから、今度は娘の制止を振り切り、ゼラント王は民衆の何人かを見せしめに殺すという暴挙に出た。
公開処刑された者らを見て、恐怖した民衆はおとなしく、ならなかった。
この公開処刑で民衆の大半が覚悟を決め、ゼラント兵のほとんどが王に愛想をつかし、内通者たちも示し合わせて動き出した。
これまでと比べものにならないほどの民衆が決起すると、彼らはこれまでと違って城門ではなく、ゼラント王宮に押し寄せた。
ゼラントの王族と貴族を合わせたよりも、平民の方がずっと多い。しかも、貴族の一部はアーク・ルーンに通じており、ゼラント兵と共に決起した民衆を王宮へと手引きした。
これでゼラント王宮は民衆の濁流に呑まれ、ゼラント王ら一部の者が王宮の一角を確保しているのが精一杯の状態となっている。
もはや、城門を守っている場合ではなく、王宮の外にいたゼラントの竜騎士と騎士らは王の元へと向かい、誰もいなくなった城門を、マードックらは易々と突破する。
状況的には、かつてのタスタルの王都と似たようなものだが、ゼラントの場合、決定的に違う点がある。
マードックらが参戦していることだ。
あれだけ大規模なタスタルでの暴動を最終的に鎮圧できたのは、竜騎士の力による。より正確には、どれだけ数がいようと、竜騎士に対抗できる手段が暴徒の側になかったからだ。
魔道戦艦を市内に突入させることはできないが、マードックの手勢の中には灰甲兵がいる。
ゼラントの竜騎士がゼラントの民を蹴散らしているところに、灰甲兵らは密かに近づき、毒矢を射かけた結果、ゼラント王国は二騎の竜騎士を失った。
王都の陥落は、もはや免れず、それどころか早々に王都から脱出せねば、自らの身も危ういのだ。こんな状況で反逆者らに反撃を試みたら、返り討ちにあうだけである。
その一室にいる二人の王子と十人ばかりの家臣が、顔を伏せたまま視線を動かした先には、ミリアーナの姿があった。
周りの視線を感じたゼラントの王女は仕方なく面を上げ、
「父上。今は反逆者を討つどころ、早々に王都より脱出さねば、こちらの身が危うくなります。反逆者を討つには、都の外の友軍をまとめ上げるしかありませんが、これを為せるのは父上のみです。明日の勝利にたに、一時の屈辱に耐え、ここより早々にお立ち退きください」
「キサマ! 余に逃げよと言うか! 反逆者どもに背を向けて!」
逃走を促されたゼラント王は、怒りに手にするムチで娘を何度も叩く。
竜騎士見習いであるミリアーナは、ムチでどれだけ叩かれようが痛くもかゆくもなく、
「父上、ご決断を」
息切れして手を止めた父王に、決心を促す。
娘をしこたま殴り、怒りが発散され、いくらか冷静さを取り戻すと、バツの悪そうに娘から目をそらし、
「……わかった。キサマの言葉に従ってやる。王都を一端、離れるぞ」
ようやくゼラント王は敗北を認める。
その言葉を待っていた二人の王子は立ち上がり、壁の一点を押すと、床の一部が開いていき、隠し通路が出現する。
この部屋に逃げ込んだのは伊達ではない。
部屋の前に陣取るゼラント騎士らは、狭い廊下のおかげでどうにか圧倒的な数の敵を、辛うじて防げてはいるが、それも大して長くない時間の問題であり、何より一国の王が普通に扉を開けて外に出れない状況であるのを指す。
「姫様、何をされているのですか? 早く逃げましょう」
真っ先に隠し通路に飛び込んでいった父親と兄たちと違い、ミリアーナが秘密の脱出路に行こうとしないので、とっとと逃げたい家臣の一人が王たちに早く続くように促すが、
「ボクは残るよ。誰かがここを元に戻さないと、せっかくの安全な脱出路が安全でなくなるからね」
さしたる時を置かず、敵がここになだれ込んできた際、この隠し通路が隠されていなければ、父王らが敵に追い回されることになる。
「で、では、臣が残りますゆえ……」
「ハアアアッ!」
震える声で申し出る家臣が皆まで言うより先に、ミリアーナは乗竜の能力を用い、全身を炎で包む。
「この通り、ボクなら敵がどれだけいようと大丈夫だから、早く父上たちを追ってくれるかな」
竜騎士の強さは言うまでもない。外にどれだけ敵がいようと、ミリアーナなら単身での強攻突破は可能だ。
何より、ミリアーナが残らない方が危険なのである。
ここに追い詰めたはずの王たちがおらず、家臣が一人だけとなれば、敵はその家臣を拷問にかけ、隠し通路の存在を吐かせるだろう。
王女を残すのにためらう家臣らをどうにか説得し、彼らが全員、隠し通路の中へと消えると、ミリアーナはそれを閉じずに部屋の扉を開けると、
「ハアアアッ!」
全身を包む炎を消し、廊下に炎の壁を建てる。
何人もの敵が炎に包まれて焼け死に、炎の壁が敵の後続を阻む。
ミリアーナの発生させた炎で、間一髪で助かった満身創痍のゼラント騎士らに、
「すまないけど、休むなら部屋の中の隠し通路に入ってからにしてくれないかな?」
倒れておらず、まだ息のある十人を活路へと導こうとする。
先の家臣らよりも説得に長い時を要して。




