滅竜編35-1
「我がロペスはアーク・ルーンよりの降伏勧告に応じることとする。異論がある者はあるか?」
沈痛ではあるが決然とした声が、ロペス王宮の謁見の間に響く。
ロペス王国の終わりを定めたロペス王の決断そのものに、涙を流す家臣こそおれ、再考を求める家臣はいなかった。
元々、ロペス王は無益な抵抗で国民に迷惑をかけるのを良しとしない人物であり、盟主国バディンの降伏の意向にも同調していた。
その後、国内の混乱に加え、マヴァル軍の再侵攻、大寒波の到来と続き、バディンと連絡を取っていないが、アーク・ルーンに降ることそのものには誰も異を唱えなかったが、
「父上、いえ、陛下。民のためにロペスに幕を下ろすべきというお考え、前々から我らも存じており、陛下のご決断を臣らはただ受け入れるのみにございます。ただ、アーク・ルーンの、シャーウをただちに攻めよという指示。これに関しては、再考を求めてはいかがでしょうか? 我々はマヴァルとの戦いで二万の兵をほぼ失ったのですから」
ティリエランの進言は、やや正確性に欠く。
ロペス軍はマヴァル軍との戦いで、二万近い兵を失ったが、その主な死因は凍死である。
ロペス軍に撃退されたマヴァル軍は、矛先をゼラントに向けたが、こちらもマードックらに撃退された上、和解が成立したために、マヴァル軍の矛先は再びロペスへと向いた。
五万のマヴァル軍と二万のロペス軍は国境で対峙したが、二度に渡る敗戦で精鋭を多く失ったマヴァル軍は、正面からロペス軍に挑む手立てがなく、両軍が睨み合いに終始している間に、大寒波が到来してしまい、七万の人馬は雪に埋もれ、両軍は全滅に等しい損害を出した。
無論、今回の大災害で死んだのは兵士だけではなく、ロペス王国も凍死者と餓死者を合わせて、約二十万の民を失い、国が受けた傷痕は深く、兵を動かすゆとりはないのだが、
「姫様。そのお考えは甘いのではありませんか。アーク・ルーン帝国は、シャーウを降した後、ロペスに軍功無き時は、従う意思無きものと見なすとまで言っておられるのですぞ。ここは無理をしてでもシャーウを攻めねば、次は我らが攻め滅ぼされましょう」
その家臣、チェダー侯爵の言は、魔法帝国アーク・ルーンの苛烈さを思えば、間違っていないどころか、正鵠を射たものであろう。
ただ、薄ら笑いを浮かべるチェダー侯爵も、それに同調して勝ち誇るかのようにうなずく家臣らも、全員、親アーク・ルーン派の者であり、祖国の損失よりも新しい飼い主の意向の方が大事と言わんばかりの態度だ。
「フリカ王国も国王代理であるサクリファーンがすでに降伏し、残兵をまとめてシャーウに攻め込むとのこと。この一事でどうするのが賢いか、わかりましょう」
チェダー侯爵のこの発言も不快なものであったが、ティリエランとしてはちゃんと考えねばならない内容でもあった。
アーク・ルーンの使者は降伏を求める書状の他に、サクリファーンからの添え状も、ロペス王の元に置いて言った。
添え状は、フリカが国王代理サクリファーンの名で降伏に同意し、ロペスにも降伏を促すだけのことしか書いておらず、フリカ王国がどのような経緯でそうなり、アーク・ルーンの領土になった現状に触れていないが、それはアーク・ルーンがロペスを試すためにわざと伏せさせたのだろう。
ロペス王国が情報の大事さを理解して動いていれば、能力的にいくらかの見込みがある。逆に、何もわからぬ状態で唯々諾々と従うのなら、使い勝手のいい道具としての見込みがあることになる。
自国のことも満足にわからないロペス王らは、当然、他国の状況などほとんどわからない。だが、フリカ王の生死もわからずとも、その性格はわかっている。もちろん、サクリファーンの性格も、だ。
サクリファーンが民のためにアーク・ルーンに屈することを選ぶ人物なので、父親がさぞや降伏の障害となったことだろう。ただ、フリカの王太子が父王を殺すどころか、幽閉できる性格とも思えないティリエランには、まさかフリカで父子の対立による内乱が生じたなど、まるで想像の及ぶところではなかった。
「それがしは陛下の身が心配なのでございます。アーク・ルーンの命令に従わねば、陛下をどのように遇するか。フリカでも、そのようなことがあったのではありますまいか」
逆らったフリカ王が何らかの形で排除され、扱い易い王太子にフリカをまとめさせている。チェダー侯爵が暗に言いたいが伝わり、
「ティリエランよ。今の国の状態では、兵を動かすゆとりはないかも知れぬが、アーク・ルーンに従うと決めた以上、無理をしてでも兵を動かすしかあるまい」
「たしかに降伏するということは、アーク・ルーンの臣になるということ。ならば、我らに拒む権利はありません。浅慮なことを申しました、陛下」
ロペス王もティリエランも、すでに降ったフリカの現状に想像を巡らせば、甘い期待を捨てるべきと考えざる得なかった。
使者の往来もなく、情報もほとんど入ってこないが、シャーウ王国が狂ったドラゴンによる混乱や大寒波の到来を乗り切り、国を立て直して、アーク・ルーン軍の侵攻への備えを整えられたとは思えない。ティリエランは自国と大差のない酷いありさまであると考えており、その読みは決して間違っていない。
そして、シャーウ王やフォーリスの性格を思えば、アーク・ルーンからの降伏勧告に応じるわけがないという読みも、決して間違っていなかった。
どう抗おうが、早晩、シャーウ王国は魔法帝国アーク・ルーンに征服されるだろう。それはロペスも同様で、抗戦してもアーク・ルーンに勝てるわけがないのは明白だ。
つまり、ティリエランらには無益な抵抗を試みるか、アーク・ルーンに媚びへつらい、チェダー侯爵らと同じ穴のムジナとなるか。その二つしか選択肢がないのだ。
無論、前者を選択すれば、ロペスもシャーウの二の舞になる。違うのは東西から挟撃されない点だが、北と西から挟撃される事態は充分に想定されるし、チェダー侯爵らのような親アーク・ルーン派が反旗をひるがえすのは同様だろう。
「では、ティリエランよ。早々に軍を編成し、シャーウへと向かう準備を整えよ」
「はっ、かしこまりました。ただ、できますれば、陛下のご出馬をあおぎたく存じます」
文学はともかく、軍事に疎いロペス王の指揮を求めるのは、軍略というよりも政略の意味合いが強い。
より正確には、政略ではなく、ご機嫌取りのために父王に同行を求めたのだ。
向こうから来てもらってあいさつするのと、こちらから出向いてあいさつするのでは、やはり心証が違う。
これよりチェダー侯爵と同類として生きていくのであるなら、アーク・ルーンの顔色をうかがうことを何よりも優先していかねばならない。
力のない自分たちがロペスのためにできることは、力のある者にすがることだけなのだから。




