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滅竜編31-1

 合戦は朝早くから行われるのが慣わしだが、日は照っていても残雪でまだまだ寒いがゆえ、示し合わせたわけでもないのに、対峙するゼラント軍とマードックらの軍勢が動き出したのは、陽がそれなりに昇った頃合いだった。


 先に動いたのはゼラント軍で、ミリアーナら六騎の竜騎士が飛び立ち、猛然とまっすぐ、五隻の魔道戦艦へと向かい、約三万のゼラント兵も前進を始める。


 マードックらの手勢、正確にはそれを率いるのはムーヴィルとメリクルスだが、その両名が発した最初の命令は、


「総員、ヴェールを着用せよ」


 三千の兵が一斉に薄い布を目に当てて紐を後頭部で結んで固定する。


 かなり薄い布だから視界が効かなくなることはないが、物が見え難くなっているのはたしかで、敵の行動

にゼラント軍は誰もがいぶかしげな顔をする中、


「……そうかっ」


 それが雪上での照り返しの対策であるのに気づいたのは、ミリアーナだけであった。


 雪に反射した陽光が目に当たると、視界がその瞬間、効かなくなるし、目を痛めてしまう。特に前者は、戦闘中、不意に視界が閉じれば命取りになることもあり得るのだ。


 さらに、そうした雪上戦闘の対策を敵がしているということは、それのみを意味しない。三千の軍勢は十倍の敵を破るだけの準備を整えている可能性が高い、ということになる。


 そして、その準備の一つが、次々と雪の中から引き起こされていく。


「魔砲塔!」


 雪の中に隠されていた物の正体を理解した瞬間、


「撃てっ!」


 ムーヴィルの号令一下、五隻の魔道戦艦と三十本以上の魔砲塔から、充分に引きつけた竜騎士たちに砲撃が放たれる。


「ハアアアッ!」


 ゼラントの竜騎士らはドラゴニック・オーラを展開して砲撃を防いだ反面、その弾幕の前に接近を阻まれてしまう。


 マヴァル帝国に売り渡して魔道戦艦の数は減ったが、乗っていた魔術師たちまで売却したわけではない。魔道戦艦五隻分の魔術師に、手配した魔砲塔を用いてもらえば、六騎の竜騎士を寄せつけないようにすることはできる。


 むしろ、魔道戦艦のように動かすのに魔術師がいらない分、今の方が敵に向ける魔砲塔が増えているぐらいだ。


 これで回避に精一杯となっているミリアーナらに、


「射よ!」


 メリクルスの号令一下、兵の一部が長弓や十字弓から矢を放つ。


「ガアアアッ!」


 反射的に思念を飛ばし、ミリアーナは乗竜に炎を発現させ、自分たちに飛来した矢を全て焼き払ったのが正解であるのは、数本の矢が刺さり、隣を飛ぶサンダー・ドラゴンが撃墜したことで、ほどなく証明された。


「毒矢だっ! 全て防げ、絶対にっ!」


 ミリアーナが残る四騎に警告を発する。


 強靭なドラゴンがわずか数本の矢で射ち落とされるなど、例の猛毒が塗っているからに他ならない。


 だから、ゼラントの竜騎士らは、砲撃を食らおうとも、毒矢だけは絶対に防いだ。砲撃は何発か耐えられるが、毒矢は一本でも刺さればアウトだ。


 だが、それでも砲撃を十何発と食らうと、ドラゴンの肉体でも耐え切れず、ゼラントの竜騎士は二騎目が撃墜されると同時に、三万のゼラント兵が猛然と突進を開始する。


 業を煮やしたゼラント王が全軍に突撃を命じたのだが、ミリアーナら竜騎士からすれば、自分たちに向いている攻撃がいくらかゼラント兵に向けば、一息つくこともできれば、仕切り直すこともできる。


 実際、ゼラント兵の突進の出鼻をくじくため、砲撃と毒矢の半分が標的を切り替えた機を逃さず、


「後退!」


 ミリアーナは他の三騎と共に退いた途端、もう半分がの砲撃と毒矢もゼラント兵に向き、三万の足を完全に止める。


 そして、一端、後退した竜騎士らが再突撃をかけるより先に、


「全軍突撃っ!」


 メリクルスの命令と共に、防寒着を脱ぎ捨てた三千の兵が、十倍の敵の中に整然と突っ込んでいく。


 防寒着を脱ぎ捨てたのは、動くのに妨げになるのもあるが、彼らの肉体が汗をかくほど火照り出したからもある。


 もちろん、ゼラント側も動いて体が温まり、汗をかくようになっているが、その中で冷や汗をかいているのは、ミリアーナだけだろう。


 彼女だけ、防寒着を脱いだ敵兵の灰色の鎧が、そして手にする武器が全て青白く輝いているのに気づいたからだ。


 驚くべきことは、三千の兵が魔法の武具で武装しているのみならず、その先頭集団約五百が、魔法の槍で的確にゼラント兵約五百の鼻面を突くほどの腕前を見せた点だ。


 実のところ、この三千の兵を鍛え上げたメリクルス自身も、ここまで強くなるとは予想外であった。何しろ、三千の兵の大半が、元々は農夫であったのだからなおさらだろう。


 父マードックから戦力増強を任されたメリクルスが新兵を募集すると、たちまち集まった三千人の大半は農夫であった。


 例年なら春に向けての畑の手入れや内職に勤しむ彼らだが、内職の材料は町から届かないし、何より雪に埋もれた畑はどうしようもない状態だ。


 食うだけなら辛うじてマードックらからの配給で何とかなるが、あくまで最低限、食うだけの量でしかない。


 農夫から兵士に転職したそういう背景を元に、メリクルスは成績重視の訓練を実施したのだが、それが予想外の成果を挙げた。


 訓練で高い成績を出した兵には、その都度、褒美を与え、それを実家に持ち帰れば、家族の笑顔に変わる。この制度に、誰もが真剣に訓練に取り組んだ結果、これもメリクルス当人は予想していないことだが、後に結成される魔法帝国アーク・ルーンの第十三軍団の中核を成す、灰甲兵が誕生したのである。


 当然、この戦で手柄を立てれば、褒美が、それも訓練の時とは比べ物にならない額がもらえるのだ。


 十倍の数とはいえ、無理矢理に雪の中を行軍させられ続け、ゼラント兵の士気も戦意も低く、おまけに体調も悪い。加えて、砲撃と毒矢の雨で勢いを止められたところに、強烈な先制攻撃を食らい、一挙に約五百人が倒されたのだ。


 先の砲撃を何発も受けたミリアーナら竜騎士は、魔道戦艦からの砲撃のみで牽制されている間に、魔砲塔からの援護射撃を受けつつ、及び腰になっているゼラント兵らに襲いかかったのだ。


 ゼラント軍は十分の一の敵に突き崩され、敗走を始めたが、当然、三千の灰甲兵は逃げるゼラント兵、同胞の体に執拗に魔法の武器を叩き込み、一兵でも多く討ち取らんと、一滴でも多く血を流さんと、必死になって戦い、追い、殺しまくった。


 家族への仕送りを少しでも増やさんがために。



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