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滅竜編28-1

「ヴォーパル男爵。いや、反逆者ヴォーパルよ。何か弁明はあるか?」


「何もございません。私がミストール卿から食料の供与を受けたのは事実にございます。それが罪であるならば、陛下に裁かれるのは当然のことにございましょう」


 縄を打たれ、雪上に膝をつく、男爵位を奪われてゼラント貴族でなくなった男は、ゼラント王に頭を垂れ、粛然とその裁きを受け入れ、おとなしく己の命を奪われる時に臨んでいた。


 雪が溶け出したフリカのような南寄りの国と違い、ゼラントのような北寄りの国は、春の陽光が例年よりずっと弱々しいこともあり、その国土は雪に覆われたままであった。


 冬の残存兵力が野山にまだ多く残る状態、歴戦のアーク・ルーン軍でさえ足踏みにして、雪解けを待っている情勢で、ゼラント王は三万の兵を率い、反逆者を討つべく東へと進軍していた。


 七竜連合の中で最も凍死者と餓死者が少ないのがゼラント王国であるが、その成果は王の手腕によるものではない。ミリアーナも冷害対策に奔走したが、ゼラントの民を最も多く救ったのは、マードックらである。


 正確には、魔法帝国アーク・ルーンのツテや支援を使い、マヴァル帝国から、これもより正確にはマヴァル以東の国々から食料や物資を手に入れたが、全てのゼラントの民にそれらを行き届かせることはできなかった。


 ワイズ領ではゾランガの陣頭指揮の元、ワイズの民に食料や物資を行き渡らせて、可能な限りの冷害対策を施し、死者の数を五百人ほどに抑えた。


 マードックらもゼラントの東北部を含む実質的な支配領域にいるゼラントの民は、二百人ほどを除いて越冬させることはできた。だが、それ以外の地域にいるゼラントの民約十万人は、ゼラント王の無為無策、何より無力によって、冬を越すことができなかった。


 それでもタスタルに比べれば十分の一、バディンに比べれば三分の一の人口減少ですんだのは、やはりマードックらの手腕によるところが大きい。


 アーク・ルーン帝国に帰属していないゼラント貴族であっても、マードックらは一人でも多く同胞を助けるために、可能な限りの救援物資を届け、その一人がヴォーパル男爵であった。


「父上。ヴォーパル男爵が裏切るなどあり得ません。ミストールからの物資を受け取ったのも、民を救うための方便のようなもの。それが罪であるなら、むしろ男爵を軍列に加え、その不名誉を償う機会を与えるべきでしょう」


 ミリアーナが口にする弁護に、この場に竜騎士、騎士、兵士の大半が心の中でうなずくほど、ヴォーパル男爵は人格者として高く評価されている。


 特に領民想いで知られており、冬は自らスコップを手に領民と共に雪かきをしたり、体の弱い領民を自分の館で保護するような人物だからこそ、マードックらからの物資の提供を断れず、また冬の間、一人として領民を死なせることもなかった。


 だが、そうして春を迎えた領民の内、十人ほどが斬られて伏している。


 ヴォーパル男爵が縄を打たれた際、進み出た十人の領民が助命を願い出て、彼らを斬るように命じたゼラント王は、


「黙れっ」


 もはや、手にするムチで実の娘の頬を殴るほど、その心理状態は粗暴という域でおさまらぬものになっていた。


 マードックらのおかげで十万人程度で死者がすんだとはいえ、今のゼラント王国は兵を動かすより先にやるべきことはいくらでもあり、ミリアーナは何度もそれを父王に説いたが、


「国が混乱しているのは、反逆者らを放置しているからだ。奴らを全て片づければ、国は元に戻るのだ」


 自らの無為無策から目を背け、残り少ない国力を軍事的な賭けに投じようとする王をいさめたのは、ミリアーナだけではなく、数人の心ある家臣も王に再考を求め、全員、二度と口がきけない身となった。


 すでに実の娘を殴るほど、節度と平静さを失っているのだ。殺された家臣はその数人だけでなければ、ゼラント王は平時からムチで手近な者を殴るまでになっていた。


 凶暴性が増しているのは王だけではなく、王太子など何人かの王族も、あまりの非常事態にどうしていいかわからず、その苛立ちを暴力という形で発散するようになっていた。


 ミリアーナは国を失ったワイズ王のことを聞き知っている。気の毒に思う反面、酒に酔って自らの弱さから逃げていることを情けなく思っていたが、今の父王の姿、血に酔って自らの弱さから逃げていることを思えば、まだマシな風にさえ思えた。


 少なくともワイズ王は、家臣を殺していないのだから。


「殿下。良いのです。自分の罪から逃れるわけにはいかないのですから」


 ヴォーパル元男爵の声は意外に穏やかなものであったが、その心中を思えば安堵するのも仕方ないだろう。


 マードックらから物資を受け取ったからと言って、裏切るような人物ではないが、律儀な人物でもあるので、恩義を感じぬわけにもいかないのだろう。


 王への忠誠心と敵への恩義、その葛藤にさぞや苦しんだのは明白であり、それから解放されるのだから、おとなしく首を差し出すのも無理はない。


「けど、ネドイルなら、そうした心理的な負担が軽くなるよう、色々と気を遣うんだろうな」


 ミリアーナが心中でつぶやくことこそ、上に立つ者がするべきことだ。


 上に立つ者が配慮を示すほど、下の者はより上をしっかりと支えようと考え、組織は強固なものへとなっていく。


 逆に、上に立つ者がするべき配慮を怠れば、組織の土台は脆いものへとなっていき、その足元が崩れることになる。


「よし、良い心がけだ。それに免じて、首をさらすのは勘弁してやる。では、ヴォーパルの首を打て」


 ゼラント王の命令の元、ヴォーパル元男爵の首が落ちると、周りにいる領民たちは悲鳴を上げ、泣き崩れていく。


 一方、反逆者を処刑したゼラント王は得意気な顔で、


「ヴォーパルの息子はミストールの元に逃れたそうだが、まとめて討てば良いだけよ。全軍に進軍を再開させよ。この機に、余に逆らう愚者を一掃するのだ」


 意気揚々と兵たちに命令を下す。


 形ばかりに従う兵に。


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