滅竜編27-1
「第三十八部隊、ワイバーンを補足。撃破」
「第百五十二部隊、ヒュドラを補足、撃破。第十二師団担当区域、掃討完了」
ロストゥルの元、つまりは魔法帝国アーク・ルーンの第十軍団の司令部には、次々と景気の良い報告が届いていく。
予定というより、アーク・ルーン軍が無理矢理に押しつけたスケジュールより二日ほど遅れたが、七日で祖国の北西部を調べ上げたフリカの調査結果を元に、準備に丸一日かけた第十軍団は、この一帯の狂いしドラゴンの完全な排除にかかった。
狂って暴れ回るドラゴンを放置すれば、どれだけ統治と治安に悪影響を及ぼすかは、七竜連合の現状が何よりも雄弁に物語っている。
狂ったドラゴンによって、七竜連合の統治能力の欠如と無力さを、民衆は骨身に染みて思い知っただろう。ここでアーク・ルーンが狂ったドラゴンを討ち滅ぼし、治安を回復させれば、新たな支配者としての地位は磐石になる。
そして、アーク・ルーン軍は次々と狂いしドラゴンを倒していき、新たな領土に放った火を自らの手で消していった。
もちろん、アーク・ルーン軍の快進撃の土台にあるのは、周到な事前準備だ。
フリカ兵を囮や生き餌のように用い、狂いしドラゴンらのだいたいの位置を把握できたからこそ、アーク・ルーン軍は安全かつ一方的に狩っていけるのだ。
第十軍団の司令部に届く朗報の数々、これまで狂いしドラゴンによる数々の凶報に何ら対処できずにいた、この場に同席するシィルエールと、その供であるフリカ竜騎士一名は、祖国の脅威が取り除かれていることが嬉しくないわけではないが、それとは別にアーク・ルーン軍の強さと手際の良さに、複雑な思いを抱かずにいられなかった。
フリカの王女がアーク・ルーン軍の中に身を置かされているのは、万が一の時に人質とするためだ。
一応、アーク・ルーン軍はフリカ軍との共同作戦という形であり、そのスムーズな連携のためという名目でシィルエールを招いているが、実際にフリカ軍は後方に置かれ、指示があるまで絶対に動かないように言われているが、ロストゥルはフリカ軍を動かすつもりはない。
ぶっちゃけ、フリカ兵の士気、練度、体力は、アーク・ルーン兵のそれより大きく劣る。行動を共にすれば、齟齬が生じ、足手まといになるどころか、作戦の破綻を招く要因になりかねないのだ。
フリカ軍に限らず、新たな支配地の残存戦力など、使い捨てるか、解体するかの、二通りの処置しかない。だからこそ、いつ狂ったドラゴンに襲われるかわからない、危険な調査をフリカ軍に押しつけたのだ。
もし、フリカ軍の質が共同作戦を展開できるものであれば、まだうまく使い捨てにする余地もあったが、そうでない以上、信頼できる兵のみで作戦を遂行した方が良い。
もちろん、信頼できないのは質の面だけではない。自分たちが侵略者で恨まれている点を思えば、フリカ軍を蚊帳の外に置くのみで良いわけがなく、王女を実質的に人質としているのだ。
さらに、一万を予備兵力という形で配置しつつ、後方のフリカ軍に備えさせているが、これでロストゥルの用心のタネは尽きたわけではなく、
「順調に作戦は進んでいるから、今日の内にはあらかた、カタは着くだろう。もっとも、念のために、もう二、三日かけて、取りこぼしがないの確認するだろうがな」
イリアッシュと共に、武装させた息子を王女の側に配置している。
小柄で非力そうな外見ながら、シィルエールも七竜姫の一人だ。いざとなれば、自力で強攻突破を計り、自軍に合流しようとするかも知れないので、フレオールとイリアッシュを側に置いているのである。
ただ、ロストゥルも深刻な疑念を抱いての処置ではなく、あくまで万が一を考えてのことでしかない。
もっとも、傍らに真紅の魔槍を持った元同級生がおらずとも、
「……凄い……なんで、ドラゴン、補足して、倒せるの……」
侵略者の強さを改めて思い知らされているフリカの王女には、万が一の可能性に打って出ようとする気は微塵もないだろうが。
彼女も王都をずっと狂いしドラゴンらから守ってきたから、その厄介さは良く知っている。
シィルエールのような竜騎士にとっては、さして手強くはない。ただ、竜騎士にとってだけではなく、七竜連合にとって、何よりも難点なのは、これまでの経験則がほとんど通じないところだ。
本能さえも狂気に染められているドラゴン族の行動は、シィルエールのような者からすれば、あり得ないものばかりだ。まなじ知識が豊富なだけに、良く知るドラゴン族の行動原則に思考が縛られ、狂いしドラゴンに裏をかかれてしまうのである。
先入観なく、狂ったドラゴンらの行動パターンを精査したので、
「北西部一帯っていう広範囲だが、情報を集めてみれば、意外に行動範囲が絞り込めるらしい。さらに情報を精査すれば、行動パターンも割り出せるそうだ。いかにドラゴン族でも、動きを読んで、充分に準備と装備を整えて対処すれば、一方的に狩っていけるってことだ」
フレオールはすぐ上の異母兄に関わることなので、あえて口にするのを避けたが、アーク・ルーン帝国はベダイルの開発した対ドラゴン用の毒を、冬の間に大量生産している。
東方軍全体で毒槍約五万本、毒矢五十万本が支給されており、その五分の一が今回の掃討作戦の大成功の要因となっているのはたしかだが、
「フレオールの父親……凄い。これだけの作戦、立てられるの」
狂ったドラゴンらが次々と討たれる最大の要因に気づかぬほど、シィルエールとてバカではない。
どれだけ有効な手立てがあろうが、当たらなければ意味がない。シィルエールも自らの力が狂ったドラゴンに対し、空転し続けたり、後手に回ったため、先日までの調査で何人、いや、百人以上が犠牲になった経験があるゆえ、広範囲で不規則に動き回る相手を補足するのが、いかに難しいか充分に理解している。
もっとも、シィルエールの称賛に対して、フレオールは苦笑を浮かべ、
「ほめてもらえるのは嬉しいが、あいにく今回の作戦を立てたのは、父上じゃない。帝都にいる総参謀長殿だ」
「てい、と? ここにいない、のに……ここのこと、こんなにわかる……」
「不思議に思うのは当然だ。オレばかりじゃなく、父上も他の将軍たちも、あの能力は理解できない。だが、膨大かつ雑多な情報さえあれば、まったく知らない遠方の土地であっても、まるで千里眼や未来予知があるような正確な作戦を立てることができる。信じられないような話であり、才能だが、それだからこそ、狂ったドラゴンらをこうして一方的に狩れるとも言える。まっ、これくらいのことできないと、ベル姉を降格させる何て、とてもできるもんじゃないけどな」
遠方から情報のみで相手の行動を正確に予測する。正に、神のごとき視点がなければ不可能な芸当と言えよう。
この一帯の調査を実際に行い、報告していたシィルエールは、自分たちの集めた情報が、どれだけ膨大で雑多にあるのに加え、正確性を欠くものがけっこう混ざっていたかも知るが、アーク・ルーンの現総参謀長からすれば、不正確な情報も正確な情報を導き出す、貴重な要素となる。
不正確なものであっても、それを大量に集めれば、正確な情報を割り出せるのだから、ネドイルが迷った末にではあるが、最古参のベルギアットに地位を譲らせたのも仕方のないことであろう。
もっとも、この能力にも欠点があり、かなりの量の情報を自分だけで処理しないと、正確な予測が立てられないので、ここ数日、総参謀長は今回の掃討作戦にかかりきりとなり、他の軍務に関わる余裕がないのである。
当然、フレオールはわざわざ弱点を教えたりはしないので、シィルエールは神の目のような才への驚愕がいくらかおさまると、
「でも、アーク・ルーン、もう敵じゃない。フリカのこと、もう心配しなくていい」
滅亡必至のフリカの王女が、自らを言い聞かせるような言葉は、フレオールからすれば早計というものだ。
父親の率いる第十軍団は、フリカ全土を制圧し、各地に救援物資を送る体制を整えはするだろう。
その後、代国官として派遣されるゾランガの元、フリカは復興をしていき、民の生活は安定を取り戻していくだろう。
だが、アーク・ルーンがフリカを統治するようになるということは、これまでフリカを統治していた者たちは不用となることを意味する。
シィルエールやサクリファーンは、今のフリカを治める苦しみからは解放されるが、新たな統治から排除される苦しみを味わうことになるのだ。
しかも、排除命令を実行するのは、フリカ王家に狂気的な憎悪をたぎらせるゾランガである。
されど、小さく安堵の息を吐き、表情をわずかにゆるませるシィルエールの姿を見て、フレオールは余計な発言はひかえた。
遠くない将来、今より過酷な状況に見舞われるのは、もう避けようがないのだ。ならば、それまでの短い間、偽りでも安らいでいられる方がいいだろう。
敗者の末路を早く知れば知るほど、苦しむ時が無駄に長くなるだけなのだから。




