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滅竜編23-1

「せめて、兵糧だけでも分けていただくわけにはいかんでしょうか?」


 魔法帝国アーク・ルーンの第十軍団と合流して三日目、フリカ軍を統率するシィルエールと共に、ロストゥルの元に三度目の調査報告に赴いた二人の竜騎士の片方は、自軍の劣悪な環境に耐えかね、勝者に慈悲を求めた。


 無理をして北西部の国境まで来たフリカ軍に足りぬのは、兵糧だけではない。物資は元より、防寒具の用意もほとんどなく、フリカ兵は飢えと寒さに苦しんでおり、すでに倒れる者も出始めている。


 一日一食で、北西部一帯を歩き回り、夜は雪が完全に溶けない気温の中、毛布一枚にくるまって眠る。


 発熱したフリカ兵は三百人を越え、今日の朝には寒さに体力と生命が潰える者も現れるほどだ。


 全体的に体力の低下しているフリカ兵は、だいぶ動きが鈍っており、とても五日の間に、北西部を隅々まで調べ尽くすのは不可能に近い。


 それ以前に問題なのは、これまで二度、フリカ兵の小集団が狂ったドラゴンと遭遇しているのだが、動きも体力も低下している彼らは、満足に逃げることもできず、数十人が一方的に殺され、喰われたのだ。


 狂ったドラゴンに遭遇するのが竜騎士ならばまだ対処しようもあるが、たった七騎ではフリカ軍全体をカバーできるものではない。そして、これからコンディションが悪くなる一方のフリカ兵では、狂ったドラゴンらの鼻先に生き餌をまくに等しい。


 せめて満足な食事ができれば、狂ったドラゴンに遭遇した際、兵はもっとマシに立ち回れるし、寒さや発熱に耐えるだけの体力を回復させられると考え、その竜騎士は兵糧を分けてくれるように頼んだのだが、


「フリカ軍が兵糧に困っているのは哀れに思うが、当方も兵糧が余っているわけではないのでのう」


「ウソをつくなっ!」


 敵将ロストゥルの返答に、その竜騎士がいきり立つのも当然だろう。


 この三日、その竜騎士はもう一人の竜騎士と共に、王女のお供として、第十軍団の陣地に入り、ロストゥルのいる天幕まで通される間に、山のように積み上げられた兵糧の一部を目にしている。


 他にも、陣地から日に三度、朝昼晩と上がる炊煙は、十万のアーク・ルーン兵が一日三食を食べているというだけではない。この陣地に兵糧のみならず、燃料も大量にあることを示す。


 さらにその竜騎士にとって腹立たしいのは、ここで目にしたのが大量の兵糧のみならず、防寒着をまとったアーク・ルーン兵らが談笑しながら雪像を作っている光景だった。


 兵が雪に体力と体温を奪われている側は、激しい怒りを雪とたわむれている側にぶつけるが、


「あの食料は、進軍した際にフリカの民に配給する分も含まれておるのだ。こちらとて、見た目ほどには余裕はないのだ」


 それでも余裕のある側の答えに、余裕などまったくない側は、激しい怒りがより激しいものとなるが、それでも竜騎士らはその怒りをこらえた。


 もし、ひざまずくシィルエールらと対するロストゥルの側にいるのが、ありきらたりな護衛ならば、フリカの竜騎士は激発していたかも知れない。だが、イスに腰をかけるロストゥルの左右に佇むのは、フレオールとイリアッシュである。


 憎いアーク・ルーンに食べ物を乞うた竜騎士は、ライディアン竜騎士学園の教官であり、シィルエールと共にロペスから祖国に戻った一人であるので、二人の実力を良く知る点が、歯止めとして機能したのだろう。


「フリカの苦しい現状は聞き及んでいるが、フリカの民への、いや、我が国の新たな民への救援物資は、このように用意が整っておる。だが、それらを届けようにも、この地のような危険地帯を何とかせねば、先に進めるものではない。そちらの調査は遅れているようだが、同胞らのためにもがんばってくれんと困るぞ。なに、そちらは調べてくれるだけで良いのだ。情報が揃い次第、我が軍が掃討に動くゆえに安心されよ」


 そもそも、狂ったドラゴンによる被害は、アーク・ルーンの策動によるものだ。自らが放った火を消してやるから感謝しろ。そのように恩着せがましく言われているだけではなく、その火消しを手伝わされた上、最も危険な役目を押しつけてくるのだ。


 強者の偽善と理不尽さに、しかし弱者は逆らうことは許されない。逆らえればどうなるか、それは三日前に一人の竜騎士がその身と命で実証している。


 逆らえば一気に反逆者として叩き潰されるが、逆らわなければ、じわじわと使い潰されていく。だが、アーク・ルーン帝国の圧倒的な強さを思い知らされた今、前者には一片の勝算も活路も見出だすことはできない。


 対して、後者は最後まで危険な綱渡りをやり終えれば、生き残ることができるかも知れないと思わせる方が、アーク・ルーンにとっても利得があるので、


「父上。シィルエール姫、いや、フリカの兵らは本当に困り、頼んでいるみたいだから、何とかして上げられませんか?」


 傍らに立つフレオールが、元クラスメイトのために父親に援護射撃を放つ。


 末子の言葉に、ロストゥルはふむっと考え込み、


「……お願いします。兵糧、分けてください……」


「なあ、一国の王女が頭を下げているんだ。無下にするのはどうかと思うぞ」


 おずおずとシィルエールが頭を下げ、フレオールがさらに取り成すと、老将は仕方ないと言わんばかりに嘆息する。


「わかったわかった。明日にでもフリカの陣地に、兵糧を届けさせよう。ただ、その分、調査の方をがんばってもらわねば困るぞ」


「……わかりました。ありがとうございます……」


 シィルエールは深々と頭下げ、二人の竜騎士もそれに倣う。


 シィルエールはライディアン竜騎士学園で何くれとフレオールから助言をもらっているし、元教官の竜騎士もそうしたやり取りを見聞きしているからこそ、親子はそうした役割分担としたのだろう。


 ロストゥルが厳しく突き放してシィルエールらを心理的に追い詰めてから、フレオールが助け船を出す。第三者が見れば、茶番に等しい駆け引きだが、追い詰められて心に余裕がない当事者は、助けてくれた相手に感謝するようになる。


 実際、フレオールに心から感謝するシィルエールらは、安堵の表情を浮かべ、アーク・ルーン軍の陣地から去っている。


 これでフレオールの名で兵糧のみならず、毛布などの物資をいくらか融通すれば、フリカ軍を手懐けることができ、よりアーク・ルーン帝国にとって利用し易い存在となってくれるだろう。


 百の理不尽さが五十に減ったことを希望と誤解したままに。


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