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滅竜編1-1

登場人物


魔法帝国アーク・ルーン陣営


ネドイル……アーク・ルーンの大宰相であり、実質的な支配者。四十四歳。


トイラック……ワイズ代国官兼東方軍後方総監。元浮浪児。二十一歳。


イライセン……軍務大臣。元ワイズ王国の国務大臣。四十歳。


ヴァンフォール……財務大臣。ネドイルの異母弟。二十歳。


スラックス……第五軍団の軍団長。東方軍の総司令官。元宦官。二十七歳。


シダンス……スラックスの副官。宦官。五十五歳。


フィアナート……第九軍団の軍団長。元暗殺者。年齢不詳。


ザゴン……フィアナートの副官。元凶賊。三十四歳。


ロストゥル……第十軍団の軍団長。魔法戦士。ネドイル、ヴァンフォール、ベダイル、フレオールの父親。六十一歳。


ラティエ……ロストゥルの副官。ヴァンフォールの母親。四十歳。


ヅガート……第十一軍団の軍団長。元傭兵。三十二歳。


クロック……ヅガートの副官。平民出身の魔術師。二十五歳。


リムディーヌ……第十二軍団の軍団長。元は土司の奥方。四十六歳。


コハント……リムディーヌの副官。元ミベルティンの官吏。四十三歳。


フレオール……ネドイルの異母弟。魔法戦士。十六歳。


イリアッシュ……イライセンの娘。竜騎士見習い。十九歳。


ベルギアット……魔道のドラゴン。人型の際は、見た目十七歳くらいの少女。魔竜参謀。


ミストール……ゼラント代国官。ゼラント王国の元弱小貴族。四十二歳。


マードック……ミストールの父親。六十二歳


メリクルス……ミストールの弟。三十九歳。


ムーヴィル……ミストールの息子。二十一歳。


ゾランガ……フリカ代国官。フリカ王国の元官吏。三十八歳。


七竜連合陣営


ナターシャ……タスタル王国の王女。七竜姫の一人。十八歳。


シィルエール……フリカ王国の王女。七竜姫の一人。十六歳。


サクリファーン……フリカ王国の国王代理。十九歳。


ティリエラン……ロペス王国の王女。七竜姫の一人。十九歳。


フォーリス……副盟主国シャーウの王女。七竜姫の一人。十七歳。


クラウディア……盟主国バディンの王女。七竜姫の一人。十八歳。


ミリアーナ……ゼラント王国の王女。七竜姫の一人。十六歳。



「兵たちの今日までの努力を無駄にするつもりかっ、キサマら!」


 テーブルに右の拳を叩きつけ、同席する四人の将軍、スラックス、ロストゥル、リムディーヌ、フィアナートに怒声を飛ばしたのは、同じ魔法帝国アーク・ルーンの将軍、ヅガートであった。


 彼ら五将が臨時の会議を開いているのはワイズ王宮の一室だが、彼らが率いる約五十万の兵の大半は、ワイズの地にいない。


 これまでも冬の間、軍事行動をひかえることはあったが、ここまで身動きが取れないのは初めての経験である。

 ワイズの地はもう冬の終わりだというのに、まだ大量の雪が残っており、凍ったままの河川もあるくらいだ。


 北部の中でも山の方では、防寒装備を整えたアーク・ルーン兵と付近の住民が総出で雪かきをせねば、交通もままならない状態にある。


 正しく数百年に一度の異常気象であり、充分な対策をしていたアーク・ルーンですら、五百人前後のワイズの民が凍死したとの報告を受けているほどだ。


 五百万人の凍死者ないし餓死者が出るという予測が、決して大げさなものでないほどの大災害であり、この一帯の国々の被害を合算したらどれだけのものになるか、百万単位の死者が出ていておかしくないほどの、先日まで大寒波が猛威を振るっていった。


 だが、どれだけ過酷な自然環境であれ、魔法帝国アーク・ルーンがそれに無関係でない以上、予想外の事態にも対応していかねばならず、実際にネドイルやトイラックらは様々に手を尽くし、ワイズの被害をイライセンが許容できる範囲でおさめ、ゼラントにいるマードックへの可能な限りの支援はした。


 そうして冬を乗り越えたアーク・ルーンだが、それで終わりではない。


 春が来て、雪が少なくなれば、いよいよ本格的に七竜連合の討滅に乗り出すことになるが、勝敗はすでに定まっているようなものだ。


 秋頃ですでにマトモに戦う力がなかった七竜連合である。冬の間にどの国も国力が底をついたのは疑いようはない。


 もはや、勝つか負けるかという次元ではなく、アーク・ルーン帝国は勝った後のことを考えるべき状況にあり、五人の将軍が論じ合っている議題も、七竜連合を滅ぼした次についてのものであった。


 もっとも、議論というよりも、ヅガートが四人の将軍に熱弁を振るっているだけで、スラックスらは元傭兵の剣幕にけっこう引き気味だったりする。


 四対一という意見の違いも、強硬なまでに「取り止めには絶対反対」というヅガートの態度に対して、スラックスらは「取り止めにした方が無難」とか「取り止めにするなら反対しない」という消極的なスタンスのため、たった一人の熱弁にどうしても押されてしまうのだ。


 そもそも、このような場にヅガートが顔を出すこと自体が珍しいのである。


 いい家に生まれた人間をとことん嫌うだけに、ロストゥルやリムディーヌと顔を合わすのを避けようとし、だいたいはクロックやランディールを代理に出席させ、当人は仮病と称して兵たちと酒を飲むというのが常の態度だ。


 将軍としての責任感は無いも同然の男だが、兵を想う気持ちは他の将軍に劣ることはない。ロストゥルやリムディーヌのいる場に、不快さを抑えて臨むのがその心情の証明と言えるだろう。


 もちろん、スラックスらも兵士を軽んじているわけではない。彼らが取り止めを考えたのも、兵の身を案じてのことである。実際に、何人もの負傷者が出て、死者まで出ているのだ。四人が「止めといた方がいい」という処置を取るのも、安全面からすれば正しいものだった。


 ただ、その正しい処置には、兵を損なわぬようにという側面も否定できない。国より、あるいは大宰相ネドイルより預かっている貴重な兵を、戦や正規の軍事行動以外で損ない、死なせる危険性があるなら、それを取り止めという形で回避する。将として真っ当なことだが、


「当人たちが止めたいってなら、止めやしねえ。だが、当人らは続けたい、二度と同じ失敗はしない。失敗したままで終わりたくないと言っているんだ。こんなもん、次からは気をつければいいってだけの話だろうが」


 当事者たちの、兵たちの心情を優先するヅガートは、それを強制的に諦めさせようとするやり方に強く異を唱え、その意気込みは四人の将軍を圧倒していた。


 突き詰めれば、ヅガートの主張は感情論でしかないのだが、だからこそ理詰めで納得させるのは難しいと言える。


「とにかく、兵たちに命じた取り止め、これをただちに撤回しろ。できんなら、ネドイルのトコまで話を持ち込むまで、だ。オレのこれまで取った首、その全てを用いても、取り止めを取り止めにやせてやる」


 面倒なことを言い出したので、スラックスは本当に困り顔となる。


 今回の問題は本来、将軍同士で協議するほどでもないのだ。それをネドイルの所まで持ち込み、わずらわせるなど、忠誠心の厚いスラックスとしては何より避けたい事態だ。


 それよりも、ヅガートの発言で最も面倒な点は、これまでの首級、つまりは軍功を以て嘆願するという点だ。


 魔法帝国アーク・ルーンが東部戦線に派遣した五個軍団の内で、第十一軍団の功績は他の追随を許さない。


 七竜連合との一連の戦争で、その一角たるワイズ王国を征服し、二度に渡る連合軍の大破を含むいくつもの戦で挙げた首は二十万を越す。


 単純な取った首の数は、他の四個軍団のそれを合計したより多く、その功績を背景した嘆願となれば、応じるより他にない。応じねば、それだけ巨大な功績に、アーク・ルーンは、否、ネドイルは報いぬという風聞が生まれかねないゆえ。


 そうした計算をして発言するヅガートではないので、感情的になって口にした言葉にどんな意味があるか、当人はちゃんと理解していまいが、それゆえに説得するのは難しいということになる。


「それで足りぬなら、オレの軍団を前に出せ。もう五万でも十万でも、新たな首を取ってきてやる」


 鼻息も荒く、さらに困った発言を重ねる。


 純軍事的行動においては、アーク・ルーン軍の中で一、二を争うヅガートだが、その欠点の一つが政治的な配慮を欠く点だ。


 軍事的になら深追いを避けるなどの賢明な判断がいくらでもできるが、政治的に敵を叩くのをほどほどで留めるということがまずできない。


 しかも、今回は兵たちのためと意気込んでいる分、ただでさえ傷んでいる七竜連合を、かなりのキズモノにしかねない危険性をはらむ。


 元々、確固たる意志で下した処置ではなく、無難な対処しただけなので、ヅガートに強く談判されたスラックスは、結局は押し切られる形でそっとため息をついてから、他の三人の将軍に視線を巡らし、ロストゥルらが仕方ないとばかりに小さくうなずくのを確認すると、


「わかりました。今後は充分に気をつける。それで組体操の禁止は撤回します」


「当然だ。あれは勝利の宴の出し物でも、目玉の一つだぞ。たしかに、練習中の事故で死者が一人とはいえ出たのに神経質になるのはわかるが、だから禁止ってのは短絡的だろうが。ちゃんと、これまで練習してきた兵らの努力を考えてやれや」


 ぶっちゃけ、大雪で身動きが取れないので、クロックやザゴンのように文官の仕事をこませるか、防寒装備を支給された兵以外、五十万人の大半がヒマなのである。


 それゆえ、将兵の多くが七竜連合が滅びた際に行われる大宴会に向け、持ち芸を磨いたり、新芸の開発に勤しんでいるのだ。


 特に熱心なのがヅガートで、毒牙兵の中でも特に気の合う八人の兵と共に、持ち芸のハダカ踊りの練習を、汗だくになるほど頑張ってきたゆえ、組体操の練習を頑張ってきた兵たちのことが無視できなかったのである。


 そして、七竜連合の国々でどこも何十万、中には百万の民が凍死ないし餓死している冬の間、充分な食料と燃料を用い、英気を養ってきたアーク・ルーン軍の東方軍は、


「では、その件はそれで良しとして、南の方は雪がだいぶ少なくなったので、予定どおりにフリカへの侵攻を開始します。その際の布陣は以前に決めたとおりでいくが、異存のある方はいますか?」


「オレはないよ。まっ、うちの軍団は色々とやりすぎたからな。後詰めでおとなしくするくらい、ちゃんと空気を読んでやるよ」


 組体操の時よりも、ずっと物わかりのいい態度を示す。


 大寒波によって中断され、七竜連合との最終決戦そのもに対して、実のところアーク・ルーン軍に不安はない。


 彼らにとっては、残り少ない竜騎士よりも、雪がどれだけ残っているかの方が重要なのだから。


 もちろん、それ以上に深刻なのは、これより平らげる国々にどれだけの食料や物資、何より人がどれだけ残っているか、だが。


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