プロローグ2
「サム将軍、まずは戦に勝利されたこと、つつしんでお祝い申し上げます。そして、それがしにお会いいただけたこと、合わせてお礼、申し上げます」
頭を垂れて口上を述べる使者の前には、とても将軍には見えない、三十代半ばとおぼしき、小柄な中年男が座していた。
サムという名のその将軍は、粗末な毛皮をまとい、腰をかけるイスも見るからに安物。そして、将軍と使者が対面する場である天幕も、兵卒用の小さく丈夫さだけが取り柄という代物であった。
外見にしても、小柄でがっしりしているが、平べったい顔からは気品、威厳、教養といったものが感じられず、ごつごつした手も身分の高い人間のものとは思えないのも道理だろう。
将軍という地位は七年前に得たものであり、それまでの二十八年は農夫として暮らしてきたのだから。
この世界で農夫を将軍にする酔狂な人間など、魔法帝国アーク・ルーンの大宰相ネドイルの他にいない。そして、ネドイルから第四軍団約十万を任されている元農夫によって、この天幕の外には、巨人族の中でも最強と称えられる、一つ目の巨人サイクロプスの骸が何十体と並べられている。
巨人族とそれを敬い、従う人間で構成される、北に巨大な勢力を誇る巨人大同盟。その中核を成すサイクロプス族を滅ぼしただけではなく、その死体をゾンビにして、残る巨人族を討たせる。単純な戦力としてだけではなく、敵にサイクロプスの死を突きつける心理的な戦術を考案できるがゆえ、その使者は密命を帯びてここにいる。
小汚ない小男といった風体だが、外に並ぶサイクロプスの骸、何よりサムのぞっとするほど暗い目で見られ、気圧されていた使者だが、時を置いて平静さを回復させ、何とか口上を述べた後、
「わ、わたくしめは、実はシャーウ王国に仕える者です。本日、閣下の元に参りましたのは、知ってのとおり我が祖国を含む七竜連合は、アーク・ルーンの非道なる侵略を受けています。聞きましたところ、閣下の祖国はアーク・ルーンに滅ぼされただけではなく、魔法でムチャクチャにされたとのこと。同じアーク・ルーンの非道に苦しむ者として、共に戦おうというのが、我が主シャーウ王の言葉です」
熱弁を振るうが、裏切りそそのかされている相手は何の反応を示さず、視線を使者の脇に置かれる箱に転じるのみ。
「これは共に戦う際の軍資金として、持参したものです。金貨三千枚ございますれば、どうかお納め下さい」
脇に置いた箱を開け、中に詰まった金貨を差し出すが、サムはそれにも何も答えずにいる。
「無論、あくまでも、これはあいさつ代わりに持参した物。アーク・ルーンに勝利したあかつきには、金貨にして三万枚を進呈する所存。どうか、将軍のお力をお貸し下され」
使者が頭を下げたまま、相手の様子をうかがうまでもなく、サムは席を立ち、これまた粗末な机で、紙にペンを走らせる。
そして、インクが乾かぬ内に、紙を使者に手渡す。
「おお、ありがとうございます、閣下」
使者が満面に喜色を浮かべるのも当然だろう。
見た目と同様、汚い字であったが、サムが挙兵と反逆を約束した誓約書を差し出したのだから。
手渡された誓約書のインクが乾いてから、それを大事に懐に納めた使者、もう一度、頭を下げ、礼を述べてから、サムの元から去った。
吉報を王と国にもたらすために。