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暴竜編90-3

 陣払いに着手しているアーク・ルーン軍は、天幕が全て片づけられ、陣地を築くのに用いた資材も荷車に積み込まれつつあり、もう少しで移動できるまでの段階にきていた。


 そんな兵士らが慌ただしく荷物をまとめているところに、敵兵に刃を突きつけられて連れて来られたタスタル王家の面々は、恐怖に青ざめた顔にいくらかの戸惑いが見える。


 タスタル王らには、アーク・ルーン軍がこんなに急いで撤退する理由がまるでわからないゆえ。


 だが、疑問を抱こうとも、強制連行されるナターシャらは完全に無力化されている。ライトニングクロスには数匹の魔甲獣に加え、数隻の魔道戦艦も砲門を向けて備え、その主には魔法戦士の真紅の魔槍と竜騎士見習いのトンファーが向けられている。タスタル王らにはそれぞれ数人のアーク・ルーン兵に刃を向けられており、余計な口を聞ける状態でないまま、仁王立ちするザゴンの前で止めさせられた足を折るように促され、強制的に膝を突かされる。


「さて、ご覧の通りだ。こっちには、いや、この一帯には時間が無い。だから、言うべきこと、やるべきこと、そして殺すべきヤツをまず殺せ」


 あいさつも省いたザゴンの合図と共に一部の兵が動き、


「……えっ?」


 数人のアーク・ルーン兵に剣と槍を突き立てられ、自分の身に何が起きたかわからぬまま、第二夫人は血飛沫を数ヵ所から噴き出しながら倒れ伏し、恐怖で青ざめていた顔は、生命力の消失で血色が失せていく。


「……母様っ!」


 自分の母親が死に逝く光景に、その傍らに駆け寄ろうとした第二王女のまだ未成熟な身体を、数人のアーク・ルーン兵が押さえつける。


 第二王女のみならず、タスタル王らも殺された家族の元に行こうとし、数人のアーク・ルーン兵に押さえられ、ナターシャもフレオールとイリアッシュに身動きを封じられているので、


「なぜっ!」


 非難というレベルではない強い視線でザゴンを睨みつける。


「ネブラースってガキの首がない以上、ペナルティとしてそのオバサンの首をもらった。では、ネブラースの首の代わりに、そこのガキ二人の首をもらうか」


「なっ!」


 ザゴンの通告に、タスタルの王と王妃、ナターシャは愕然となるが、


「待ってください。さらに弟と妹の命を取るとは、どういうことですかっ!」


「息子も下の娘はまだ子供なのだ。だいたい、責任を求めるという話なら、王たる余の首でおさめるべきことであろう」


「親の責任なら私にもあります。私が死にますから、どうか子供たちは生かしてください」


 この場で最も幼い命と次に幼い命が失われぬよう、口々に悲痛な声で訴える。


 家族として当然の行動と必死さに、しかしザゴンは金属製のマスクの下で舌打ちし、無言で一人のアーク・ルーン兵に視線で合図を送る。


「ぎゃあああっ」


 無言の指示を受けたその兵士は、剣の柄で第二王女の左手の小指の先を叩き潰す。


「おい、うるさいぞ」


「はっ」


 ザゴンの新たな命の元、数人のアーク・ルーン兵は痛みに暴れる小さな身体をさらに強く押さえつけるだげではなく、後頭部と髪をつかんで地面に顔を押しつけ、マトモに悲鳴すら上げられぬようにする。


「ったく、こっちは時間がねえんだ。余計な発言をしていいか、少しは頭を使え。無駄口を叩けばどうなるか、わかっただろう」


「……ですが……」


 タスタルの王妃が反射的にそうつぶやいてしまうと、ザゴンの視線が動き、左手の薬指の先が叩き砕かれる鈍い音と、声にならない悲鳴がもれ聞こえる。


「さて、次は中指を砕くか」


 ザゴンの言葉に、ナターシャ、タスタルの王と王妃は血が出るほどくちびるを噛みしめ、無言を貫く。


「よし、けっこう。態度が改まったご褒美だ。さすがにガキ二人を殺すのはやりすぎだから、どちらか一人でおさめてやる。どっちのガキを助けたい?」


「……!……」


 助けたい方を選ぶということは、殺してもいい方を選ぶということだ。


 非情かつ無慈悲な選択肢を突きつけられたナターシャらは、しかし抗議ひとつできない立場と状況にある。


 もし、抗議の一つを上げれば、指が一本、また潰されるのを理解していたのは大人たちだけで、


「……こ、殺すなら、ボクを殺せっ! 妹は絶対に殺させないぞっ!」


 少年の勇気を振り絞った訴えに、ザゴンは小うるさげに視線を動かし、守ろうとする妹の左手の中指が潰される。


「や、止めろっ! い、妹を傷つけるなっ!」


 左手の人差し指が潰れる。


「……や、やめ、止めてあげて……」


 左手の指先が全て砕かれる。


「…………」


「おい、どうした、小僧? まだ大事な妹の右のお手てもあるぞ。両足の指も、だ。そこも潰したら、耳や目か。その後は皮をはぐから、まだまだ余計な発言する余地はあるぞ?」


 残忍かつ心底、楽しげな笑みを向けられ、王太子の舌は凍りつき、振り絞った勇気も打ち砕かれる。


「さあ、どっちにする?」


 選択を迫られるが答えは決まっている。


 王族だろうが平民だろうが、どの家だろうが女児より男児が優先される。しかも、一方は正室の子で王太子、もう一方は側室の子で次女となれば、選択の余地はない。


 だが、そんな答えを親や姉が口にできるわけがない心情をザゴンも察し、


「遅い。ちゃっちゃっと答えろ。それとも、両方とも殺していいということか?」


「……わ、我がタスタル王家は、第一王子に代わり、第二王女の身をアーク・ルーンに差し出します」


 無慈を乞うても無駄なのを、最も身に染みて思い知らされている第一王女は、そう答える以外、相手の異常な嗜虐心を満足させるオモチャになる以外に選択肢がないのを理解し、ザゴンの望むセリフと苦渋の表情を見せる。


「そうか。では、妾腹の方を殺し、小僧の方は人質とする。最後に、金の話だ。先の騙し討ちで受けた損害と、そのために生じた今回の軍事行動の費用が、合わせて金貨三十万枚となる」


「そ、それを支払えというのですかっ!」


「慌てんじゃねえよ。てめらの違約でこうなったんだ。倍払いに決まっているだろうが」


 しめて金貨六十万枚も請求されたところで、タスタル王国の支払えるわけがない。それどころか、アーク・ルーン軍の軍事行動で受けた王都や国土の被害、何より民の窮状を思えば、金貨六十万枚をもらいたいくらいだ。


「それと、プラス一万だ。金貨六十一万枚を支払うなら、小娘の命もつけてやる。支払い期限は次の春だ。それまでに支払いがなければ、小娘の首を督促状につける。それから三十日すぎたら、その際の督促状に小僧の右手首をつける。次の督促状は左手首としようか。まっ、オレも年端のゆかないガキを殺したり、傷つけたくしたくないから、せいぜい三人で金策に励んでくれや。こちらの用件はこれで終わりだ」


 一方的にタスタル王家が絶句するしかない無茶苦茶な条件と身勝手な論理を告げると、それで話は終わりと言わんばかりに、ザゴンは二人の人質を移送する点を含め、本陣の撤退を急ぐように命じ、包囲と封鎖のために方々に派遣した部隊をまとめたフィアナートと予定どおりに合流できるように努めさせる。


 だが、それでも王太子と第二王女を連れ去られ、莫大な請求書を残されて、膝を突いたままうなだれるタスタル王と王妃、第一王女に、


「おい、何をグズグズしている。話を終わったんだ。とっとと戻って、民衆を虐殺している竜騎士を止めてやれよ」


「虐殺? 何を言っているんですか?」


「おい、フレオール様。オレは忙しい。このお姫様に説明してやれ。もう一つの件を含めて、な」


 本音を言えば、王都の惨状とタスタルの、いや、この一帯の地獄のような未来図を告げ、その際の苦しむ顔を見たいのだが、立場がそれを許さない。


 この場を任された副官としては、自分の仕事をフレオールや適当な師団長に丸投げし、自分の愉悦を優先させるわけにはいかない。残忍無道な男だが、公私混同をするほど頭のイカれた男でもないのだ。心酔しているネドイルへの忠誠心に関しては、クロックやマードックにひけをとらず、フレオールやフィアナートよりずっと上である。


 弟や妹が連れ去られ、ザゴンや大部分のアーク・ルーン兵が去ってから、フレオールはナターシャに向けていた真紅の魔槍を引き、


「さて、互いに時間がないから、手早くすまさせてもらう。ナターシャ姫は家族を脱出させたが、他の竜騎士はそれに倣った者もいれば、残り続けた者もいるそうだ。ここからは推測がだいぶ混ざるが、おそらく残った竜騎士の中に家族を殺された者でもいるのだろう。それで見境をなくし、怒りで民衆は全て反逆者と見なして、王都で暴れ回っていると、こちらは見ている。とりあえず、市民側は遠慮なしに竜騎士の攻撃を受け、多数の死者が出ているそうだ。応じはしなかったが、ひっきりなしに来た、うちへの使者がそう言っていたのは、たしかだ」


 暴徒がいくら束になろうが、竜騎士を倒せるものではない。数だけ揃えても、強固な鱗に粗末な武器は全て弾かれ、圧倒的な攻撃力で薙ぎ払われるのは、現在、タスタルの竜騎士が何騎かで証明している。


 いくつもの民家を壊し、死体の山を築いて。


 竜騎士を擁しながら、これまでタスタル側が守勢にあったのは、ひとえに統治する側の配慮である。


 そもそも、竜騎士を市街地で運用すること事態が間違っている。竜騎士らのドラゴンを王都近郊の山野に置いていたのも、その巨体が動くだけで、建物や街路を破壊するからだ。実際、ナターシャも乗竜が王都の建造物を壊さないよう、気をつけて運用していたが、少なからず損壊してしまっている。


 建物を可能限り壊さないように運用すれば、竜騎士はかなり動きを制限されるが、それ以上に気をつけるべきは、暴徒への対処だ。


 政情の不安でタスタルの民を暴徒させているのであり、元来、彼らは守るべき存在だ。だから、タスタル軍は暴徒を討つのではなく、鎮圧することを主に対応してきたが、怒りで我とその指示を忘れた、ほんの二騎の竜騎士によって、圧倒的な数の暴徒は押し返されただけではない。


 遠慮も配慮もなくなった二騎の竜騎士の強大な力は、王都の人口を何百と減らし、何万という群衆を敗走させただけに留まらない。今も王都を破壊し続け、民衆を殺して回っている。


「家族を殺された怒りが凄まじくとも、ある程度、破壊し、殺せば、いくらか発散され、王や王女の命令でおとなしくなるだろう」


 それでおさまるのは、一時的なことにすぎない。


 その一時の間に、人心を安定させ、荒廃した市街地を復興させていき、王都の治安を回復させねば、群衆は再び暴徒と化すだろう。


 だが、人心を安定させるために最も必要なもの、食料や物資を集めていた集積所は、全てアーク・ルーン軍によって徹底的に破壊されている。


 集積所を再び作り、そこに地方から物資をかき集めるには、短くない時を必要とする。その間、人心も街並みも、王宮さえ荒廃した王都の治安をどう維持せよというのか。


 集積所にあったなけなしの物資に第二夫人の命、そして王太子と第二王女の身柄を奪い、苦難に満ちた王都と莫大な請求書を残される。アーク・ルーン軍の理不尽さはここまでだったが、タスタル王国の不幸は、フレオールの次の言葉こそ本命と言えよう。


「我が軍は撤退するが、それはタスタルの国境までに留まらない。ワイズ、クラングナの領内はおろか、さらに西まで退くことになるかも知れない。北のベネディア、リスニアの両軍ももう退いているはずだ。いや、ゼルビノ、カシャーン、ウェブレム、クーラント、ダムロス、バルジアーナ、モルガールの軍も退いている。うちだけじゃなく、どの国も戦どころじゃないほどの寒波がくるらしい」


「……今、何と言われました?」


「寒波だ。いや、ベネディアなどの国々が言うには、野外の陣地では凍死しかねないほど、昔、この一帯を凍りつかせたのと同じくらいの大寒波が到来するそうだ。概算だが、五百万人が凍死しかねないほどの規模とも言っている。とにかく、一日でも早く対処しないと、五百万ですまんことになるらしく、うちは元より、マヴァルやベネディアなどはもうその対策に動いている。まっ、だから、タスタルもすぐに動いた方がいいぜ。いつもより早く、何よりシャレにならない冬が来る前に、な」


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