表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
224/551

暴竜編88-1

「いやあ、酷い状況ですね。これ、うちの国で起こっていたら、父は発狂ものですよ」


 天高く飛ぶギガント・ドラゴンの背中から、イリアッシュが遠望するのは、もはや混乱や騒乱というレベルではなく、生き地獄の様相を呈する、タスタル王国の王都であった。


 イリアッシュが口にするとおり、王都は暴徒の大群が席巻しており、それを鎮圧するべき立場のタスタル軍は完全に王宮に封じ込められ、王宮のみを死守するので手一杯なほど、暴徒はもはや尋常の数ではなかった。


 タスタル軍が王宮のみを守っているだけということは、王都の他の場所は暴徒の、規律も統率もない連中の為すがままになっていことを意味する。


 商人や貴族の館は軒並み襲われ、貴族らは家族を王宮に避難させているほどだ。

 市民たちにしても、国が頼りとならない以上、暴徒に見つからぬように生きるか、暴徒に加わるしか選択肢がない。


 そして、後者を選択した者が多数いたからこそ、暴徒の数が膨大となり、王都が無秩序な状態となったのである。


「まっ、タスタルと同じ状況ってことはないけどな。実際、フリカでも市街戦が展開しているだろうが、あっちは王と王太子の二派によるものだ。ワイズも、それとは違った形の生き地獄となっていただろう」


 イリアッシュの隣、ギガント・ドラゴンの大きな背中に乗るフレオールが、面白く無さそうに言う。


 ザゴンの要請で第九軍団に身を置いているフレオールらは、先のタスタル軍との戦いで後方にひかえさせられていただけで、実のところ第十軍団に戻れずにずっとザゴンの策略のダシに使われていた。


 タスタルと同じくゾランガの策略で内乱を起こされているフリカだが、こちらは兵を動かす予定がない上、ザゴンの策にフレオールが必要であるので、大宰相ネドイルの異母弟はここにいる。


 正確には、フレオールの名義だけが必要なだけなので、当人が不満が抱いているのである。


 名義だけの役割は、昨年の司令官職も同様だが、あの時は兵を一部なりともあずけてもらえはした。だが、今回はもう戦う予定そのものがないので、本当に名義を使われるだけとなる。


 ゾランガが一兵も用いず、フリカのほぼ全土を内乱状態にしているのに対して、ザゴンは十万の兵を動かし、タスタルの王都のみを混乱させているが、これを以てザゴンの才幹を低く見積もるのは酷であろう。


 タスタルとフリカでは内を乱す材料が違うし、フリカ出身のゾランガはフリカに関する知識が元より豊富ということもある。


 謀略の第一人者であるベルギアットが、さして謀才のないロストゥルやラティエのいる第十軍団ではなく、第九軍団の方にいる一事だけで、ゾランガの謀才をどれだけ評価しているかわかるであろう。


 ただ、ベルギアットはゾランガよりは劣るという理由だけで第九軍団の方にいるだけでしかない。実際、魔竜参謀が口をはさまずとも、ザゴンの策はタスタルをちゃんと手玉に取っている。


「まあ、クメル山が落ちた段階で見切りをつけたからこそ、ワイズは最悪な状況を回避できたとも言えるがな。タスタルやフリカにも、イライセン殿の十分の一でも先見の明があるヤツがいれば……いや、フリカと、あとゼラントにはいたことはいたか。問題は、どちらもフリカとゼラントの臣ではもうない点だな」


 フレオールが口にする人物は、ゾランガとマードックらである。


 ゾランガの方は手痛い教訓があればこそだが、彼らはもう祖国に見切りをつけている。祖国を想う心はなくはないが、イライセンのような狂気的な域にはない。


 ゾランガは祖国よりも復讐心が先に立っているし、マードックらも祖国よりもネドイルへの忠誠心を優先している。


「それで後は、市民側の要請に応じて、共に王宮を攻めるのですか?」


 寄り合い所帯の暴徒らだが、一応はいくつかは大きな集団にはまとまっており、そうした集団には当然、それぞれにリーダーがおり、その中にはフィアナートに使者を出し、協力や共闘を持ちかけている。


 タスタルからの使者は全て門前払いにしている一方、暴徒からの使者は策略に利用するので、フィアナートやザゴンもちゃんと対応している。


 それゆえ、イリアッシュは暴徒らを支援して、タスタル王宮を攻め落とすと考えたのだが、フレオールは苦笑しながら、


「フィアナート殿とザゴンは、市民らを支援し、タスタル王宮を制圧したいと考えているが、オレやイリアはタスタル王家を助けたいと思い、あれこれと横槍を入れている。何しろ、ナターシャ姫は美人だし、イリアは親しい間柄だからな」


「まあ、そうなるのでしょうね」


 タスタルの王女とは、ライディアン竜騎士学園の生徒会で共に活動していたので、親しい間柄と言われては、困惑気味ながらイリアッシュはうなずかねばならない。


 もちろん、かつてはティリエラン、クラウディアに次いで親しかったが、それもかつての話だ。そうした親交も裏切った今では、絶縁状態となっているが、ザゴンにとって重要なのは、フレオールとイリアッシュがナターシャの「学友」である点だ。


「ナターシャ姫の色香に迷い、大兄の名を出して、タスタル王家を助けようとしているのがオレの役所で、親友であるナターシャ姫のために、父親の名を出して、タスタル王家を助けようとしているのがイリアの役所だ。ザゴンの脚本によれば、な」


「つまりは、何をすればいいんですか、フレオール様?」


「いや、何もする必要はない。ただ、ザゴンにこちらの名前を勝手に使わせればいいだけだ。オレの名前を市民側の要請に応じられぬ方便に使っていれば、タスタルは内輪もめで自滅する。その辺りはザゴンがうまくたぶらかしているだろう」


 魔道戦艦や魔甲獣といった主力兵器は市街地での運用が難しく、また暴徒のような無秩序な集団と行動を共にすれば、いかなる不測の事態が生じるか知れたものではない。アーク・ルーン軍からすれば、タスタル王宮を攻める際の乱戦に巻き込まれるなど、たまったものではなかった。


 とはいえ、タスタル王国を自滅させるための駒である暴徒を突き放しては、こちらの思惑どおりに動かせなくなる。


 暴徒らに味方と思わせながら距離を置き、こちらの思い通りに戦わせるため、ザゴンはフレオールの存在に偽りという装飾を施した。


「我が軍はタスタル王国の背信を罰するために、ここにいる。本来なら、タスタル王国と敵対したそちらと共に戦い、タスタル軍を一挙に撃滅して、タスタル王家を滅ぼしたいのだが、それに大宰相閣下の弟君が待ったをかけている。大宰相閣下の弟君はナターシャ姫にご執心でな。彼女の歓心を得るために、タスタルの非道に立ち上がったそなたらを討てとさえ言うている。もちろん、オレもフィアナート閣下もそのようなマネさせるつもりはないが、それを留めるので精一杯だ。大宰相閣下の弟君の手前、兵を動かすことはできぬ。武器や食料などは秘かに渡せるゆえ、そなたらの力だけでタスタル軍を打ち破ってくれ」


 言葉たくみにたぶらかされた暴徒らは、フィアナートやザゴンを味方と信じつつ、独力でタスタル王宮を攻め続け、何十、何百の骸がドラゴンに喰われ続けている。


 アーク・ルーン軍は一兵も動くことなく、暴徒、つまりはタスタルの民のみでタスタル軍と戦わせ、タスタル王宮を攻め落とし、タスタル王家に終止符を打つ策に、しかしイリアッシュは疑問を覚えた。


「民衆がどれだけ束になろうが、竜騎士に勝てるとは思えません。我が軍が力を貸さぬ限りは」


 自身も見習いとはいえ竜騎士であるがゆえ、その力が土民の群れなど問題としないという確信が、彼女の表情と声音から感じられた。


 そして、その認識は決して間違ってはいない。


 これまで竜騎士を討ち取ったのは、魔法帝国アーク・ルーンのみではない。周辺諸国との戦争で、七竜連合は何騎かを失っている。ワイズ王国も五十二年前にクラングナとの戦いで一騎、七十四年前にはベネディアとの戦いで一騎と、勝利のために犠牲となった竜騎士はいるのだ。


 だが、魔道兵器によらず竜騎士を討った者らは、いずれも、その国の最精鋭である。優れた武勇で優れた武器を振るい、その刃をドラゴンに届かせたからこそ、ついには超生物に致命傷を負わせられたのだ。


 武芸や鍛練と無縁な暴徒が粗末な武器を振るおうが、竜騎士を討てるわけがなく、実際にその圧倒的な数にも関わらず、暴徒の大群はタスタル軍に、否、竜騎士に撃退され続けている。


 このまま撃退され続け、犠牲を出してばかりとなれば、暴徒らの勢いもしぼみ、竜騎士は絶対であると思い知らされ、戦意は潰え、心は折れるだろう。


 そうなれば、タスタルの民は竜騎士に再び平伏し、アーク・ルーン軍に利用価値の無い存在となり、ザゴンの策は失敗で終わることとなる。


 もし、ザゴンがイリアッシュくらいの甘い算段で策を弄していれば。


「そいつは無意味な心配だ。ザゴンにそんな手抜かりはない。力を貸さずとも、知恵を貸せば、竜騎士なぞいくらでも対処できる。もっとも、非情の策ゆえ、それに応じるほど、攻める側の心理が圧迫されるまで待つ必要があるがな」


 悪魔のささやきに耳を傾けるのは、追い詰められている人間だけだ。暴徒側が、どんな手段を用いてでも勝つという心理に堕ちてこそ、ザゴンの悪魔的な知恵は受け入れられ、一線を越えさせることができるというもの。


「武勇もろくな武器もなく、数だけしかない者を以て、竜騎士を破る策とはいかなるものなのですか?」


「そうだな。ヒントを言えば、イリア、例えば背にイライセン殿を乗せて戦うとなれば、どうなるか。それを想像してみればいい」


 貴族のたしなみとして、いくらか剣の修練を積んでいるが、イライセンは竜騎士ではない。


 イリアッシュ自身なら、刃や矢はドラゴニック・オーラで防げるが、イライセンはそうはいかない。イライセンを乗竜の背に乗せて戦うとなると、まず父親を庇うことが前提となり、思い切り戦えなくなる。


 フレオールが暗に言いたいことはわかる。竜騎士とはいえ、家族を人質に取られれば、王家に刃を向けることも有り得るし、そのタスタル王家を押さえられては、完全にチェックメイトだ。


 数しか頼みとするものがない暴徒らが竜騎士に勝つには、そうした弱い部分を押さえるより他に手はない。だが、タスタル側にしても、そうした弱い部分は王宮の奥にいて、そうカンタンにチェックメイトをかけられる場所にいないはずだ。


 そんなイリアッシュの疑問を察したか、フレオールは追加のヒントを出す。


「たしかに、すぐにチェックメイトをかけるのは無理だろう。だが、駒を増やせば、王宮のどれだけ奥にいようが、チェックメイトをかけられるようになる。まあ、そうした駒を増やす手段を、ザゴンにもう吹き込まれているだろうから、タスタル王宮は早晩、陥落するよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ