暴竜編65-2
斜線陣。
本来なら中央・右翼・左翼の兵力はほぼ均一に揃えるものを、右翼か左翼の一方の兵を厚く配置し、反対の右翼か左翼の兵を薄く配置することで、陣容に一方からもう一方に傾きが生じるゆえ、斜線陣と呼ばれる陣形。
古くからある陣形ゆえ、厚く配置した部分で敵軍を圧倒し、打ち崩すのを目的としているのは、ネブラースやノルゲンでなくとも、軍学の書を読んだ者なら誰でも知っていること。だからこそ、タスタル軍はアーク・ルーン軍の前で困惑する他になかった。
「どういうつもりだ、アーク・ルーン軍は」
乗竜たるサンダー・ドラゴンの背で、怒りに任せて突撃を命じず、敵の意図を探るぐらいの分別はあるネブラースも、困惑して顔を歪める者の一人である。
その隣でダーク・ドラゴンを駆るノルゲンも白い眉をしかめつつ、
「殿下、アーク・ルーンは常に策略や小細工を弄します。気をつけ、用心するべきにございます」
注意を促す。
もちろん、ノルゲンの進言にネブラースはうなずきつつ、
「用心すべきはわかっている。だが、用心するばかりで睨み合いに終始するだけでは、我が軍は不利となるだけだぞ」
アーク・ルーン軍の一個軍団だけなら、タスタル軍の数は大きく劣るものではない。
が、他にも四十万のアーク・ルーン兵がいる。他の軍団が移動してくれば、敵軍は二十万にも三十万にも増えるのだ。
心配の種は前だけではない。この一帯には狂ったドラゴン族が暴れ回っており、タスタル軍も行軍中にリザードマンの襲撃を受けている。狂ったドラゴン族の襲来をいつ受けるか、危険の種は背後にもあるのだ。
「見たところ、敵の右翼は四万、左翼は二万五千といったところだ。私は右翼に突撃しようと考えているが?」
タスタルというより、七竜連合の伝統的な戦法は、竜騎士を陣頭に立て、密集隊形で真正面から敵軍を撃砕するというものだ。
圧倒的な竜騎士の力で、真正面から敵を打ち砕いてきた戦い方は、とっくにアーク・ルーン軍に破られているのだが、竜騎士の絶対性に未だ囚われているネブラースは、敵の最も分厚い部分への敢行を主張する。
「ふむ。それも一計でございますな。敢えて敵の強固な部分を突くことは、味方の緊張を高められましょう」
経験に勝るノルゲンは、竜騎士の力を過信するばかりではなく、味方の欠点にも目を向ける。
彼らの率いる兵の半分以上が、農夫などに武器を持たせた程度のものだ。正規兵ほどの戦闘力もなければ、秩序だった戦闘行動も期待できない。竜騎士の突撃で勝敗を決め、新兵は勝ち馬に乗させるくらいしか使い途がないのだ。
薄い左翼を突破し、それから中央と右翼を叩くという軍事行動を取ろうとしても、新兵がそれについてこれないのが明白な以上、右翼を強攻して打ち砕き、一挙に決着をつけるしか選択肢はないのである。
「ただ、その前に少し後退してもらえませぬか、殿下」
「ノルゲン、敵を前に何を言っている」
「本当に退くわけではございません。こちらが後退しても敵が動かねば、敵はこちらを誘い込み、何か罠にかけようとする意図がある可能性がございます。逆に、こちらの後退に合わせて前進するようなら、敵にその意図がないと判断できます」
「なるほど。そういうものか」
歴戦の竜騎士の駆け引きに、ネブラースは大いに感心する。
「敵が前進したなら、こちらも後退を止め、突撃をかければ良いのです。動かぬままなら罠の有無を調べてから、突撃を行うべきです。我が軍には後がございません。慎重を第一に戦うべきでしょう」
「よし、そうしよう。では、全軍にその作戦内容を速やかに伝達せよ。それが終わり次第、偽り後退を始めよ」
「はっ、かしこまりました」
ネブラースの命を受け、竜騎士や騎士たちはノルゲンの作戦を実行すべく動き出す。
フィアナートが敷いた斜線陣の意図に、何より自軍の致命的な弱点に気づかぬまま。




