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暴竜編49-1

 謁見の間。


 おおよその国で玉座が置かれるその場所は、タスタル王国とて例外ではない。


 だが、その日のタスタル王国の謁見の間において、玉座にタスタル王の姿はないが、その場にタスタル王がいないわけではない。


 他国の使者を謁見の間で迎える場合、通常ならば玉座にあるタスタル王の前で使者らが平伏するものである。が、三人の供を従えるザゴンは、立ったままで床に平伏するタスタル王の御意を得ていた。


 この場で平伏しているのはタスタル王のみならず、ナターシャや、恥辱に肩を震わせているネブラース、さらにタスタルの重臣一同も、膝を床についている。


 一国の王や王族、重臣たちが、一軍のたかだか副官にひざまずかねばならないのは、タスタルが滅亡寸前であり、アーク・ルーンが滅亡させる側にあるからだ。


 アーク・ルーン軍がもたらした大量の食料による鎮撫政策により、王都の情勢は一応の落ち着きを見せ、何より王都の民のアーク・ルーン軍への反感が和らいだと判断し、アーク・ルーン側はタスタル側の降伏についての話を進めるため、謁見の間で敗者たちは勝者に平伏しているのだ。


 もっとも、正式な降伏の調印は王都の外に陣取っているフィアナートの前で行われるので、この場はそのための事前交渉となる。


 魔法帝国アーク・ルーンの皇帝の名代たるフィアナートの代理として、この事前交渉に臨むザゴンは、わずか三人を伴っただけで、敵中、それもナターシャやネブラースといった見習いを含む十人ほどの竜騎士がいる場にいるが、後ろに従えているのがフレオール、イリアッシュ、ベルギアットとなれば、身を守る算段に不安はないというもの。加えて、アーク・ルーン側は武装しているのに対して、タスタル側は非武装である。


 もっとも、タスタル側が非武装なのはこの場にいる面々だけで、王宮にいる衛兵や騎士らは普段どおりに武装している。


 ちなみに、アーク・ルーン側の四人の内、公的にはザゴンの地位が最も高い。


 魔竜参謀は一年ほど前ならともかく、今はイリアッシュと同様、無位無官の身である。一時は司令官職を務めたフレオールも、それからは一士官という扱いなので、一軍の師団長や副官より劣る立場だ。


 それゆえ、ザゴンが事前交渉の代表として先頭に立ち、


「顔を上げろ」


 そして、平伏するタスタル王の前に立ち、面を上げる許可を与える。


 言われるままに顔を上げ、一介の副官を見上げる一国の王に対して、


「さて、降伏をしたいってことで、そちらの現状に関する情報と、タスタルの土地、戸籍の資料を引き渡しに応じてもらったが、てめえらはホント、言われたことしかできねえようだな」


 思いきり侮蔑の言葉を投げ下ろす。


「言われたもんを言われたままに出すなんぞ、ガキの仕事だ。現状の情報を整理し、資料との差異を調べる。それくらいの知恵もねえのか」


 バカにしきった口調で吐き捨てると、平伏するネブラースの震えがより強くなっただけではなく、ナターシャやノルゲンなど、何人もが顔を伏せたまま震え出すが、ザゴンの背後に立つフレオールやベルギアットからすれば、タスタルの現状把握力を思えばバカにされるのも仕方ないというのが、率直な感想だ。


 いかに混迷した情勢にあるとはいえ、いや、そうした情勢にあるからこそ、情報を整理して分析し、その結果と資料を検討して、現状がどれほど悪化しているのかを把握するのは、最低限のレベルだ。それをやっていないのでは、ザゴンに何と罵られようが、反論できるものではない。


 この場に平伏する、言われたことしか言われたままにしかできないような面々を必要とすりアーク・ルーンではないので、


「これは申し訳ありませんでした。さっそく、情報と資料の整理を……」


「しなくていいよ。てめえらのクソも詰まってもいねえ頭を使わしても、無駄だろうがよ。文官とかはこっちで手配するから、てめえらは連中がする質問に答えられるよう、空っぽの頭に何か詰めとけや」


 タスタル王に皆まで言わせず、ザゴンは足元に膝をつくまだ一国の王を睨みつける。


 温厚だが気の弱いところのあるタスタル王は、上から強い視線で見据えられ、


「おい、ナニ勝手に頭を下げようとしてんだ」


「申し訳ございません」


 顔を伏せようとしたタスタル王の動作は、下顎に軽く触れたザゴンの爪先によってさえぎられる。


 見上げる姿勢を維持させたタスタル王の顔が引きつるのを確認し、さらに謁見の間を見渡して震える背中の多さを確認して、場が充分に暖まったと判断すると、


「どうやら、てめえら低能のケツをいかに拭くか。その辺のことから話す必要があるな。そんな姿勢だと話し難いからよ、そこに座れや」


 顎をしゃくって玉座に座るように促す。


 平伏した姿勢より座っている方が楽であり、何より勝者の指示に従う他に選択肢はない。


 タスタル王は立ち上がり、即位した日より座してきた場所に歩き出し、


「ちょっと待ちな。今日は冷えると思わんか」


 にやっにやっと笑いながら、わざとらしく身を縮こませて肩を震わすザゴン。


 例年より今年は寒いが、それでも造りのしっかりとしている王宮の中、とりわけ謁見の間はさして寒くないようには感じられない。


 ただし、普通の格好をしていれば、だ。


 肩当てと左胸に防具を着けているだけで、上半身の露出の多いザゴンは、半裸に近い。


「マトモな服を着ろ」


 などと、敗者たるタスタル王が言えるわけがなく、


「……何か、暖を取るものを用意させましょうか?」


 足を止め、おうかがいを立てる。


 卑屈なまでに気を遣うタスタル王の言葉に、ザゴンはこらえ切れぬ笑いをいくらかもらしながら、


「いや、オレはいい。ただ、そのままそこのイスに座るのは寒いだろうと思ってな。ここは一つ温めてやるか」


 玉座の前に移動するや、おもむろにズボンを下ろす。


 じゃばじゃばじゃばじゃばっ


 そして、全て出し切った後、湯気とアンモニア臭の立つタスタル王国の玉座の前で、ザゴンはその身を大きく震わせた。



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