表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
212/551

暴竜編41-1

 フィアナート。


 公式記録の、とある没落した武家の娘という出生は、アーク・ルーンに帰属する際に用意された偽りだ。元暗殺者であるのは、公然の秘密と言えよう。


 年齢も二十七歳と、公式記録ではなってはいる。だが、物心ついた時には暗殺者の養成所におり、そこで過酷な訓練の日々を生き抜き、成長したゆえ、自分でも自分の本当の年齢がわからない。二十七歳というのも、外見とあいまいな記憶からそれぐらいだろうというもので、本当はもう少し若いかも知れないし、逆にそれよりいくつか年上かも知れない。


 茶味がかった金髪を短く切り揃え、端整だが柔らかさに欠く中性的な容姿のため、遠目なら若い男性にも見える点は、むしろ妖しげな魅力の根源となっていた。


 立ち振る舞い、例えば軍馬に騎乗する姿は様になっており、本当の武家の娘であるラティエと遜色はない。当然、ツガートやザゴンのように、元来、軍人でない連中とは比べものにならない。


 そのフィアナートはタスタル王国の王都を目指し、二万の兵と共に東に進んでいた。


 正確には、フィアナートの率いる五隻の魔道戦艦と二万のアーク・ルーン兵、ナターシャの率いる五十人のタスタル兵と、率いていない約二千四百のタスタル兵の、計二万二千四百五十がタスタル王国の西部を東進している。


 タスタル王国からの降伏の申し出に応じ、王都に向かうアーク・ルーン軍が二万であるのは、弱体化したタスタル軍に対してそれで充分というより、タスタル王国の食料事情を悪さを考慮した結果である。


 第九軍団の兵馬を全て動員すれば、タスタルの王都に向かうまでに十万人分の兵糧がいる。だが、二万人に兵数を絞れば、アーク・ルーン軍が必要とする兵糧が少なくすむだけではなく、余った分を王都の、そして進軍路のタスタルの民に分け与えることができる。


 実際、二万のアーク・ルーン兵からタスタルの民は食料をもらい、東へと去る侵略者たちを手を振って見送るほどだ。


 もちろん、二万の兵しか動員しないのは当面のことで、新たな兵糧が手配でき次第、残る八万も動く手はずとなっている。


 その二万に同行するタスタル兵の内、ナターシャが率いる五十人は、アーク・ルーン軍の先導役を務めている。


 アーク・ルーンにすり寄るタスタルの地方貴族は多く、その内の何人かが兵をは率いて、アーク・ルーン軍の進軍の手伝いに来た結果、タスタルの軍装ながらアーク・ルーンの旗を仰ぐ二千四百のタスタル兵が集うこととなった。


 が、タスタルの地方貴族が全員、アーク・ルーンにシッポを振っておらず、祖国や王家の忠節を尽くすタスタル貴族も当然いる。ナターシャが侵略者と裏切り者たちの先頭に立っているのは、忠臣らがアーク・ルーン軍の邪魔をしないようにするためである。


 ナターシャに先導させるなら、アルトリン伯爵らを殺す必要はなく、シダンスが彼ら六人の首を求めたのも、降伏の条件や状況が整うまで交渉を長引かせるために持ち出した方便にすぎない。別段、危険視しているわけでも、その首に固執しているわけでもないので、アルトリン伯爵らの生死など、アーク・ルーン側からすればどうでもいいのが正直なところだ。


 アルトリン伯爵らの死を回避する術があったことに、ナターシャは忸怩たる思いを抱きつつも、その死を本当に無駄にしないためにも、アーク・ルーン軍を無事に王都まで連れていかねばならない。


 兵よりも食料、今のタスタルに必要な方を大量に用意してくれた点はありがたいが、敵兵が少ない点は、ナターシャにとってはかなりの不安要素だ。


 二万となれば、今のタスタルでも何とか戦える兵力だ。そこに第九軍団の軍団長フィアナートのみならず、副官のザゴン、大宰相ネドイルの異母弟フレオール、魔竜参謀ベルギアット、さらに裏切り者のイリアッシュまでいるのである。


 主戦派であり血の気が多いネブラースが暴挙に出ないか、王女としても姉としても心配でならない。


 何より、この場にはイリアッシュだけではなく、合計二千四百の兵を率いてやって来た裏切り者たちもいる。しかも、彼らはナターシャがいるというのに恐縮するどころか、


「ようやく、タスタルが降伏なさるとか。これでこの地も偉大なるアーク・ルーンの一部となるということ。これほど、めでたいことはございません」


「まっこと、その通りでございます。タスタルの悪政で苦しんでいた民も、アーク・ルーンの善政の元で暮らせるようになりますからな。これよりタスタルの全ての民がアーク・ルーンを称えましょう」


「タスタルの王は希代の暴君。その悪政に心を痛めていた我らとしては、それを正す機会を得られたこと、厚くお礼を申し上げる」


「しかも、それを英明なるアーク・ルーンの元に行えるのですから、これほど誇らしいことはございません」


「これより先は、我らに先陣をお命じください。もし、アーク・ルーンの大業に愚かにも逆らい、タスタルの悪業に与する者がまだいれば、即座に討ち取って見せましょうぞ」


「そのような愚か者に、アーク・ルーンの正義を思い知らせてやりますわい」


「さあ、我らにお命じくだされ。民を苦しめ続けたタスタルの悪業に、正義の鉄槌を下せ、と」


 大声でタスタルを悪し様に罵り、アーク・ルーンに媚びへつらう様に、怒りに顔を真っ赤にしているのはタスタルの王女のみならず、彼女に従う五十人ばかりの兵も同様である。


 裏切り者らからすれば、強者に取り入ろうと必死なのだろうが、その露骨なまでの恥知らずぶりはアーク・ルーン兵の中にも顔をしかめる者がいるほどゆえ、


「ナターシャ姫も大変だ。騒ぎを起こしたら、まとまりかけている降伏交渉がご破算になるとでも思って、ハラハラしているんだろうな」


 ドラゴンの姿になっているベルギアットに座乗するフレオールは、眼下の光景に顔をしかめながらつぶやくが、舞台裏と脚本を知る魔法戦士の場合、不快に思う理由は媚びへつらう側ではなく、フィアナートと共に媚びへつらわれる者にあった。


「むしろ、ここで兵を暴発させた方が……いや、無駄か。あのサディストの策に穴があるわけないか」


「フレオール様はザゴン殿のことが嫌いなのですか?」


 嫌悪感を露にするフレオールにそう問いかけたのは、隣で乗竜ギガを飛ばすイリアッシュである。


 地上に声が届かないくらいの高さを飛んでいることもあり、フレオールは苦笑しながら、


「正直、そんなレベルじゃないけどな。まっ、それはオレだけじゃなく、リムディーヌ将軍を筆頭にいくらでもいるだろう。フィアナート将軍だって、嫌っていないってだけだろうしな」


「それでは、なぜ、フレオール様は、ザゴン殿の要請に応じ、協力しているのですか?」


 フレオール、ついでにイリアッシュやベルギアットは、フリカとの国境にある第十軍団の陣地、ロストゥルの元におり、細々とした軍事活動に関わっていた。二人が、正確には二人と二頭がタスタルの王都を目指すアーク・ルーン軍にいるのは、イリアッシュの言う通りザゴンが護衛として魔法戦士と竜騎士見習いの腕を求めたからである。


「ザゴンの要請に応じたのは父上だけどな。父上とてあの野郎のことは嫌いだろうが、その策が有効なもんな以上、手を貸さんわけにもいくまい。ムカつくが、あのサディストの策に道徳面以外で否定することができんでは、オレもアーク・ルーンとあいつの快楽のために槍を振るうより他あるまい」


 忌々しげに吐き捨てた後、再び苦笑いを浮かべ、


「もっとも、父上というより、ラティエ殿は、ザゴンの元で腹芸を学んで来いという意図があるんだろうがな」


 これがわざわざベルギアットにドラゴンになってもらっている理由である。


 地上にいれば、大宰相の弟という肩書きに、タスタルの裏切り者たちが引き寄せられ、白々しいおべんちゃらを垂れ流し、うっとしいことになるのは、眼下のフィアナートとザゴンが証明している。


 敵の内通者への対応において、フレオールのそれは正しくない。人間的にほめられた連中ではないが、軍略的には敵方を腐食させるなどの利用価値はある。使い捨ての道具として用いるにしても、機嫌を取っておく方が扱い易くなるから、フィアナートは無難にあしらっているし、自分の策のピースの一つであるからか、ザゴンは実に愛想良く対処している。


 将なり士官なりならば、こうした内通者を内心でどう思おうが、うまく活用するだけの度量が求められる。ブタにはブタの、毒蛇には毒蛇の、クズにはクズなりの価値があるのだ。


 ラティエとしては息子同然のフレオールが魔法戦士であり軍人である以上、人としてはクズ以下だが、クズの扱いがうまいザゴンの元で学ぶことも必要と考えたのだろう。


 無論、ラティエが能力面はともかく、人間的にはザゴンを忌み嫌っているのは言うまでもない。


「それほどにザゴン殿も、その策も凄いんですか?」


 イリアッシュが小首を傾げるのも当然だろう。アーク・ルーンに帰属してまだ一年に満たないのだ。直に戦ったことのあるツガートら第十一軍団の面々の凄さは身に染みてわかっているが、他の面々に関してはいまいちピンッとこない。


 そんな質問にフレオールはため息をつきながら、視線を軍の先頭集団、乗竜ライトニングクロスを駆るナターシャに向け、


「ザゴン、あいつの実績を口にするのはもちろん、思い出すのもイヤなんで、カンベンしてくれ。確実なのは、ナターシャ姫、いや、タスタルの王族がどうなるかを見てれば、イリアもこのイヤな気分を理解できるだろうよ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ