暴竜編34-1
ザゴン。
三十代半ばの、長身でたくましい肉体と鋭い眼光を持つ、魔法帝国アーク・ルーンの第九軍団の副官を務める男は、実に奇抜な格好をしていた。
青く染め上げた髪をモヒカンにし、大きなハートマークを右の側頭部に描き、金属製のマスクで顔の下半分を覆う一方、金属製の肩パットの他には心臓部のみを守るだけで、上半身の大部分を露出するスタイルは、凶賊であった頃からのものである。
元は賊である点は、ブラオーも同じである。が、家族を食わせるため、仕方なく悪事を働いたブラオーと違い、ザゴンは人をいたぶるのが好きで、賊をやっていた。
その凶行は、奪い、犯し、殺すなどという甘いものではない。
ある村を襲った際、幼子の両親の両足の腱を切り、動けなくした上で家に火を放つ。燃え盛る家から両親を引っ張り出そうとする幼子だが、当然、小さな子供の力ではどうにもならず、結局、親子三人が焼け崩れる家の下敷きになるまでを、仲間と共に酒盛りをしながら笑って眺めていた。
ある村を襲った際、三人の子供のいる母親をその目の前で輪姦するだけではない。長時間の凌辱で母親がぐったりして反応が悪くなる度、罰ゲームを行うのだ。
「ガキの右目を潰すが、どのガキにする?」
母親に選ばせ、恐る恐る我が子の一人を指差すと、
「てめえのオフクロは、てめえの目ん玉を潰していいとよ」
笑いながら右目を潰す。
さらに次の罰ゲームの時、
「ガキの右手を落とすが、どのガキにする?」
今度は母親が選ばずにいると、子供さんにんの右手を切り落とすのだ。
「てめえのせいで、ガキの右手が全部、なくなっちまったぜ」
目の前に小さな右手が三つ投げ捨て、苦しむ母親の姿を見て楽しんでいたザゴンに転機が訪れたのは、祖国がアーク・ルーンの侵略を受けた時である。
アーク・ルーン軍が攻め込んでくるや、ザゴンは凶行をピタリッと止め、息を潜めて侵略者の動向をうかがい続け、感動のあまりむせび泣いた。
それまでの支配者を蹴倒し、倒れた上で何度も踏みつけて弱らせてから、的確に相手の喉笛を踏み砕くような、法と大義の元、芸術的なまでに偽善を成すアーク・ルーン軍のやり口に、ザゴンは感銘をうけて、侵略者の軍門を叩き、その一員となる。
そして、アーク・ルーン軍の中で頭角を現したザゴンは、大宰相と接する機会を得るまでになり、
「こんなクレイジーな野郎、見たことねえ」
自分のトチ狂いっぷりがまだまだ甘いことを思い知らされ、元凶賊はネドイルに心酔するようになった。
その後、第二次大侵攻を前にした大編成において、第九軍団の配属となり、フィアナートの元で副官を務めることとなったザゴンは、現在、タスタル王国の王女ナターシャの前にいた。
正確には、再度、降伏の話し合いのため、アーク・ルーン軍の陣地を訪れたナターシャは、ザゴンと第九軍団の師団長四人の待つ天幕に通され、その前にひざまずいている。
第二次連合軍との戦いで敵の負傷兵を虐殺した疑いにより、第十一軍団は配置替えを命じられ、旧ワイズ、タスタル、フリカの三つ国境が交わる地点は、タスタル王国の攻略担当を命じられた第九軍団が陣取っている。
乗竜を駆って、当初は第五軍団の陣地に訪れたナターシャは、将たるスラックスではなく副官のシダンスに、第九軍団の陣地に行くように言われ、そしてここでも将たるフィアナートではなく副官のザゴンとしか対面できなかったが、彼女の屈辱的な扱いはそれで終わらなかった。
陣中とはいえ、イスなどいくらでもあるだろうに、四人の師団長は立っているものの、ザゴンがイスに座し、しかも足を組んでいるのに対して、ナターシャはひざまずいている。
タスタルの王女たる身が一介の副官、しかも相手は平民であり、元犯罪者ですらあるザゴンに頭を垂れねばならない。しかし、それが現実であり、勝者への正しい接し方であるのだ。
そして、敗者は屈辱に耐えるより他に術はない。特にナターシャは、自分の前に並べた六つの生首、彼らの最後の忠義を無にしないためにも、いかなる辱しめにも耐えねばならなかった。
アルトリン伯爵、ラヒッチ子爵、ギュスター子爵、ツァース男爵、ルツェル男爵、ゼムナ男爵、それが六つの塩漬けの生首の生前の名と爵号である。
先に降伏を申し入れた際、シダンスが示した条件をタスタル王宮に持ち帰ったが、タスタル王は即座に六人の臣下に死を命じることはなかった。
できなかった、というのが、正確なところであろう。
タスタル王は臣下に犠牲を強いることのできる性格ではないし、ネブラースら主戦派でなくとも、仁徳のあるアルトリン伯爵らの死に反対する者は多く、タスタル王宮では別の条件や手段を模索すべしという声が大勢を占めた。
だが、それも自ら進んでアルトリン伯爵ら六人が自害し、その首がタスタル王の元に届けられると、タスタル王国の方針は一変した。
「我が主はアーク・ルーンの要求を耳にしますれば、王と国に最後に奉仕する機会があるなら、何でこの命が惜しかろうと申し、見事な終わりを迎えましてございます」
六人のタスタル貴族の部下たちが、一様に涙ながらに主の首を差し出すと、タスタル王やナターシャを含む多くの者が忠臣の死を悼んだ。
同時に、彼らの死を無駄にするべきではないという声も高まったので、タスタルの王女は敵陣において、晴れやかな死に顔の生首を六つ並べられたのであるが、
「何だよ、本当に持って来やがったのかよ。シダンスのじいさんの言うこと真に受けて、バカだねえ。こんなもん、要らねえよ」
マスクをしているせいでくぐもっている感じながらも、ハッキリと呆れているのがわかる調子のザゴンは右足の爪先でアルトリン伯爵の生首を軽く小突く。
「……くっ……」
ザゴンの言い草や振る舞いは、父親と同じく怒りの沸点が高いナターシャの心中を一気に沸騰させるのに充分だったが、それでも彼女は沸き上がった怒りを抑えた。
抑えるしかないのだ。
ナターシャは非武装でこの場にいるが、竜騎士見習いの彼女は素手でも充分に戦える。また、少し離れた場所には乗竜であるサンダー・ドラゴンもいる。
だが、この場にいるザゴンら五人の男は武装を、それも魔法の武器と防具で武装している。何より、五人とも一角の戦士であり、修羅場をくぐった経験は、ナターシャなど及びもつかないだろう。
五対一でも戦えなくはないが、ここは敵軍十万の陣地の中なのだ。ザゴンらに襲いかかれば、すぐに外にいる兵を呼ばれるし、それ以上にマズイのが、いくつもの魔砲塔が彼女の乗竜に向けられている点であった。
この天幕で騒ぎを起こせば、即座に乗竜ライトニングクロスは集中砲火によって薙ぎ倒されるのは明白だ。そうして残るのは、一頭のドラゴンの亡骸と、戦う力を失って捕らえられた王女と、タスタルが降伏を申し出た席で暴挙に及んだという事実だ。
それが祖国タスタルをどれだけ更なる窮地へと追い込むか。そんな最悪の未来図が、ナターシャをギリギリのところで自制させたので、ザゴンはプランBへと移行することにした。
「まっ、こんな首はどうでもいいが、こっちはタスタルの担当になったからな。そっちが降伏する気なら、軍を進めるだけだ」
「はい、我がタスタルはアーク・ルーンへの抗戦を断念し、我が国の全てを譲らせてもらいます。どうか、タスタルの民を貴国の新たな民としてお受け入れください。偉大なるアーク・ルーンに逆らいし罪、その全ては王と我ら臣下一同にあります。その責に王は自らの首を差し出す所存であり、それは我らも同じにございます。ですが、民には何の非が無い点、それだけはご理解ください」
「へっ、首はいらねえと言っただろうがよ。こっちは降伏するなら、それでいいんだよ。民に手を出さないのも当然だな」
「ありがとうございます。王に代わり、我がタスタルの降伏に応じてもらえたことに、厚くお礼を申し上げます。タスタルの地をアーク・ルーンに譲るにあたり、我らはそのための協力を惜しみません。何なりとお命じください」
「おいおい、何を言ってやがる。タスタルが降伏したらって言っただろうが。先走るんじゃねえよ」
「はっ、それはどういうことでしょうか?」
意図がまったくわからず、思わず相手を見上げたナターシャは、ザゴンがにやにやっと卑しい笑みを浮かべているのに気づく。
その笑みにイヤな予感を覚えつつも、
「我がタスタルはこうして降伏を申し入れております。それとも、王を連れて来て、降伏を定めた文書に調印させればよろしいのでしょうか?」
「それ以前の話だよ。まず、あんたの態度、それが降伏を申し出るもんじゃねえんだよ」
すでにひざまずいているナターシャとしては、これ以上どうすればいいかわからず、困惑するしかない。
「おいおい、こっちがそこまで無学と思っているのか? 降伏の際の正式なポーズってのがあるだろうが」
「……!……」
ナターシャが真っ赤になってうつむくのは当然で、
「降伏の使者は、両膝を突いて両肩を出す。そうだろうがよ」
ザゴンの指摘は間違っておらず、それが降伏の使者が勝者に対する正式なものではある。
ただ、それを年頃の女性、しかも王女と身分の高い相手にやらせようとすることに、第九軍団に限らないが、策略とわかっていても不快に思う師団長はけっこういる。
それゆえ、ザゴンがこの場に呼んだ四人の師団長は、ナターシャへのやり口に「まっ、策略だし」とか「やった、役得」と割り切れる者ばかりを揃えている。
その見た目に反して、ザゴンは細かな配慮ができ、大組織の一員として、かなりうまくやっているだけではない。
そんな緻密な頭脳で、フィアナートとここにいる四人の師団長以外が、残らずイヤな顔をさせた、タスタルの制圧作戦を立案したのもザゴンである。
その策によって、両肩を露にし、ナターシャの豊かすぎる谷間が少しのぞけるようになると、四人の師団長の視線はそこに釘付けになる一方、ザゴンは恥辱に歪む王女の美貌を注視していた。
元凶賊にとって、女の首から下に興味はない。いや、正確には、人の首から下に興味はないのだ。
相手の顔をいかに苦しみに歪ませるか。それが異常な加虐心を持つ彼の全てである。
そのザゴンが持てる知略とドS精神を注ぎ込んだタスタル制圧作戦は、まだまだ準備段階にすぎなかった。
タスタル王家がまだ哀しみと苦しみに満ちた顔になっていないのだから。




