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入学編17-3

「このドラゴンたち、二つの事件で自滅した五人のドラゴンたちですよ。見覚えがあります」


「オマエ、よく見分けがつくな」


 五頭のドラゴンが今にも襲いかからん状況にも関わらず、のんびりと会話を交わすイリアッシュとフレオール。


 フレオールの感心した通り、ドラゴンなど種別ならともかく、個体での識別は普通はできるものではない。特に、目の前の五頭はイリアッシュにとって、ティリエランのような同級生のものではなく、教官と後輩たちの乗竜で、そう接点が多くなくても見分けがつくのだ。


 もちろん、これはイリアッシュだから見分けられるのではなく、竜騎士やその見習いなら、当たり前にできることである。


 さすがに三十の女のヒステリックな叫びと違い、五頭ものドラゴンの咆哮と足音は、いくらか離れている程度の人とドラゴンらの知覚に届き、たちまち三人と七頭の周りに生徒と教官とドラゴンが集まっていく。


「何事ですか、学園長?」


 乗竜ランドロックを駆り、トラブルの元にやって来たクラウディアが、何度目かの異例の事態に表情を険しくするターナリィに問う。


 ちなみに、アース・ドラゴンはドラゴン族で最も足が遅いので、他の七竜姫は先に現場に到着しているが、後方にクラウディアの姿があったので、暗黙の内にこの場を盟主国の姫に任せたのだ。


「死んだ教官や生徒らのドラゴンたちが、フレオールを討たんとしています」


 この返答で、ターナリィの困り果てている心情は、クラウディアのみならず、全員へと伝わる。


 ドラゴンは人間社会にまったく干渉してこなかった。ただ、契約を結んだ竜騎士個人の命に従い、戦うのみである。このような行為に出るのは前代未聞であり、それだけにターナリィらの困惑は深い。


 が、困惑してばかりもいられない。クラウディアは意を決して、


「ドラゴンらよ、なぜ、仇討ちなどを考えられる? その真意を教えてもらいたい?」


〈我らは皆、死ぬ直前に、主より無念の想いを受けた。契約の元、それに応じる方法は、そこのニンゲンを討つことと至った〉


 人間よりの問いに、五頭を代表してダーク・ドラゴンが応じる。


 竜騎士とドラゴンの精神は、契約時にダイレクトにつながっており、竜騎士が心で念じるだけで、どれだけ離れていても呼ぶこともできれば、命令を言葉よりもずっと正確に伝えることができる。


 そして、心がつながっているだけに、感情や想いといったあやふやなものも伝わってしまう。特に、死んだ五人の最後を思えば、強い無念を抱いて当然というもの。


〈我らは主より、無念を晴らすよう命じられたわけではない。また、主が死んだ今、契約は無に帰している。だが、主が死ぬ直前、まだ契約が有効である時、あれだけ強き想いを伝えられたなら、それに応じないわけにはいかない。が、これまで、その方法がわからずにいたが、今、ニンゲンよりそのニンゲンを討つべきと聞いた〉


「誰がそのようなことを言ったんですか?」


 ターナリィがダーク・ドラゴンに問うが、


〈ニンゲンだ。誰とは、何を問いたいかわからない、ニンゲンよ〉


 これには人間たちは首を傾げたが、

「あ〜、これは、特定の誰かじゃなく、何人かの話を総合して、そう判断したってところでしょう。私たちの聴覚は音の無い音も拾えますからね。レオ君の陰口、その全てを聞き拾うなど、造作もないことですから」


 ベルギアットの指摘に、けっこうな数の生徒、教官までが視線を泳がせ、やましい心の内をあらわにする。


 普段、ドラゴニアンのレイドのような例外を除き、ドラゴンはこの山野で暮らしているので、人間社会の事情や情報に接しようがない。主の無念を感じたとしても、それを晴らすためにどうすればいいか、そのための判断材料を得られず、今日まで動くに動けずにいた。


 が、それも騎竜親交会、百人以上の関係者が集い、その内の一部がフレオールやイリアッシュは元より、七竜姫にも聞こえぬよう、五人の死因を悪し様に語り合ったことで解決した。


 複数の人間が感情的かつ整合性なく垂れ流す陰口だったにも関わらず、五頭のドラゴンはその高い知性で正確な分析を行い、主の無念を晴らすという一事においては、決して間違っていない挙に出て、人々を驚愕させる。


 無論、ドラゴンが高い知性を示したとしても、クラウディアらはそれに感心してばかりもいられない。


「……ドラゴンらよ、その問題は我らの側で対処している。あなた方の主の仇を討つ時は我々の側で定めるゆえ、今は退いてもらえないか?」


〈汝は主に非ず〉


 ダーク・ドラゴンの返答は、クラウディアを苦い表情とさせたが、予想していたものなので、強い落胆を抱くことはなかった。


 死んだ五人の内、四人はバディン出身の生徒、つまりクラウディアの家臣だったが、だからその乗竜らがバディンの王女の命に従うとはならない。


 竜騎士の契約は国に対してではなく、個人で交わされるものである。また、ドラゴン族の社会は人のそれと違い、身分の上下はなく、それぞれの個体が対等である。


 ドラゴンがドラゴンに命令を出すこともなければ、主の主筋であっても、ドラゴンが契約していない相手の命令に応じることはない。


 当然、クラウディアというより、竜騎士の契約を交わした者なら当たり前のことなので、五頭のドラゴンは力ずくで止めるしかないのだが、敵のために盟友を傷つけようという気にはなれない。


「さすがに、ネドイルの大兄でも、ドラゴンを懐柔することはできんだわけか。カーッハッハッハッ」


 今、最も危機的な状況にある生徒は、むしろ五頭のドラゴンと相対しながら、笑い声を上げる。


「いや、無理を言わないで下さい。ドラゴンにワイロも美人計も通じませんから」


 ベルギアットが後ろ頭をかきながら言う。


 ちなみに、美人計とは、美しい女性で敵を懐柔するか、堕落させる計略である。


 アーク・ルーンの絶大な資金力と権力を以てすれば、意のままにできる一万の美女を集めるのも可能だ。実際、生きたワイロを采配した魔竜参謀は、手駒に困ることはなかった。


「しかし、仇討ちとなれば、いよいよ避けられるものではない。ここは応じるしかないが、ドラゴンらよ、一つ条件を出していいか?」


〈言うがいい、ニンゲンよ〉


「五頭まとめてかかって来い。下らね人の流儀を案じて、一対一などとつまらぬマネをしてくれるな」


 にぃっと凶猛で楽しげな笑みを浮かべる。


〈了承した。が、自惚れぬがいい、ニンゲンよ。その魔力、大なれど、それは汝らの種としてと心得よ〉


 人なら侮辱されたと憤るところを、人と異なる超生物は目に見えぬものを見抜き、淡々と脆弱な存在の自負に応じる。


「ベル姉」


「はいはい、わかってます。ちゃんと一対五で戦えるよう、手を出しませんから、安心して下さい。死体の処理で七竜連合に迷惑をかけることもありませんから」


 平然と答え、ベルギアットは人とドラゴンの戦いに巻き込まれぬだけの距離を取り、イリアッシュも無言で乗竜ギガと共に離れる。


 クラウディアらが戸惑いつつも、教官や生徒らを下がらしている間に、フレオールも間合いを取って魔槍を構える。


 純然たる野性のドラゴンと異なり、この場にいるドラゴンらは竜騎士を通じて、人間社会のルールに対して、いくらかの配慮は払う。ゆえに、五頭のドラゴンはいきなりフレオールに襲いかかることはなく、今も戦いの準備が整うまで律儀に待っている。


 周りの人間に困惑が見られるが、ドラゴン五頭の力をニンゲン一人にぶつけても、他のニンゲンに害が及ばないだけの状態になるや、


〈ガアアアッ!!!!!〉


 五頭のドラゴンが咆哮を唱和させ、ニンゲンたちに開始を告げた。


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