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暴竜編20-1

「大任を仰せつかりながら、これを果たせなかったこと、陛下に深く詫びるより他にありません。これもひとえに、陛下への恩徳を忘れた、恥知らずな民や貴族の暴挙によるものとご理解していただきとうございます」


 タスタル王宮の謁見の間において、片膝をつく傷や汚れが目立つタスタル騎士の申し開きに、玉座にある王も、居並ぶ王族、貴族、高官も、一様に憮然となるしかなかった。


 その日、タスタル王宮に二人の使者が訪れた。バディンとタスタルの使者だが、後者はアーク・ルーンの元へと送り出したタスタルの使者に同行した騎士の一人が戻って来た、というのが正確なところだろう。


 前者、バディンの使者がもたらした内容、七竜連合の盟主国バディンは抗戦の断念して降伏を選ぶというものであり、タスタル王らは大いに驚きはしたものの、バディン王の人柄を思えば納得できないものではなかった。


 バディン王に考えが近いタスタル王が、騒ぐネブラースら主戦派を抑え、盟主のご意志は承ったと返答したので、バディンの使者は早々に退散した。


 七竜連合の中核たる盟主国の降伏の表明に、タスタル王宮の各所で動揺や憂色といった表情と反応が見られたが、そのようなショッキングなニュースが吹き飛ぶほど、タスタルの使者、正確にはアーク・ルーンの元へと送り出したタスタルの使者に同行した騎士が口にした内容は衝撃的なものであった。


 負傷して汚れをそのままにした騎士が、単身、戻って来たのだ。凶事が生じたのは明白であったが、その凶報はタスタル王らの想像を越えており、


「アーク・ルーンの元へ赴くべく、領内を西に進み、西部に至ると、野盗に襲われ申した。賊に遅れを取るなど恥ずかしい限りですが、なにぶん敵の数が多く、使者殿を守って逃げるのがせいぜいでした」


 タスタルの使節団を賊が襲うというのは、治安が悪いどころの話ではない。タスタルのメンツに泥を塗っても、国が討伐に動けないと見くびっているのだ。


 たかが野盗ごときに侮られるほど、タスタルの権威は失墜している上、

「それでも、何人かは失いましたが、使者殿と国書は無事でしたので、任務を果たすべく、再び西へと進みましたが、ヌーブム子爵の軍勢が行く手を阻み、襲いかかってくると、いかんともし難く、ヌーブム子爵に使者殿が捕まり、護衛で生き残ったのは、私と兵が二名のみというありさま……」


 王都の近辺を脱するまでは竜騎士が同行したが、そこから先は使者に騎士と兵士、十人ほどの護衛で何とかなるという計算は、無惨な形での失敗でその甘さを露呈した。


 おそらく、アーク・ルーンへの手土産か何かになるとでも考え、ヌーブム子爵は祖国の使者を捕らえたのだろうが、いくらでもいる反逆者が狙っているというのであれば、護衛の数を四、五十人に増やそうが、アーク・ルーン軍の陣地に無事にたどり着くことはまず無理だろう。


 陸路を行く限り。


 タスタル王国の使者がタスタル国内を満足に歩けないまでに、タスタル王国の統治は破綻を見せている。タスタルというより、七竜連合の各王都における混乱は、現在、小康状態にあるが、これは治安の改善を意味していない。


 狂ったドラゴンが暴れ回り、日々、犠牲者が絶えないのは相変わらずだが、七竜連合の各軍は何度も危険をかいくぐり、王都に物資を運び込んでいる内に、その作業に慣れて効率と運搬量が上がり、その一部を市民への配給に回せるようになったからである。


 無論、何も根本的には解決していないから、外から物資を運び込んで破綻を先延ばししているだけであり、正常に機能していない王都のツケはいずれ噴出するであろう。


 そもそも、収穫期ゆえに今は外にいくらでも食料はあるが、その収穫量は例年よりだいぶ減っており、本来なら不足分の食料を輸入して補うなどの処置を取らねば、冬場には確実に餓死者が出る状況なのだが、統治機能が低下している七竜連合には、今を無計画に食い散らかして生き延びることしかできない。


 そして、その七竜連合の中で最も最悪な状況にあるタスタル王国の王宮では、


「こうなれば仕方ありません。わたくしが使者として、アーク・ルーンの元に赴きましょう」


 王女であるナターシャが、現状を憂いるばかりで、なに一つ建設的な意見が出せない父王らに、自らの決意を告げる。


「いけませんぞ、姫様。危険すぎます」


「空を飛べば、何人とて手を出せません」


 反対する家臣に答えるとおり、彼女の乗竜であるサンダー・ドラゴンは飛行能力を有している。上空にあれば、賊や反逆者の手が届きようがない。


「ですが、アーク・ルーンの陣地での危険は避けようがありません」


「アーク・ルーンには、以前にも交渉のために赴いています」


「その時と違い、竜騎士の護衛をつけることはできないのですぞ」


 以前、トイラックと交渉する際には、何人も竜騎士の護衛が同行したが、竜騎士の数が激減した今、とても何騎も竜騎士を割けるものではない。


 王都の小康状態は、少ない竜騎士が王都の守備や運搬の護衛を務めているからであり、アーク・ルーンに使者として赴ける竜騎士は、そうした雑務に従事していない王族ぐらいしかいないのだ。


 だから、今の王都から離れられる竜騎士は、ナターシャとネブラースだけなのだが、アーク・ルーンの打倒を叫ぶ後者を送り出すわけにはいかない。


「しかし、それは順序が違いませんか、姉上? まず、ヌーブムなどの裏切り者を討ち、国内を鎮めてから、アーク・ルーンと相対するべきでしょう」


「先ほども申したでしょう。我が国には、そんな余力も時間もない、と」


 息巻くネブラースの意見は初めてのものではなく、先ほどもナターシャはため息まじりにたしなめている。


「ですが、裏切り者をこのままにしておくなど、我慢できません」


 同じことを繰り返す異母弟に、


「いい加減にしなさい、ネブラース。まだわからないのですか? 我々は王都一帯の混乱すら鎮めることができないのですよ。それほどに無力となったこと、認め難くとも、認めるしかないのです。そして、我々にタスタルという国を旧に復する力がない以上、アーク・ルーンにその力を求めるしかないのです」


「我が国をこうまでぐちゃぐちゃにしたのは、全てアーク・ルーンの所業ではありませんかっ! そんな奴らに頭を垂れるのを良しとするのですかっ!」


「そうやって意地を張っても、わたくしたちに混乱を鎮める力がないことに変わりありませんよ。いえ、そうして現実から目を背けるほど、タスタルの民の苦しみを放置することになるのです」


 諭すように異母姉に言われる内容が理解できないほど、ネブラースとてバカではない。だが、若く血の気が多いがゆえ、その屈辱的な現実を受容できないのだ。


「……ネブラース。もう一度、繰り返しますが、あなたもいい加減に現実を認めなさい。我が国にもう戦う力はなく、何より盟主たるバディンは戦いを放棄すると表明しているのですよ。これで我々のどこに選択の余地があるのですか。わたくしたちは敗れた。その現実から目を背けても、何も変わらないどころか、我が国の現実はより酷いものとなっていくのですよ。民が苦しんでいる時、出来ないことをわめき立てるのがタスタル王家の者として正しい振る舞いか、よく考えなさい」


 バディンとタスタルの使者の件で、祖国の現状を思い知らされたナターシャの声は、静かだが覚悟を決めた者ならではの迫力があり、ネブラースのみならず、ノルゲンらも主戦派を中心に、家臣一同は押し黙る他なかった。


 そして、覚悟を決めたのは娘だけではなく、


「タスタルが終わりの時を迎えることに、皆、虚心でいられぬであろうが、それで民が苦しむ時が終わるのであれば、余はバディン王に倣おうと思う。ナターシャよ、すまぬが使者としてアーク・ルーンへと赴いてくれ。全てをそなたに任せるがゆえ、タスタルの民に善きように計らうように。念を押すまではないと思うが、何が大事かをはき違えるでないぞ。余の首より大事なことがある点、決して忘れるでない」


「う、承りました、父上、いえ、陛下。そのご意志、無駄にせぬように努めさせてもらいます」


 ひざまずくタスタルの王女は、父親の言葉に声を震わせながらも、嗚咽をこらえながらその王命に従う。


 タスタル最後の王の決意に、ネブラースや家臣の多くがこらえ切れずに涙を流すが、まだ泣くのは早いというもの。


 現状において主導権を握るアーク・ルーンの脚本は、まだまだページ数を残しているのだ。


 実のところ、この時点で抗戦と降伏、どちらを選んだところで、細部こそ変わりこそすれ、話の大筋は変わることはない。


 ライディアン竜騎士学園でフレオールが示した選択肢に、ノーと答えた時点で、タスタルの国と王家と民の酷い展開は定まったのだから。




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