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入学編17-2

「いやあ、凄かったですねえ。さすがは、フレオール様、ベルギアット様、実にお見事でした」


 ただ一人、ギガの背の上で盛大な拍手を鳴らすイリアッシュは、最後の実演を終えたフレオールと、人の姿に戻ったメイド姿のベルギアットの元へと向かう。


 騎竜親交会の実演が終わると、立場や出身国の関係なく同種のドラゴンを駆る者同士で集まり、広大な地形を利用してドラゴンを駆り、また討論や議論を交わし、互いを高めるという趣旨があちこちで実施される中、フレオールとイリアッシュだけが異なるドラゴンに跨がる者同士で集う。


 七竜姫の面々は、フレオールらがまた何かしらのトラブルを起こす、または吹っかけられるのを警戒しているものの、教官や生徒らはこれだけの大人数がおり、先ほど侵略者を互いに笑い合ったこともあって、皆が不愉快な異物二名の存在を忘れ去ったように、騎竜親交会を楽しんでいた。


 このせっかくの機会に、誰もが明るい表情を浮かべる中、二人を除いて一年生が特に顔を輝かせ、先達の話やアドバイスに聞き入っている光景をひとしきり眺め、


「良き顔をしていますね。明るき未来に想いを馳せている。それが表情からハッキリとうかがえます」


「私も一年の頃、いえ、去年まではあの場で、あんな風にはしゃいでいたんですねえ」


 ぼそっとつぶやいたベルギアットの言葉に、しみじみとそんな感想をイリアッシュは口にする。

 魔法帝国アーク・ルーンが七竜連合に宣戦布告し、ワイズ王国に攻め込んでから、まだ一年と経っていない。去年の今頃、イリアッシュは同じギガント・ドラゴンに乗る後輩たちにアドバイスし、尊敬の眼差しを向けられていた。


 東部方面の軍の行動計画の立案者なものの、約半年前に予想外の事態が生じてしまい、当初の作戦は完全に瓦解しているので、七竜連合の現状はベルギアットの予想と異なるものとなっているが、


「まあ、ああした顔でいられるのも、今年まででしょうが。あの若人らの顔が、絶望に染まるか、死に顔と果てるか。そういう想像ができても、動じなくなったなあ、私」


 より過酷さを増した新たな作戦案を知っているので、七竜連合の者が残らず生き地獄を味わう暗い未来を、楽しげな光景に重ね合わせながら、さしたる感慨もなくつぶやく。


「まあ、ベル姉が破滅に追い込んだ国の数を思えば、今更、そこに六か七、加わったところで、大した違いじゃないと言えなくないからなあ」


「自分でもそう思うのが、完全に末期ですね。あなたたちが生まれたばかりの頃は、けっこう悩んではいたんですが」


 人外の存在であり、人よりも多くのことを憶えていられる自分が、いつから悩まず謀略を巡らせるようになったか判然しないことに、ただ苦笑するしかなかった。


「レオ君が生まれたばかりの頃は、それでも自分が正しいかどうか何て、陳腐なことに悩んではいましたね。そうそう、生後半年くらいの時、レオ君を初めて抱かせたもらった時も、あやしながら自問自答していたことがありました。まあ、答えなんて出ないまま、レオ君がおっぱいに吸いついてきて、それどころじゃなくなりましたが」


「いや、マジで赤ん坊の時のエピソードとか、止めて」


 一歳にもなっていない時のことである。当人が憶えているわけもないので、何を言われても否定できず、バツの悪い表情となるしかなかった。


「はあ、やっぱり、フレオール様も胸の大きな方が好みなのでしょうか。ナータとまではいかなくても、せめてティリーくらいは欲しかったんですけどねえ。ああ、ウィルやアーシェ姉様がうらやましい」


 自分の控えめな胸を見ながら、イリアッシュは嘆息する。

 七竜姫はナターシャ、ウィルトニア、フォーリス、ティリエラン、ミリアーナ、シィルエール、クラウディアという順であり、ベルギアットはだいたいシャーウの姫とロペスの姫の間に入るくらいある。


「私はあなたの髪の方がうらやましいけど」


 自分の茶色の髪をいじりながら、魔竜参謀は人の美しき金髪を凝視する。

「良く皆に言われましたけどね。けど、髪はいくらでも伸びますし、手入れさえしていればいいだけですが、胸は本当に何をしても、何ともなりません」


「いや、いくら手入れしても、髪質こそ維持はできても、何ともならないわよ。脱色したところで、天然物とはほど遠いし」


「隣の芝生の青さを気にしても、仕方ないと思うんだが? というか、イリアやベル姉のレベルで、外見を気にする心理がわからん」


 首をひねるフレオールに、ベルギアットはジト目を向ける。


「こういうところは、兄弟と言うべきか」


「いや、さすがにネドイルの大兄と同列に置かれるのには、異議を唱えるぞ。あそこまで無神経……」


 そこでセリフを切ったのは、歩み寄る存在に気づいたからだ。


 まずフレオールが、続いて二人もそれに倣い、姪より大きい胸を揺らしながら近づく学園長ターナリィに視線を向け、


「はて、何の用があるのでしょうか?」


 イリアッシュが首を傾げている間に、学園長は自らの乗竜をどこかに置き、二人と二頭の前へとやって来る。


「学園長、何か用か?」


「ええ、聞き知っているでしょうが、あなた方が起こした二つの事件、それを調べるための調査団の派遣される日時が決まりました。様々な都合があり、次の休学日に調査団が来ます。当然、あなた方からも話を聞くので、次の休学日は外出を禁じます」


「了解したが、用件はそんだけ?」


 フレオールだけではなく、イリアッシュもベルギアットも釈然としないが、それも当たり前だろう。


 わざわざ、それだけのことを伝えるためだけに、学園長が単身、足を運ぶ必要性がまるでない。他の王女にはもう連絡ずみだろうから、担当教官のティリエランか、授業を共にするクラウディア、ミリアーナ、シィルエールあたりに伝達を頼んだ方が効率も良い。


「調査団の日程も決まり、一連のゴタゴタが片づく目処が立ったのです。それまで姪たちに大きな負担をかけていたので、今日くらいは雑事を忘れ、楽しんでもらいたい」


 学園長としてトラブルの処理がようやく終わり、一時的に手が空いたので、自分がフレオールらの見張りにつき、七竜姫が今だけは諸悪の根源を忘れて楽しめるよう、気を遣ったのだろう。


 これで一同が納得すると、


「調査団が来るにあたり、何か不安な点があれば相談に乗りますが?」


「すでに上の方の合意は終わってるんだろ。調査団なんて、現場をちゃんと調べましたってだけの、見せかけだけの代物。すでに内容の決まっている報告書の心配なぞ、するだけバカバカしい」


 実に可愛いげのない返答をされ、しかしその通りなので、学園長は生徒の指摘を否定できるものではなかった。


 今年度のライディアン竜騎士学園のトラブルは、七竜姫がいることもあり、直に各国の王に内容が伝わっている。このため、バディン王の発案で調査団が編成されている間に、娘たちの意見や説明を元に、王たちによる話し合いがまとまってしまい、現場を調べる前に結論が出たが、それが公表されるのはもっと先となる。


 調査を明言したため、その前に結論が出たことを公表できないのだ。無駄を承知で、調査団を派遣し、結論に沿った報告書を何日か置いて、あたかも吟味したように振る舞ってからでないと、とっくに出ている結論を公表できないのだ。


 こんなバカバカしい実態では、フレオールでなくとも真面目につき合えるものではなかった。


 自分たちの情けない内実がバレているのがわかり、そこから話題をそらすつもりか、ターナリィは百頭以上のドラゴンが動き回る山野を見渡しながら、


「それならいいとして、どうですか、この光景を見て? 実に勇壮だと思いませんか? 我ら七竜連合には、まだ九百近い、この場の七倍以上の、しかも正規の竜騎士が健在なのです。あなたは我々に勝ち目はないと言いましたが、この光景を見ても、まだ同じことが言えますか? あなた方が、無謀な戦いを止め、退くのであれば、私が王たちにその意思を伝えてもいいのですよ」


 誇らしげに語る学園長に、魔法戦士と魔竜参謀は顔を見合わせ、呆れ果てたように嘆息する。


「どうかしましたか?」


「いや、何と言うか、わかってはいたけど、やっぱり、ダメなものはダメなんだな」


「レオ君、可哀想だけど、これが現実。生死を分かつ物事を、見てくれで満足して、自己陶酔にひたる人間が教えている。この手の人間には、何を言ってもムダ、ムダ」


「で、数多の学生とドラゴンがムダに死ぬか。敵ながら同情するね」


「直に殺すのは私たちだから、それは偽善」


「まあ、十代の後半になって、気づかない方も気づかない方か。倍近く生きて気づかないよりはマシとはいえ」


 敵国の人とドラゴンに、交互に侮辱され、ライディアン竜騎士学園の学園長は顔を軋ませるほどの怒りを見せ、


「あなた方は友好という言葉を知らないみたいですね。いわれなき誹謗の数々、私の我慢にも限度がありますよ!」


「良薬は口に苦し、忠言は耳に痛し。忠告と誹謗の判別がつかないようで、よく人に物を教えようと思うな。その面の皮の出来には、本当に恐れ入る」


「頭の中に栄養がいってない分、顔の外皮にいっているのでしょう。ただ、少ないとはいえ、外皮の小ジワを思えば、カン違いした時の浪費は、当人にとっても生徒にとっても、不幸の一事でしかなかった」


「いや、死んだり、負けたりした生徒の方はともかく、当人に自覚のないのなら、むしろ幸福じゃないか」


「人は現実を歪ませて見て、満足することもある。たしかに、当人にしか見えない花園の中に在るなら、不幸ではないですね」


「あなたたち! そんなに私が気に食わないのですか! 言いたいことがあるなら、ハッキリと言いなさい!」


 もはや、顔だけではなく、恥辱と憤怒で全身を真っ赤にしているターナリィは、その怒りの大きさを表すかのように、いい年した淑女にあるまじき大声を張り上げる。


 辺りはドラゴンの咆哮や足音で、とても静かとは言い難く、一人の女性のヒステリックな叫びに、周りは何の反応も示さず、またフレオールらも動じることなく、


「いや、実際に去年、負けているのに、そんな自信満々でいられれば、こっちとしては呆れるしかないよ。それとも、去年の敗因を踏まえた上で、今年は勝てると言っておられるんですかね」


「む、無論です。去年は裏切り者のせいで敗れましたが、二度も同じ手が通じると思わぬことです」


「やっぱり、わかってないか」


 思った通りの答えに、侵略者は苦笑する。


「な、何がわかってないというのですか?」


「イリアらが裏切ったのは、クメル山の戦いの時だ。それ以前、例えばアーシェア殿は八万の兵で我が軍と正面から戦い、負けたぞ」


「なるほど。あなたはウィルトニアやシィルエールに、先日、竜騎士に欠点があるように語ったそうですね」


 前の休学日に工房で語った内容を、二人の姫が報告したのだろう。学園長と七竜姫らは、情報の交換と共有をきちんとやっているといったところか。


「世の中に完全というものはありません。だから、去年は番狂わせが起き、我々は負けました。ですが、そのようなことがずっと続くと思わないことです」


「あ〜、レオ君、これはいくら言っても無理。たぶん、軍事のいろはもわかってない、この人間」


「なっ! 失礼なっ! 私はきちんと軍学を修めています」


「そうでしょうね。軍学に関しては、たぶん我が国の将軍たちより上でしょう。昔、そういう人間はアーク・ルーンにいくらでもいました。ほとんど死にました、正確にはあの人に逆らい、ご自慢の知識で兵を動かして敗れ、殺されましたが」


「……?……」


 魔竜参謀の言いたいことがわからず、眉をしかめる学園長に、魔法戦士がフォローしてやる。


「軍事に精通することと、軍学の成績の良いことは、似て非なるものってことだ。もし、軍学の書の通りに実戦で兵を動かしたら、確実に負けるぞ。何せ、書物の内容は誰でも知っているんだから、裏がかき易い。軍学をそのまま教えるということは、実戦で役に立たない連中を増産するだけだ。軍事を教えるということは、知識を己のものにする手伝いをするということだ」


「バカにしないで下さい。生徒たちにはちゃんと応用についても学ばせています」


「通り一辺倒な応用だろ、どうせ。敵の動きを見て、その呼吸に合わせ、駆け引きする。その局面、敵将が何を考えているか何か、書物にはのってないんだ。まあ、アーシェア殿がどう兵を動かしていたか。それを検討するのをオススメする」


「どうやら、アドバイスをしてくれているようなので、私もあなたに助言をしましょう。去年の勝利で、竜騎士を、ドラゴン族を甘く見ているようですが、我々はドラゴン族との盟約で、何百年と国を守り続けてきました。周辺の国々が手を組み、攻めて来たこともありましたが、我らの父祖はその危機を乗り越えています。だから、あなた方も次の戦いで、それを思い知る……」


 ターナリィの言葉が途切れたのも当然だろう。

 

 何しろ、いきなり側にダーク・ドラゴンが舞い降りただけではなく、


〈フレオールなるニンゲンよ、主の無念を晴らさせてもらう〉


 発音は人のものと異なるが、人の言葉で魔法戦士に戦いを挑んだのは、一頭だけではない。


 さらに降り立ったフレイム・ドラゴンと、駆け寄って来た三頭のアース・ドラゴンも、咆哮を唱和させた。


〈我らが主の死に対する報い、受けてもらおう〉




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