暴竜編14-2
「な、なぜだあっ! なぜ、我が方が、数で圧倒的に勝る我が方が負けているのだ!」
五十近い下り坂の体にたっぷりとぜい肉がついているヨーク伯爵は、たるんだ頬を震わせるほど、現実を激しく否定した。
動揺するヨーク伯爵の周りにいるゼラント騎士らも、顔を青ざめさせるほど、戦況はかんばしくなく、十分の一の敵、正確には六隻の魔道戦艦の前に、三千の兵が押されっぱなしで、じりじりと後退させられている。
取るに足りない弱小貴族を討つのに、ヨーク伯爵が取った戦法は、七竜連合ではオーソドックスな、竜騎士を先頭に敵軍に真っ向から突撃していくものだったので、マードックらも良く知るそれへの対処は難しいものではない。
まず、二隻の魔道戦艦が正面から砲撃し、竜騎士の足を止める。
次に、足が止まり、正面からの砲撃を防ぐ竜騎士の両側面に、二隻ずつ魔道戦艦が回り込み、砲撃を放つ。
三方からの砲撃で絶対と思い込んでいた竜騎士が倒れ、動かなくなると、続く三千の兵は動揺に足が鈍り、格好の的と化す。
「撃てっ!」
魔道戦艦の甲板でマードック、ミストール、メリクルスの号令と指示が下り、六隻から放たれる砲撃が、次々とゼラント兵を撃ち倒していく。
無論、六隻で三千の的に対処するのは物理的には不可能だが、そこに心理的な要素を加えれば、不可能ではなくなる。
六隻の砲撃は闇雲に放たれておらず、マードックらは敵の先頭集団、しかも勇み足でも前に出ようとした兵や、部隊を率いる騎士、隊長、士官などを狙い撃ちして、敵軍の出足をくじき続けると共に、軍としての機能を低下させていった。
いかに魔道戦艦とはいえ、たった六隻。三千の兵が一斉に前進すれば、一割も吹き飛ばせぬ内に、敵兵にとりつかれ、艦内に侵入された上、後方にいる三百の味方も不利な白兵戦を強いられることになっただろう。三千という数を有効に動かせば、マードックらを倒す方策はいくらでもあるのだ。
しかし、だからこそ、そうはさせじとマードックらは作戦を練り、数で圧倒的に勝る敵軍を一方的に押し、下がらせさえしている。
「何をやっておるかっ! 数ではこちらが勝っているのだ! 押し返してしまえっ!」
味方のふがいなさに、魔道戦艦を睨みながら吠える騎士の一人が、にわかに吹き飛ぶ。
三千の兵の後方に現れた、二隻の魔道戦艦からの砲撃によって。
魔道戦艦の機動力を以てすれば、大回りして敵の背後に回り込むのは難しい芸当ではない。
とはいえ、たったの二隻。本来なら後方の部隊で充分に対応できるのだが、
「……は、伯爵閣下が逃げられたぞっ!」
伊達に、マードックらはその下で長年、苦い思いをしていない。ヨーク伯爵が一番、後ろ、最も安全な場所でふんぞり返っているのはカンタンに予測でき、その近くに砲撃をぶち込み、危険が身辺に迫れば逃げ出すのも、予測してのこの作戦だ。
それまで、魔道戦艦からの砲火に押されながらも、踏み留まっていたゼラント兵だったが、ヨーク伯爵が逃げ出した途端、一挙に全面敗走へとなだれ込む。
「全軍突撃! 敵を逃すなっ!」
「うおおおっ!」
マードック、ミストール、メリクルスが艦上から下した命令に、三百のゼラント兵が雄叫びを上げて応じ、敵であるゼラント兵に襲いかかる。
足止めを目的としての砲撃であったためか、ヨーク伯爵の兵とは未だ九倍以上の数の差があるが、すでに逃げる敵を追う段階ゆえ、味方の深追いをだけを気をつければいい状況にあった。
体格のわりに逃げ足の早いヨーク伯爵は取り逃がしたものの、竜騎士を倒し、三千の敵を撃破して、四百以上の首級を挙げたのだから、大勝利と言える内容だが、
「さて、後は若い者に任せて、それがしたちは楽をさせてもらおうか」
その程度では満足せず、もう一手、策をこらしているマードックらは、この場での戦果はここまでとし、勝利にわく三百の兵と共に撤収にかかった。




