表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
196/551

暴竜編13-2

 七竜連合の中で最も豊かなシャーウ王国は、七竜連合の中で最も鉱物資源の産出量が少なく、それに比して山地よりも平地の割合が高い。


「我が国には、無限の富がある」


 歴代のシャーウ王の豪語は決して偽りではなく、シャーウ王国の富の源泉は、交易によるところが大きい。


 それゆえ、シャーウ王国は街道の整備に腐心し、円滑で活発な人と物の流通を国策として、莫大な国益を得てきた。


 が、今のシャーウ王国は、その流通、富の源泉に、乱れとかげりが見られる状況にある。


 流通の混乱の原因は言うまでもなく、王都近辺で暴れ回る狂いし数十頭のドラゴンである。


 王都を中心とした流通網を築いていただけに、その中心部が危険地帯となれば、流通に混乱が生じるのは避けられない事態であった。


 ドラゴンに食われるかも知れない道を通る者は少なく、流通量の激減による物価の高騰は、七竜連合の六つの王都、どこでも深刻な問題となっていた。


 大人口の大都市ほど、生活物資の消費量が激しい。定期的な流入が滞れば、すぐに物資が枯渇するのは、すでに七竜連合の王都により証明されている。


 狂ったドラゴンを掃討すれば、王都の物流事情も改善されるのだが、それも竜騎士の数が激減した今では難しい。


 狂ったドラゴンを倒そうとするなら、装備を整えた大部隊か、二、三騎の竜騎士が必要となる。


 が、狂って本能のままに暴れ回るドラゴンの動きに、小回りの効かない大部隊ではまず対応できるものではない。


 竜騎士ならば、ドラゴンを捕捉するのは可能だが、一騎、あるいは二騎では危ういものがあるので、確実に仕留めるなら、三騎一組で行動させるべきだろう。


 だが、見習いを含めても、王都の竜騎士は二十騎に満たない。当然、王都の守りも何騎か必要な上、王都には数万の兵が配備されている。


 その数万の守備兵の兵糧を運び込むのにも、竜騎士を数騎、護衛につける必要がある。このため、広大な王都周辺に散らばった、五十頭以上の狂ったドラゴンを討つのに差し向けられるのは、一組かせいぜい二組という、焼け石に水な対処しかできずにいる。


 シャーウ王国はバディン、ロペス同様、タスタルやフリカのように貴族の内乱こそ生じていないが、国境にアーク・ルーン以外の外敵が攻め寄せている点、そして王都一帯の混乱は変わりなく、それを鎮めることができずにいるところも変わりはなかった。


 七竜連合では、王都一帯の物流の停滞によって、商人や運搬業者などの中に破産する者が出始め、住民も少ない食料や物資を巡っての争いが絶えず、その一部が暴徒と化して商人や貴族の館を襲うまで治安が悪化したがゆえ、


「遷都を行う」


 シャーウ王はそう宣言して、謁見の間に立ち並ぶ家臣一同を激しく動揺させた。


 遷都とは、文字どおり都を遷す、玉座を他の都市に置き、新たな王都することである。


 歴史的に、遷都の理由は様々だが、今回のように緊急避難的なケースもなくはない。実際、敵の矛先をかわすように都を遷し、命脈を長らえた国はないことはないのだ。


 だが、王の言葉だろうが、遷都のような一大事を一方的に告げられても納得できるものではなく、


「へ、陛下、王都を捨てられると仰せかっ!」


「一時の安楽のために、大局を見失ってなりません」


「そのような弱腰では、アーク・ルーンがますますつけあがりますぞ」


「はばかりながら、我らは苦しい状況にありますが、だからこそ踏ん張るべきではございませんか」


「真に。遷都など、戦わずに負けを認めるようなものですぞ」


「黙れっ」


 口々に反対していた家臣らだったが、大きくはないが不機嫌な声を発した王の性格を思い起こし、舌を止めて首をすくめる。


 言われたとおりに黙った家臣一同を見渡してから、


「フォーリス、説明せよ」


 フリカ王の言葉に、先日、ライディアン竜騎士学園から卒業証書を持たずに、同胞らと帰国した王女が進み出る。


 王と同様、この王女の性格を知る何人かの家臣が、無意識に眉をしかめる。


 賢くはあるが、策をもてあそぶようなところのある姫君は、自信に満ちあふれた表情で、


「ご一同も理解はされているでしょう。このシャーウ、いえ、我らの置かれている苦境が」


 この場にいる者はシャーウ王国の中枢にいる者ゆえ、七竜連合の絶望的な現状を知らされてはいる。


 悪化する情勢に、シャーウ王国が同盟国に支援を求めたように、同盟国の方もシャーウに支援を求めたので、シャーウは同盟国の苦境を伝えられているし、同盟国の方にもシャーウの苦境は伝わっている。


 互いに苦境にある七竜連合は、とても互いを助けられる情勢ではないので、自国の問題は自力で解決するより他ないゆえ、フォーリスは遷都という策を練り、密かに父王の承認を得てこの場に臨んでいるので、通ることを前提とした方策を語り出す。


「バディンが盟主としての責を果たせぬ以上、我がシャーウが同盟国を取りまとめ、アーク・ルーンに対抗せねばなりません。そのためにも、我がシャーウは今の苦境より一刻も早く立ち直らねばなりませんわ」


「だから、王都を切り捨てると言われるか、姫様は」


「王都を元の姿に戻すために、新たな王都に移る必要があるんですわ」


 家臣の言葉に余裕たっぷりの表情と声音でフォーリスは続ける。


「竜騎士も我々も、王都を守り、維持するのに手一杯で、根本的な解決に手が回っていませんわ。王都に留まる限り、根本的な解決は先延ばしとなり、状況は悪化するのは目に見えています。しかし、王都を離れれば、守りや維持に傾けていた戦力を、狂ったドラゴンを退治するのに差し向けられるというもの。危険な場所にいて、危険から身を守っていても何もなりません。安全な場所に移るからこそ、危険を取り除くのに動けるようになりますわ」


 フォーリスの言いたいことは、他の王族や家臣一同にも理解できた。


 今、王都は四方から狂ったドラゴンらがいつ襲来するかわからない状態にある。実際、王都に近づいてきた狂いしドラゴンを、竜騎士は倒すなり、追い払うなりにしている。


 王を初めとする国の中枢を安全な都市に移せば、うまくすれば全ての竜騎士を狂いしドラゴンらの討滅、国家の中心を侵す危険の排除に当てられる。


 ワイズ王国の滅亡と連戦連敗によって、七竜連合の戦力は去年の開戦時と比べて、ほぼ半減している。いや、最低限の治安の維持や国境の守りといった兵をかんがみれば、動かせる兵は開戦時の半分ではすまない。何より、主戦力である竜騎士の数も激減しており、外敵どころか、国内の乱れにも充分な対応ができないありさまだ。


 少なくなった戦力で早急に国内の鎮静化を計り、国力が回復するまで守りを固めて、アーク・ルーン軍をしのぐ。七竜連合が滅亡を逃れる道はそれしかない。


 もっとも、性格的に何年も専守防衛なんてできないシャーウの王女は、


「現状において肝要なのは、国の乱れを治めること。足元がおぼつかなくては、他の国々と手を組むことも、反撃に転じることもままなりませんわ」


「なっ、また連合軍を組むつもりか?」


 シャーウの王太子は、この劣勢下で積極策を口にする妹の言葉に目をむく。


 驚く上の兄のみならず、他の兄弟、そして家臣一同に対して、


「はい、そのつもりですわ、お兄様。ですが、先の連合軍と違い、ダムロスやバルジアーナ、他の周辺の国々とも手を組もうと考えておりますの」


「バカなっ! 奴らは今、我が国を攻めているのだぞ!」


 王太子が声を張り上げるとおり、シャーウの南に位置するダムロス王国とバルジアーナ王国は、長年、敵対関係にあり、現在、共に一万の兵でシャーウに攻め込んで来ているのだ。


 武器を向けている相手に握手を求めるが行為を、頭から否定する反応に対して、


「たしかに、我が南の隣国は浅慮にも、我が国を侵そうとしております。ですが、少し考えればわかること。我ら七竜連合が滅べば、次は自分たちが滅ぶ番であることなど」


 フォーリスの見解は決して間違っていない。敵の敵は味方という考え方はたしかに有効ではある。


 ただ、彼女の場合、もう一つ視点を欠いていただけだ。


 七竜連合が負けるほどの相手に勝てるわけではない。どうせ滅びるなら、勝ち戦に便乗して、マシな滅び方をするべき、という考え方もあるのを。


 そんな思考のタネを、七竜連合の周辺十ヵ国に魔竜参謀はまいておき、十万の兵で征するよりは安い額を肥料に用い、十年以上の歳月をかけて育て上げた成果は、一王女の思いつきが通じるほど脆い咲き方はしていない。


 無論、マシな滅び方より、滅びない方がいいに決まっており、アーク・ルーンの威圧を苦々しく思っている者はいるが、十年以上に渡る工作とここ一年の連戦連勝の成果で、七竜連合以上にベルギアットの侵食が進んでおり、周辺諸国は降伏派が主流を占め、落ち目の七竜連合と手を組もうとするのは、少数の抗戦派だけだろう。


 が、七竜連合と周辺諸国の大連合という夢想を自画自賛するフォーリスは、現実の厳しさもアーク・ルーンの周到さもまるで気づいておらず、


「どうですか、皆様? 現状でこれ以上の策はありますか?」


 王都を捨てる点に抵抗を覚える者こそおれ、シャーウの王も王族も、家臣一同とて、大連合という発想の壮大さに圧倒され、反対意見を口にする者はおらず、フォーリスの策は父王の承認の元、今後の方針として定まった。


 それがより愚かな破滅の道と気づかぬままに。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ