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暴竜編12-2

「何とかせぬか、何とかっ!」


 広い謁見の間に響き渡るほど、フリカ王の怒声は大きなものであった。


 フリカ王国はタスタルと大差のないほど、酷い状況にある。


 王都の近郊の山中にいる竜騎士らの乗竜にマジカル・ウィルス『ドラゴン・スレイヤー』を撃ち込まれ、狂った五十頭以上のドラゴンが暴れ回り、西北部も連合軍の元にいたドラゴンらが狂って暴走し荒らし回っている。


 連合軍の大敗を機に、貴族たちがアーク・ルーンに亡命し、あるいは反乱を起こしているのも同じである。


 タスタルとの違いは、南から一万ずつの兵で侵攻してきたのが、ウェブレム王国とクーラント公国であるのと、大小バラバラに帰路につく連合軍の敗残兵約四万が、勝手にフリカの民から食料や物資を収奪し、半ば野盗も同然の存在となっている点だろう。


 内憂外患による自力復興が不可能な末期状態にあるのも、この期に及んでも国論が統一されていないのも同様だが、


「父上、いえ、陛下。何とかと申しても、明確な方針が定めねば、家臣らも意見の述べようがありません。抗戦か和議、あるいは降伏か、陛下がいかなる道を選ぶのか、我らに示してください」


 力強さに欠くが、ハッキリとした声で父王に毅然と決断を迫るのは、フリカの王太子サクリファーンである。


 サクリファーンは今年十九歳。恰幅の良い父親に似ず、病弱で線が細いが、彼にしても、シィルエールを含む二人の妹にしても、小柄で細身な王妃の方に似ている。


 外見だけではなく、内面も気性のやや荒いフリカ王に対して、息子も娘もおとなしい性格をしていて似ていない。


 フリカの竜騎士や騎士といった武官は、王太子の線の細さに頼りなげな印象を抱いていたが、国難にあってその印象は一変した。


 弱々しい外見に反して、サクリファーンは毅然とした態度を見せ、フリカの危機にちゃんと向き合い、フリカ貴族の信望を集めていた。


 一方、フリカ王は「どうにかしろ」と怒鳴り散らすばかりで、自国の苦難から目をそらしており、フリカ貴族の多くが主君の態度に呆れていた。


 だが、サクリファーンがいかに前向きに話を進めようとしても、最高決定権は父王にある。怒鳴って何も決めようとしない父親と、方針を決めるように迫る息子は、自然と口論することが多くなり、フリカの王宮は日々、国王派と王太子派という色合いが鮮明になりつつあった。


 ちなみに、この場にはライディアン竜騎士学園から傷ついた同胞と共に引き上げてきたシィルエールもいるが、内向的な彼女は父親と兄の言い争いにオロオロするばかりである。


 正に国が滅ぶか残るかの難局に立たされている父王の苦しい立場を、サクリファーンとて察していないわけではない。だが、いかなる時とて国の行く末を定めるのが王としての責務である以上、不興を買うのを承知で父親のケツを叩かねばならない。


「陛下。今、こうしている間にも、此度の混乱にフリカの民は苦しみ続けているのです。私見を申せば、我が国に我が国を救う力は残っていません。バディンなどの同盟国も自国すらままならない状況にあります。この地に治安と安定をもたらすには、アーク・ルーンに頭を下げるのも一つの方策ではございませんか?」


「キサマは我が国を、フリカを終わらせるつもりかっ!」


 怒号を発するフリカ王の血走った両目の奥には、恐怖の色が見て取れた。


 この圧倒的劣勢の中、敵国に頭を下げるなど、自分の命運をアーク・ルーンにあずけるに等しいのだ。


 アーク・ルーンに邪魔と判断されたなら、フリカの国王だからとはいえ、王だからこそ、首を打たれることになりかねない。


 やたら気勢や怒声を上げるが、それは小心者であることの裏返しなのを知るサクリファーンは、内心でため息をつく。


 息子として情けない話だが、父親が国や民のために死ねない人間である上、対面を気にして虚勢を張り、自分の命が助かるように計らえなどと、指示を出すこともできない面倒くさい人間でもあるのだ。


 また、仮に、降伏の条件として、アーク・ルーンにフリカ王の助命を認めさせたとしても、サクリファーンにはそれで父王が納得するとは思えない。


「助けると言っておいて、本当はだまし討ちにする気であろう」


 そう疑う小心な父王は、アーク・ルーンからよほどの確証を提示されない限り、降伏という選択を取らないだろう。


 だが、無条件降伏もごり押しできるアーク・ルーンに、フリカ王が安心できるだけの材料をわざわざ用意してくれるとは思えない。


 恐くて降伏できないが、今の劣勢をくつがえすだけの才略もないゆえ、フリカ王は「何とかしろ」とわめき散らすしかなく、フリカの王太子もため息をつくしかないのだ。


 だが、狂ったドラゴンと貴族の離反・反逆、連合軍の敗残兵で内からボロボロになっていくフリカ王国の余命はいくばくもない。遠からず、弱り切ったところをアーク・ルーンに攻められ、終わりの時を迎えるのは明白だ。


 そのフリカの命脈が尽きるまで命乞いに終始したのでは、万節を汚すことはなはだしく、フリカ王族の名は地に堕ちる。


 国も命も守る手段と才幹もないサクリファーンは、せめて父王の名だけでも守ろうとしているものの、未だにその言葉と孝心は通じぬまま、


「……た、た、大変でございます! 王宮に侵入した者が、牢より囚人を連れ出してよしにございます!」


 謁見の間に駆け込んで来た衛兵の報告に、驚く反応は多かったが、中には眉をひそめる者も少なからずいた。

「侵入者だとっ! アーク・ルーンがまた何か仕掛けてきたかっ! 侵入者はどれほどかっ!」


 大多数の驚く者の一人、フリカ王が余裕のない声で詳しい説明を求める。


 国王陛下のお言葉に、その衛兵は御前にうやうやしくひざまづき、


「そ、それがその、侵入者は三人でして……」


「なにっ、たった三人だと! スメイルは何をしているかっ!」


 全てを言わせず、フリカ王は不機嫌そうに吠える。


 スメイルはフリカ王宮の守備を司る竜騎士であり、サクリファーンら一部の者が不審に思った理由でもある。


 手に負えない、あるいは万が一を考え、スメイルが増援要請や避難勧告のために衛兵を王の元に走らせるなら、まだわかる。また、侵入者を討ち取った後の報告というなら、不思議に思う必要はない。


 だが、謁見の間に飛び込んで来た衛兵は、侵入者の存在を報せただけで、具体的なことを述べていないのだ。


 もちろん、ドラゴンが狂わされ、竜騎士が激減したため、残った竜騎士の数で軍組織を再編したばかりで、何かしらの不備、衛兵長がスメイルを飛ばして、部下を王の元に走らせたというのも考えられるが、


「はっ、それがその、スメイル様は侵入者に討たれてございます。そればかりか、騎士の方々、我ら衛兵も、次々と敵の凶刃にかかり、その凶行を阻めぬありさまなのです」


 衛兵の口にした凶報に、謁見の間にいる一同を愕然とさせた。


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