プロローグ7
「おおっ……」
驚愕に目を開いているのは、マードック、ミストール、メリクルス、ムーヴィルだけではなく、その場に居合わせたゼラントの者らが一様に驚くのも当然の光景にあった。
魔道戦艦。
魔法帝国アーク・ルーンの主力兵器が十隻と並んでいるのだ。
内陸国ばかりの七竜連合の者は、湖や河川での小船くらいは知っていても、大型船を見た者は極めて少ない。当然、ゼラント王国の東北部の山中で暮らすマードックらの中には、外海に足を運んだ者は一人もいない。
その彼らの前に、ドラゴンの巨体にひけを取らない大型船が十隻も並んでいるだけではない。その十隻は河川ではなく、険しい山道を走破してここにあるのだ。
それだけでも驚嘆に値するのに、ミストールやムーヴィルを含む、昨年、ワイズ王国に援軍として赴いた面々は、その魔道戦艦からの砲撃が、絶対無敵と信じている竜騎士が何騎、いや、何十騎と撃ち倒されている光景を目にしている。
七竜連合のドラゴンや竜騎士の強さを信じる心は、信仰に等しい。その信仰心がアーク・ルーン軍の過小評価へとつながり、連戦連敗の果てに滅亡の直前にまで追い詰められる現状を招いた。
が、マードックらはネドイルと見えたことで、その幻想から脱け出している。正確には、共に滅びれても構わぬと思うほど、ネドイルに惚れ込んだのだ。
だから、アーク・ルーン軍と戦うため、連合軍に再び参戦せんと、三百の兵を率いて進発したミストールやムーヴィルは、二日前に勝手に戻ってきたため、マードックとメリクルス以外の者を驚かせた。
さらにマードックがアーク・ルーンに味方する、つまり祖国ゼラントを裏切ると宣言すると、五百戸ばかりの領民は激しく動揺し、一部の者がマードックらを捕らえ、ゼラントの許しを得ようと画策している間に、ゼラントの王都に密かに接近したステルス型の魔道戦艦らからマジカル・ウィルス『ドラゴン・スレイヤー』を撃ち込まれ、それによる大混乱の報が伝わると、マードックら四人以外はゼラントとアーク・ルーンのどちらにつくかをようやく真剣に検討した直後、魔道戦艦十隻がやって来て、その混乱に拍車をかけた。
そして、動揺するばかりで答えを決められない彼らの前で、十隻の魔道戦艦と共に現れたアーク・ルーンの使者は、進み出たマードック、ミストール、メリクルス、ムーヴィルに信じ難いことを告げる。
「ネドイル閣下の命により、この魔道戦艦十隻の指揮・運用は、今よりマードック卿らに一任されもうした。ゼラントが混乱しつつある現状でこの程度の戦力しか回せぬこと、すまぬ、とネドイル閣下はおっしゃっておられた。また、此度の混乱でマードック卿らの領地・領民に害が出た際、その損失を全額、アーク・ルーンが補償する旨を記した誓約書も、ネドイル閣下よりあずかっている。どうか、この二つを受け取っていただき、お役に立ててもらえれば幸いである」
失礼のないようと、大宰相に直々に言い含められている大帝国の使者は、内心はどうあれ、丁重な態度で、誓約書と魔道戦艦十隻を引き渡す。
言うまでもなく、マードックらからすれば、これは以前と同様、あまりに破格すぎる待遇と配慮である。
それゆえ、無言の内にミストール、メリクルス、ムーヴィルは顔を見合わせ、
「父上。ネドイル閣下のご厚情はありがたいものですが、我らに対してあまりに過分。お気持ちだけ、ありがたくちょうだいするべきと存じまするが」
三人を代表して、ミストールが遠慮すべきと父親と申し述べる。
だが、息子の当たり前の進言に、マードックは平然とした口調で、
「なに、気にすることはあるまい。ネドイル閣下にゼラント一国を切り取ってお渡しすれば良いだけぞ。閣下のご厚情は、頭を下げて報いれるものではない。はき違えるでないぞ」
その一言によって、当人以外は一様に大いに驚き、そしてゼラントの終日の時はその針を大幅に進めた。




