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エピローグ4

「しかし、ネドイルの大兄も無茶をする」


 魔法帝国アーク・ルーンの財務大臣ヴァンフォールは、自分の執務室にあるソファーに座り、別れのあいさつにきた異母弟に苦笑して見せる。


 イライセンの望む対七竜連合に関する新たな作戦案が、出来レース的に閣議を通過してすでに百日以上が経ち、冬も終わろうとしている季節へと移っている。


 連合軍が大敗し、ワイズ王国が実質的にアーク・ルーンの支配下に置かれている現状に対し、七竜連合は敗戦で被った痛手の回復に努めつつ、水面下ではワイズの民を煽動して、アーク・ルーン軍に牙をむかせている。


 当初こそ、ワイズの民の反抗に手を焼いてヅガートら第十一軍団だったが、代国官としてトイラックが赴任し、さらにロストゥルの第十軍団、フィアナートの第九軍団と、友軍が続々と集結し出すと、民の反抗は鎮静化していき、ワイズの情勢はだいぶ落ち着きを見せるようになった。


「バディンもワイズの残党もバカなマネをする。ワイズの民に手を出せば、イライセン卿が怒るに決まっている。自ら望んで、悲惨な末路をたどるようなものだ」


 ヴァンフォールはこれも苦笑したままで言うが、フレオールの方はとても笑う気になれない。


 ワイズの民を用いた、かく乱策はワイズ王らが亡命してきたことによるものか、主にバディンの主導で行われた。


 煽動され、刃向かったワイズの民を、仕方なく何百と殺したのは、アーク・ルーン兵たちではある。だが、イライセンの狂気的な憎悪は、自衛のために殺した者らではなく、策略の道具とした面々に向いている。


 バディンの王侯貴族やワイズの残党は、イライセンの憎悪を叩きつけられるだけではない。狂いつつも、それを冷徹にコントロールできるアーク・ルーンの軍務大臣は、ワイズの民に手を出せばどうなるか、見せしめとして最高の悲劇の題材とされるだろう。


 そして、春から七竜連合の一角、ロペス王国にあるライディアン竜騎士学園に入学することになっているフレオールは、イライセンの脚本と演出を間近で見ることになる確率が高いが、それも開演まで生き延びていればの話だ。


 ワイズの地において、ヅガート率いる第十一軍団は、七竜連合の将兵を六万人以上も討った。その中には、数十騎もの竜騎士が含まれており、アーク・ルーン帝国に七竜連合の王侯貴族で怒りや憎しみは抱く者が多く、両者の外交関係は正に最悪の状態にある。


 この外交関係で、フレオールの入学を実現したネドイルの手腕もたいがいだが、それに応じた方もたいがいである。


 何より、魔法帝国アーク・ルーンの大宰相がこの無理を実現した理由が、愛人との別れ話を先送りにするためなのだから、もはやたいがいどころではすまないレベルと言える。


 ヴァンフォールも当然、そうした裏面の事情を知っている。というより、フレオールと同様、魔竜参謀ベルギアットを幼い頃から「ベル姉」と呼んで慕い、長いつき合いなので、下の異母弟が敵地に送り込まれることになった経緯、その情けない舞台裏も知っているのだ。


 さらに敵だらけの場所、それも竜騎士などという一騎当千の強者がゴロゴロいる所に行くことを、恐れるどころか、格好の修練の場を得られたと喜ぶ性格、いや、性質も知っているので、引き止めるような無益なマネはしないが、それでも異母兄として心配のタネはないわけではなく、


「そう言えば、あの女も、一緒に行くと聞いたが?」


「イリアのことね。当人がオレについて来たいというから仕方がない。それだけの話だよ」


 フレオールの余計な発言で、心が壊れて妙にハイテンションになったイリアッシュは、その後、フレオールにべったりとしている。


 あれだけ美貌で新任の軍務大臣の令嬢となれば、ウワサにならないはずもなく、その話はヴァンフォールの耳にも届いているし、一度だけだがイリアッシュと顔も合わせている。


 軍務大臣に就任する以前、従来の軍事作戦を変更するための根回しの一環で、イライセンは娘を伴い、ヴァンフォールの元にあいさつに来たことがある。


 その際、ヴァンフォールは終始、上機嫌で、未来の軍務大臣に応対したが、イリアッシュに対しては一片の笑顔も振り向けなかった。


 男女共に、中身のない相手と接すること、ヴァンフォールは異母兄ネドイルに負けないくらいに嫌う。だから、イライセンのような高い器量と接する機会を喜ぶ反面、イリアッシュのようなバカ女は同席するのもイヤがる。


 イライセンの方も、相手が父親の手前、我慢しているのを察したので、これ以降、イリアッシュを連れてヴァンフォールに会いに行くことはしていない。


 もっとも、いかにイライセンに友好的な態度を見せようが、ヴァンフォールはその主張に賛同することはなかったが。


「当然、母上に頼むことも考えたが、当人に否と言われては、どうしようもない。まあ、大丈夫と思うよ」


 裏切り者であるイリアッシュがかつての学舎に行けば、非難の嵐にあうことは明白である。信頼されていた分、侵略者であるフレオールよりも強い非難にさらされるかも知れない。


 壊れてしまった精神状態で、かつての味方から罵られる。弱った心がさらに傷つく事態は本来なら避けるべきなので、オクスタン侯爵家である実家、母親の元にイリアッシュをあずけた方がいいのだろう。


 ただ、イリアッシュの心は今さら引っかき傷がついたところで、どうにかなるほど、甘い破損具合ではない。むしろ、それで何らかの反応を示してくれればありがたいほど、処置なしの状態だ。


 何より、己を役に立たない道具、ゴミであると受け容れている彼女は、そんな自分を気にかけてくれる、拾ってくれるフレオールの側から離れようとすることは絶対にない。単品ではゴミ同然であるのを認め、かつて父親の付属品だったと認識されていたことを理解した今、フレオールの付属品であろうとするだろう。


 フレオールにしても、父親に突き放されてどうなったかを知るだけに、当人が否と言った以上、そう受け取られる行動はとてもできるものでない。


「何もそこまで気にかけることもないだろうに。どうも、オマエは父上に似て女に甘いところがあるからな。兄として、ちと心配だ」


 当人としては、ベダイルと同じで言いたいのだが、仲のとことん悪いすぐ上の異母兄と同列視すると、フレオールの機嫌がとことん悪くなるので父親が引き合いに出したが、


「オレが生まれたのも、母の想いに父上が情けをかけたからだからなあ。しかも、フュリー母様の情けがなければ、どうなっていたことか」

 

フュリーとはフレオールの生母で、二人の父たるロストゥルの正室である。


 ヴァンフォールの母親はロストゥルの副官として任官し、上司に抱いた思慕の念を抑え切れなくなった結果、ヴァンフォールを身ごもることとなった。


 普通ならば正妻は愛人の子に厳しいものだが、フュリーは夫をしばきはしても、子に罪はないと説得して、堕胎も考えていたヴァンフォールを生ませ、我が子のように可愛がった。


 ただ、オクスタン侯爵家のケースはかなりレアなもので、普通は正室と側室、その子らは泥沼の愛憎劇を演じるものである。


 そして、フレオールがヴァンフォールやベダイルを平伏させる、兄弟であっても、母親の身分と立場で力関係が定まるのが、この身分制度社会の一般的な姿なのだ。


 自分たちが生まれ育った家庭が貴族社会の一般的なものからだいぶかけ離れたもので、特にヴァンフォールは自分の生まれた経緯から、一時の感情に流されると後々、大変なことになるぞ、と異母弟に警告しているのである。


「ヴァン兄の時とは、根本的に違うよ。そもそもイリアの心に残っているのが、誰か、それは心得ている。だからこそ、マトモに片想いなり、失恋なりをさせてやりたいだけだ」


 フレオールのこの言動から、その複雑な心中を察した異母兄は、頭で理解しているのと、心が納得するのは似て非なるもの、とか忠告しようと思ったが、それは喉元で留めた。


 野暮というのもあるが、恋愛など成るようにしか成らないと考えているし、何より身内とはいえ、他人の恋路に大して興味を抱く方でもない。そもそも、性質的にはネドイルに近いので、彼にとってイリアッシュのことは心底、どーでもいい存在でしかなかった。


「まっ、オマエがそう考えているなら、オレが口を挟む筋合いじゃないな。敵地に行くのはこれが初めてじゃなく、むしろ一戦士として赴けるのは、オマエにとっては本懐だろう。せいぜい、死なないように頑張って来い」


「ああ、我が槍が父上に追いつき、追い越せるように頑張ってくるつもりだ。ネドイルの大兄の手のひらで踊らされていると思わなくはないけどね」


「安心しろ。オレも踊らされている人間の一人だ。むしろ、大兄が手のひらに乗せる価値があると認めてもらえたんだ。オレはそれを誇りにさえ思うぞ」


 両親のみならず、母方の祖父も軍人であり、この三者は自分たちと同じ魔法戦士となる道をヴァンフォールに望んだが、当人はその期待を裏切り、異母兄たるネドイルに憧れて官僚たる道を選んで進んだ。


 そして、フレオールからすれば、あの大兄を背中を追った人間がマトモに育つわけがない、という実例が財務大臣として目の前にあった。


 言うまでもなく、アーク・ルーンほどの超大国の大臣職ともなれば、超多忙である。そんな中、時間を割いてくれた異母兄に長話をしても迷惑なだけなので、そろそろ別れのあいさつを終えようとしたフレオールの心中を読んだように、ヴァンフォールは不意に目つきを鋭くして、


「レオよ。わきまえていると思うが、オレもオマエも、しょせんはネドイルの大兄の手のひらで踊っているだけの身の上だ。ゆえに、忘れるな。大兄がその気になれば、手のひらを閉じることができるということを」


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