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過去編105-1

 魔法帝国アーク・ルーンの皇宮にある通信設備は、魔道技術の粋を集めて作られた立派なものだが、他には見られない機能が付加されていた。


 魔術師でない者でも操作できるという機能が。


 ちょっとした小道具なら、魔術師でなくても使える物はいくらでもある。だが、大がかりな設備となると、魔術師でないと使えないのが当たり前のところ、この通信設備だけは魔術師でなくとも使用可能なように調整されている。


 わざわざ、そのような仕様になっているのは、一昔前は高官=魔術師という図式が、ネドイルの台頭によって、魔法を使えない高官が大半を占めるようになったからだ。


 魔術師がいなくとも魔法帝国アーク・ルーンは安泰だが、魔術師ばかりになれば魔法帝国アーク・ルーンは危うい。


 そんな皮肉を言われるほど、魔法帝国アーク・ルーンはその名称と異なる実態となっていた。


 ともあれ、アーク・ルーン出身ではあるが、魔法が使えないトイラックは、やはり魔法の使えないイリアッシュを伴っているだけにも関わらず、その通信設備のおかげで遠くワイズの地にいるヅガートと連絡が取れるのだ。


 もっとも、特別仕様の通信設備は皇宮のみにあるので、送信するトイラックに最初に対応したのは、第十一軍団に所属する魔術師の一人だ。


 内務大臣からの通信を受信したその魔術師は、まずクロックに連絡したというより、丸投げした。


 皇宮にあるのと違い、第十一軍団が携行する通信機器は、魔術師でなければ使えないスタンダードなタイプだ。そして、ヅガートも今のアーク・ルーンではスタンダードな魔法の使えない高官の一人である。


 その魔術師はアーク・ルーンではスタンダードな貴族出身なため、貴族嫌いのヅガートが同席をイヤがるのは目に見えている。加えて、元傭兵の将軍のハチャメチャな生活パターンを最も把握しているのがその副官なので、他の者が人を揃えて探すより、クロックに探してもらった方がはるかに早くヅガートを発見できる。


 かくして、何もしない上司に代わって、日中の激務をこなした副官は寝ているところを叩き起こされ、渋々、ヅガートの捕捉に取りかかった。


 ワイズ王国、ひいては七竜連合との先日までの戦いは、アーク・ルーン帝国の圧勝と言ってもいい内容であり、それを指揮したヅガートは前渡しとはいえ、かなりの恩賞をもらったが、異常なまでに金遣いの荒い男の手元には、もう大した額は残っていない。


 だが、それがゆえ、残り少ない軍資金を活用するため、ヅガートは兵たちの元を巡って、彼らから詳細な体験談を聞いて回り、ムスコと共に最後の一夜を飾る準備をしているところを、クロックに引っ張られることとなった。


 クロックの起動した通信用の魔法陣に立つヅガートは、ワイ談に花を咲かせているところを呼ばれ、実に不機嫌な表情をしており、


「……何だよ、その女の具合がそんなに良かったのか、トイラック」


 映像越しに内務大臣の背後にたたずむイリアッシュを睨みつけながら、失礼な言を吐くが、トイラックはそれに「相変わらずな人だなあ」と苦笑いするのみ。


 トイラックはヅガートと仲がいい。平民出身なのもあるが、トイラックの場合は、シュライナーやクロックと違い、つき合いが良く、根はマジメなわりに冗談や下ネタに応じる柔軟さもあるので、ヅガートがかなり気に入り、心の友と呼んでいる。


 もっとも、トイラックがヅガートと上手につき合える最大の理由は、この非常識な将軍よりずっと非常識な人物と十年ほどのつき合いがあるからだが。


「それは想像にお任せしますが、今日は将軍にお願いがあります。どうか、撤退を少し延期してください。数日ほどです」


「ほう」


 魔道装置が映し出すヅガートの表情は不機嫌そのものだったが、その眼に宿る光が鋭さを帯びる。


「不本意でしょうが、様子を見たいのです。私は小心者なので、万が一に気づくと、迷惑を承知でこんなことを言わずにいられない点、ご理解ください」


「ったく、借りを作るのはイヤだが、てめえがそう言うなら、おとなしくした方がいいんだろうな。だが、時をかけるほど、退くのも留まるのも難しくなる。言うまでもないがな」


「申し訳ありません。こればかりは相手次第なので、最善を尽くしてもどうなるか、たしかなことは言えません」


「チィッ、てめえで無理なら、どうしようもねえ。わかったよ。忠告には従う。そっちも、その女をうまく手なずけて、何とかしてくれ」


「はあ、何とかしてみます」


 有効な手立ての一つに気づいていない反応に、ヅガートはやや呆れた顔になりながら、副官に通信の停止させて、その姿がこの場から消える。


「ありがとうございます」


 通信設備を停止させて振り返ったトイラックは、涙ぐむイリアッシュが再び頭下げて礼を述べてきたので、


「ですから、礼を言われても困ります」


 答えつつ少し目を泳がせたのは、今は服を着ているが、先ほど、頭を下げるこの美しき令嬢の下着姿を見ているからだ。


 眼福どころではない、刺激的な格好を目にしたため、衣服を整えたイリアッシュに執務室を出てもらった後、着替えたトイラックは退室するまでに、聖書の文言を十回ほど繰り返して、肉体の一部を鎮めねばならなかった。


 だが、トイラックはいつまでも若い娘の色香を引きずる男ではない。当人もまだ二十歳と若いにも関わらず、落ち着き払った態度と思考で、


「では、イリアッシュ嬢。イライセン卿を叩き起こしてください」


「この時間にでしょうか?」


 そう問い返すのが当然なほど、今は真夜中と言うべき時刻であった。


「私も昼間は仕事がありますから」


「重ね重ね申し訳ありません」


 寝る間を削って、自分たちの問題に関わってくれることに、イリアッシュはさらに深い感謝を抱く心情そのままに、先ほどより深く頭を下げる。


「では、父様を起こして参ります」


 イリアッシュが立ち去ると、その美しい後ろ姿を見送ったトイラックは不穏なつぶやきをもらす。


「娘が父親を愛するほど、父親も娘を大事に想っているか。いや、仮に想っていても、より大事なものがあれば、我がアーク・ルーンはより大きな歯車を取り込むことになる。大きく歪な歯車を」


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