過去編103-3
魔法帝国アーク・ルーンの皇宮の夜は、全体的に魔法で生み出された照明で照らされており、大宰相の執務室もネドイルが生み出した『マジカル・ライト』の青白い光が天井で輝いていた。
自らの術を光源に、自らのデスクで書類を黙々と読み、ペンを走らせるネドイルの仕事ぶりは、イリアッシュがおずおずと側に歩み寄っても変わることはない。
まるで目の前にいるイリアッシュにまったく気づいていないかのような、変化の無さであり、あまりの無反応にただ突っ立っているのに耐えられなくなり、
「父よりの書類を届けに来たと偽り、ここに通してもらいました点、まずは謝罪させてください。そして、願わくば、父の頼みに応じてもらえないでしょうか? もし、父の嘆願を聞き届けてもらえるなら、その、この身を生涯、大宰相閣下に捧げさせてもらいますので……」
頬を赤く染めたイリアッシュは、意を決して服を脱ぎ始め、下着姿となる。
真っ赤になり、胸元を両腕で隠す、美少女の下着姿を前に、ネドイルは顔をしかめ、手にするペンを置くと、
「まったく、あいつはたまにイージー・ミスをする」
別のペンを手にして、朱線を引いた書類を、それまでとは違う所に置き、新たな書類を手にする。
懇願というよりも、自らの存在をいないもののように扱い、仕事を黙々と続ける大宰相に、
「……ネドイル閣下。このようなぶしつけなマネ……」
そこでイリアッシュのセリフが止まったのは、ネドイルが書類を置き、席を立ったからだ。
立ち上がったネドイルは、再び緊張に身を固くするイリアッシュの方ではなく、書棚へと向かい、そこに並べられた資料の一つを取り出して開く。
「やはり、古い数字を使っているか。これは上がった書類をもう一度、明日の朝一に精査させた方がいいな」
そう判断すると、その資料を机に置き、他の書類をカンタンにまとめ、ペンをしまい、いつもより少しだけ早く仕事を切り上げる。
「……あ、あの、ネドイル閣下。おねが……ひっ」
イリアッシュが三度目の呼びかけの途中、小さな悲鳴を上げたのは、ネドイルが衣服を脱ぎ捨て、パンツ一丁になったからだ。
そして、つぎはぎのあるほど年季の入った、不格好なウサギの刺繍のあるパジャマをまとい、ナイトキャップを被ると、天井の『マジカル・ライト』を消し、執務室にある仮眠用のベッドに横になり、
「がぁ〜っ、がぁ〜っ」
たちまち眠りに落ち、大いびきをかき出す。
見事なまでのシカトッぷりに、しばし唖然となっていた後、さらに頼み事をする身であるので、相手を起こす点にかなりためらいはしたが、イリアッシュは削がれまくった気力をかき集め、寝返りを打って横になったネドイルの背後へと迫る。
そして、仮眠用の決して大きくない寝台に潜り込もうとした刹那、
ぼふっ!
ネドイルの尻から生じたけっこう大きな音と、何よりドラゴンに顔をしかめさせた臭いが、少女の動きと決意を止め、
ぼふっ! ぼふっ!
さらに二連発を嗅がされ、その心のみならず、膝を折らせ、イリアッシュはベッドの傍らに座り込んで動かなくなる。
大宰相の歯ぎしりやいびきが聞こえていないような、呆けた表情で。