入学編14-1
「ここが竜騎士たちの武器を作る工房か。基本的な造りは、ワイズで見たのと同じだな。あっちよりも、規模が劣るが」
「それは仕方ありませんよ。ここは学生や教官が利用するだけですから。軍を相手にしている、各国の工房のそれとは違ってきます」
新年度、二度目の休学日、前の時の殺人事件を気にすることなく、フレオールとイリアッシュはライディアン市に出かけ、ドラゴンから譲り受けた角や爪牙を材料に、竜騎士の武具へと加工する工房の見学に来ていた。
材料が材料だけに、希少かつ重要な竜騎士の武具の工房は、たった八ヵ所しかない。
基本的に七竜連合の各国の王都にしかないが、ライディアン市は例外的に認められ、ロペス王国のみ、国内に二ヵ所の工房がある。
ライディアン市に工房があるのは、言うまでもなく竜騎士学園があるからだ。
生徒らが実技訓練を行えば、どうしても愛用の武器が傷み、時には壊れることもある。武器を直すのにわざわざロペスの王都に行ったり、送ったりしていては、見学者が続出することになるゆえ、ライディアン市にも専用の工房が置かれているのだ。
ドラゴンの角や爪牙を加工する工房は、七竜連合にとっては重要な施設であり、当然、関係者以外は立ち入り禁止だが、竜騎士やその見習いは「関係者」であり、ライディアン竜騎士学園の生徒は自由に工房を見学できる。
ただし、機密に属する工房を敵方のフレオール、イリアッシュの両名に見学させていいわけがない。七竜姫の監視下にある二人が、休学日の予定を告げた時、当初、反対の声が上がり、自重を求めたが、
「隠し立てしても意味がないだろう。アーク・ルーンは我が国の工房を手に入れているのだ。そもそも、イリアが何度、あの工房に見学に行ったか。反対の無意味さ、ティリー教官が良くご存じのはず」
ウィルトニアの指摘で、自分たちがいかに無駄な議論をしているか悟り、今回も出発が遅れたものの、フレオールらはライディアン市へと向かえることになった。
七竜連合の一角だったワイズ王国にも、その王都には工房が設置されていたのだ。ワイズ王国が魔法帝国アーク・ルーンに支配されている現状、施設のみならず、ワイズが所有していた少なくないドラゴンの角や爪牙も奪われ、加工の秘術を知る職人らも捕虜となっている。
機密の保持に腐心しても、もう無駄なのだ。そもそも、イリアッシュは元より、ワイズ王国の国務大臣だったその父親が裏切っている時点で、七竜連合の機密の大半は、アーク・ルーンへと流れているのだから。
止めるのが無意味と判明した後、七竜姫が次に話し合ったのは、呼吸するトラブル・メーカーに誰がつき合うか、だ。この二人のみに自由に見学させたら、第三の事件が起き、七人目の犠牲者が出かねない。
七竜姫は休学日の朝から、学園長と第一、第二の事件の処理について話し合わねばならず、犠牲者たちと同じ国のクラウディアとミリアーナ、第二の事件でシャーウの女生徒らが死者と停学者らに襲われていたのでフォーリス、その目撃者たるナターシャ、そして事件現場の関係からターナリィとティリエランは欠席はできず、フレオールとイリアッシュの同行者は消去法で、ウィルトニアとシィルエールとなった。
ちなみに、今回、ベルギアットは部屋で留守番している。彼女は武器の類に興味はないし、ましてやドラゴンの角やらも、わざわざ出かけてまで見る必要のないものなのだ。
工房を訪れたフレオールが、物珍しげに中を見ている反面、子供の頃から工房に数え切れないほど出入りし、すっかり見慣れている三人は、落ち着いた態度で魔法戦士の後に続く。
いつも通りにこやかな表情で、イリアッシュがあれこれと説明している背後で、ウィルトニアは不機嫌そうに佇み、シィルエールは硬い表情でフレオールの挙動をうかがっている。
今更、アーク・ルーンに隠す機密はない。そう割り切れるのは、ウィルトニアぐらいである。フレオールが七竜連合の機密に接しているとなれば、普通ならシィルエールのように無駄に注意を払ってしまう。
「少し一息を入れたい。どこか休める場所はないか?」
疲れた風でもないフレオールの一言に、ずっと緊張状態だったシィルエールが、そっと安堵の息を吐き、ウィルトニアは内心で警戒を高める。
フレオールの発言は、明らかにシィルエールを気遣ったものだ。つまりは、あれだけ工房で働く職人たちの作業に熱心に見ながら、ちゃんと周りも見ていたというより、今の状況に安心せず、敵である二人の姫にも備えていたことになる。
むしろ、裏切り者に対する不愉快さで、警戒心が濁っていたのはウィルトニアであり、ワイズの王女は気を引き締めて、待合室に向かった。
工房には見学のみならず、武器を持ち込んで何かと相談する竜騎士やその見習いもいるので、職人たちの休憩所とは別に、わりと大きな待合室が用意されている。
掃除が行き届いている待合室は、清潔なだけではなく、飲み物も用意されている。先客もおらず、四人はそれぞれ飲み物を手に取り、フレオールとウィルトニア、イリアッシュとシィルエールが向かい合うようにイスに座っていく。
「……ところで、最後に少し時間をくれないか? 武器を修理に出していて、来たついでに持って帰りたい」
話し込むフレオールとイリアッシュの合間を見計らって、ウィルトニアが会話に割り込んだのは、シィルエールが居心地の悪そうにしていたからである。
ウィルトニアのように泰然と構えられればいいが、そこまで胆と神経が太くないシィルエールは、何か話しかけねばと思いつつ、人見知りなせいもあり、何を話していいかわからずにいたので、亡国の姫はフレオールに仕方なく話しかけることにしたのだ。
「なるほど。たしかに双剣の魔竜殿の斬撃をあれだけ受ければ、武器も傷むというもの。別に構わないよ。まっ、レディにあんな大きな剣を持たせて、オレが手ぶらというのはバツが悪いが」
フレオールがウィルトニアの大剣を持つと申し出るような無駄なことはしない。将来、殺し合うことを思えば、自分の得物の刃渡りや重さなどを知られていいわけがない。
「そういうことだ。ただ、誤解してもらいたくないが、私の剣は予備を含めて五本ある。いざという時、素手で戦うようなことを期待してもらっても困るぞ」
レイドとの激しい訓練を思えば、それくらいのストックは必要だろう。
「それよりも、イリアよ。キサマは昨日、そいつの槍をだいぶ受けたようだが、武器を修理に出した方がいいのではないか?」
「いや〜ん。昨日だけではありませんよ。毎晩のように、フレオール様の剛槍に攻め立てられているって、何を言わせるんですかぁ」
照れた風に両手を頬に当てるイリアッシュの発言に、シィルエールは顔を真っ赤に染めてうつむく。
嘆息するフレオールを、ウィルトニアは顔を赤らめながらも睨んでから、
「……そんな話をしたいのではない。私が聞きたいのは、捕虜になった我が国の職人たちのことだ。下らんごまかしはするな。国元にいる者は全員、無事か?」
「いやあ、それでしたら、三分の一がそちらに行って、三分の一が地元で再就職しました。で、残る三分の一がアーク・ルーンのために働いてくれていますよ。私は予備を含めて十組の武器を作ってもらいましたから、ここで修理してもらわなくても大丈夫です。何か、細工されても困りますし」
魔法帝国アーク・ルーンに所属している竜騎士、正確にはその見習いはイリアッシュだけである。ドラゴンの角や爪牙は貴重な魔道の研究材料だが、それだけのためにワイズにいた加工職人を全員、雇えるものではない。
加工職人らも、祖国を滅ぼした相手に雇われるのを拒む者もおり、アーク・ルーンに屈して三分の一は工房に残ったが、三分の一は民間の鍛冶職人として再出発している。そして、最後の三分の一はバディン王国にある工房に赴き、そこに逃れたワイズの竜騎士らの武器のメンテナンスに勤しんでいる。
「そうか。ならばいい。では、せっかくだから、聞いておくことにしよう。母や弟はどうしている?」
イリアッシュらが国と王を裏切った際、ワイズ王は逃したものの、王妃と王太子は捕らえ、アーク・ルーン軍に引き渡されている。
母と弟が死んだとは聞いておらず、まだ最悪の事態には至っていないが、家族がどんな扱いを受けているかわからないので、ワイズの第二王女はイヤなことを聞くことにもなろうとも、家族の現状を知ろうとする。
「生きていますよ。アーク・ルーンの帝都で、無事に監禁されてますから、安心して下さい。日々、怯えていて、元気はないですし、特にエクターン殿下はふさぎ込んで、かなり暗い顔をしてますが」
「そうだろうな。あんなに優しかった従姉のお姉さんに裏切られたんだから」
「ええ、ホントに。十歳の男の子には、酷な現実ですよねえ」
にこやかに返され、家族を目茶苦茶された王女は、拳を強く握り締め、歯が鳴るほど噛み締めて、激しい怒りを何とか抑える。
ワイズ王国の王太子エクターンは、まだ十歳であるのもあるが、ワイズの次の王となる身であったゆえ、父王と同じく帝王学を学びこそすれ、武闘派な二人の姉とは異なり、竜騎士としての修行をしておらず、外見も内面も線の細い少年である。
弟の気の弱さを知るウィルトニアは、初恋の女性に裏切られた弟がどれだけ落ち込んでいるか、容易に想像がついた。
それでも、心に傷を負おうが、弟に母が生きてはいるゆえ、怒りをこらえて視線を転じ、
「……で、アーク・ルーンは母と弟をどうするつもりだ?」
「そいつは最初に言ったぞ。バディンとワイズに関しては、もうどうしようもない。王族は当然として、貴族も内通している連中以外は、皆殺しだ。あんたの父親は逃げればまだ助かるが、母親や弟は捕まった以上、助かりようがない。助からない命は諦めて、父親と逃げるのをオススメする」
「姉上はどうなる? 姉上が捕まった場合も同じか?」
弟はまだ十歳などと無駄なことは言わず、行方不明の姉のことをたずねる。
「アーシェア殿は別格だ。ネドイルの大兄は見つけたなら、将軍の一人とし、一軍を任せるだろう。家族の首を自ら斬り落としたならだが。家族を殺して生き残るか、家族と共に首を斬られるか。どっちも地獄だ。このまま見つからないのが、彼女にとっては一番だろう」
「想像以上の外道だな。そんな連中の手に、母上と弟があるのは耐えられん。オマエらを捕らえて、人質交換といきたいが、イリアはもちろん、キサマの昨日の戦いぶりを見る限り、甘い考えで相対するべきではないようだからな」
殺すつもりで戦うのと、捕らえるつもりで戦うのでは、手加減が必要な分、後者の方がはるかに難しい。もし、人質交換を提案して戦い、七竜連合の側に死傷者が出れば、ただでさえ政治的な立場の弱いワイズがますます弱くなる。
「まあ、賢明な判断だ。人質交換と言うが、実際にオレらを捕らえたとしても、ワイズに主導権がない以上、交換が成立するものではない。仮に、人質交換の交渉が成立するまで、どれだけの日数がかかると思うんだ? その間、オレらを捕らえていられるか、考えるがいい。内通者などいくらでもいるんだぞ」
例えば、フレオールとイリアッシュを捕らえる際、七竜姫が総がかりで成せば、二人の人質の権利は七ヵ国が共有することになる。ワイズが王妃と王太子を取り戻すのにフレオールらの身柄を使おうとすれば、ワイズは他の六ヵ国に対して、政治や外交面で相応の材料を用意せねばならないが、国を失って同盟国に養われているワイズ王国に、そんなものが用意できるわけがない。
それでも、七竜連合の総意という形で、人質交換をしようとしても、それが成立するまでにフレオールらが逃げれば、それまでだ。内通というより、七竜連合の中には親アーク・ルーンという者がいくらでもいる。
彼らは別段、積極的に七竜連合を滅ぼそうとしているわけではない。ただ、七竜連合が勝っても、アーク・ルーンが勝っても、財産や領地を失わぬように、ネドイルの要請に便宜を計るだけだ。
親アーク・ルーン派からすれば、ワイズ王とウィルトニアが家族を取り戻しても何の得もないが、フレオールらの脱獄や逃亡に協力すれば、国を失った際の保険が得られるのだ。国を失ったワイズ貴族の大半が悲惨な生活を送る中、内通していたイライセンと同じ穴のムジナが、それまでと同じか、それ以上の暮らしをしているのだから、保険に加入したがる貴族はいくらでもいるだろう。
「では、人質交換の他に、母や弟を取り戻す手段はあるか?」
「うちに勝てなくとも、負けなければいい。ネドイルの大兄はバカじゃないから、勝てない相手とケンカはしない。勝てないと判断した時点で、これ以上、恨みを買わないように、人質は丁重に送り返す。が、そうしないのだから、七竜連合に負けることはないと判断しているのだろう」
「なぜ、負けないと判断している? たしかに昨年は姉上らしくなく敗れた。が、次の戦いは、前以上の兵が揃う。また、ドラゴン族の援軍も得られる。そちらも、だからこそ五十万もの兵を動員したのではないか?」
「うちの国に、たかだかドラゴンを恐れる可愛いげのある人はいないよ。あんたらなぞ、ヅガート将軍とベル姉でおつりが出る。五十万の兵を用意したのは、単純に怖いからだ。ネドイルの大兄があれだけビビるのも、ヅガート将軍が青くなるのも、正直、笑えん。当事者になったらと思うとな」
「どういうことだ?」
「それがわからず、ドラゴンなぞに頼っているから、あんたらなぞ何も怖くないんだ。人間、生きる上で最も重要なのは、自分にできることとできないことを区別する点だぞ。特に、上に立つ者なら、身の程をわきまえないのは大罪となる。それに巻き込まれる民や兵があまりに哀れだ」
何が言いたいのかわからず、ウィルトニアとシィルエールはバカにされている不機嫌さよりも、困惑の方が強い表情となる。
フレオールはお姫様らの、キレイな面の皮の内の残念さに嘆息しつつ、
「オレが生まれる前の話だが、我が国の戦い方は、魔道兵器を前面に押し立てて攻めるだけで、戦術らしい戦術を駆使することなかったそうだ。それで勝てるほど魔道兵器が強力であり、魔術師たちはそれで良しとしていた。オレの父、その他にも少数は、そうした単純な力攻めに疑問を抱いていたらしいが、それだけだった。現実的にそれで勝てているのだから、そのやり方を変えようとまでしなかった。ただ一人、ネドイルの大兄を除いて」
魔道兵器を竜騎士に置き換える。それくらいの思考は働き、二人の姫は魔法戦士の話に、神妙な顔で耳を傾ける。
「その当時の我が軍の問題点は大きく二つ。魔術師と魔法戦士によって、軍の指揮系統が形成されているのと、魔道兵器のみを重視し、騎兵や歩兵など、他の兵種が軽視されていたこと。当たり前だが、魔術師として優れていることと、軍の指揮官として優れていることはイコールではない。また、魔道兵器による部隊より、騎兵や歩兵の方がずっと多い。軍の大半を占めるそれらが、魔道兵器に頼るだけの戦い方しかできないのでは、あまりに危険だ。だから、ネドイルの大兄は、連戦連勝にも関わらず、軍の改革を断行した」
ここで飲み物を口にし、舌の動きを滑らかにしてから、続きを語る。
「もちろん、やり方を変える。これは口で言うほど、カンタンなことではなかったらしい。現実的に何の問題もないため、誰もがその必然性を感じていないのもあるが、何よりもその改革が成った時、魔術師は単なる技術士官となり、軍の実権を失うんだ。魔術師が支配者である我が国で、ネドイルの大兄の改革は、ほぼ全ての魔術師を敵に回すに等しい。それでもネドイルの大兄はそれをやり遂げたからこそ、竜騎士に負けぬ軍隊となったのだろうな、我が軍は」
「なるほど。耳の痛い話だな」
ウィルトニアが苦り切った表情となるのも無理はない。
「つまり、我が軍は、かつてのアーク・ルーン軍と同じ欠陥があると言いたいわけか。竜騎士が先頭に立って戦うだけの、単純な戦法しか知らず、竜騎士のみで軍の指揮系統を形成する在り方。そして、竜騎士に頼ることしか知らない騎士や兵士。どれもこれも思い当たることばかりだ」
「昨年、オマエらが負けたのは、それが根本的な原因だ。竜騎士を封じ込め、軍の指揮系統をマヒさせる。これでアーシェア殿は、一万以上の兵を失う大敗をした。ヅガート将軍に劣りはするが、率いる軍にそうした欠点がなければ、もう少し善戦できただろう。戦争というのは総力戦なんだ。優れた者が一人か二人いようが、残りがドラゴンがいるから勝てるとしか考えない、どうしようもない低能ばかりでは、それこそどうしようもない。まっ、敗戦の原因をちゃんと検討せず、最善を尽くした味方のせいと考える連中に、何を言っても無駄かも知れんがな」
怒りと恥辱に全身を小刻みに震わせながらも、ウィルトニアには何も言い返すことができなかった。
ずっと姉が不覚を取ったと思っていた妹に、何も言い返せる言葉はなかった。
「土台、トップがダメだと、下がどれだけがんばろうが、台無しにされるだけだ。ワイズ王は悪い人間ではないのだろうが、目先のことに振り回され、流され易いみたいだからな。その一貫性の無さは、敵からしたらありがたい限りだ」
指摘に思い当たる節がある娘は、これにも返す言葉がなかった。
「で、でも、そうした欠点があるなら、直せばいいだけ。それだけの話のはず」
「ネドイルの大兄でさえ、制度を整えるだけで四年、意識改革を徹底させるのに十年の月日を要した。うちの国と戦争している中、改革で軍を混乱させる。それを座視するバカに兵をあずけんよ、ネドイルの大兄は」
フレオールの指摘に、シィルエールの顔は真っ青となる。
「アーシェア殿とて、敗れた際、自分たちの欠点に気づいたはずだ。が、それを正そうとすれば、味方をイタズラに混乱させ、敵につけ入られる。だから、その場しのぎの処置で何とかしようとしたようだが、その場しのぎはその場しのぎ、それで何とかならなかったから、ワイズは滅びた」
絶望的な現実を口にする侵略者は、淡々とトドメを告げる。
「改革しようとすれば、混乱を突かれて負ける。改革しなければ、欠点を突かれて負ける。改革ってのを軽く考えているなら、覚えておいた方がいいぞ。命令している人間ってのは、命令されることに慣れてないものだ。その手の連中に現実を理解させるには、血の教訓がたっぷりと必要になるらしい。その辺りが詳しく知りたいなら、ベル姉、オレのドラゴンに聞いた方が早いぞ。いくらでも、生々しい話をしてくれるはずだ」
「シィル、落ち着け。敵の話をう呑みにするべきではない。わざわざ手の内をさらす理由があるはずだ。で、結局は何が言いたいのだ、フレオールよ?」
卒倒しそうなフリカの姫の肩に手を置きながら、ワイズの姫は何とか気力を保ち、魔法戦士を睨みつける。
ウィルトニアに鋭い眼光を向けられ、フレオールは軽く肩をすくめつつ、
「さて、意図と言われても、大局に関係ない話だから、あんたらが現状を理解するための話題として振ったんだが、そっちがそうも重く受け止めたなら、そうだな、降伏を促すためとしておこうか。これも理解してないようだが、今の睨み合いが長引くほど、あんたらが負けた時、悲惨なことになるぞ」
「ふん、わかっている。時が経つほど、キサマらのワイズの支配が固まり、戦うに際して、我々が不利になるというのだろう」
「はい。不正解。オレは負けた時、と言ったんだ。どうやら、もっとわかりやすく言うべきだな。端的に言うと、今、ワイズに五十万の兵がいる。つまり、一日百五十万食がいる計算になり、ただ食わせるのみで大変な出費だ。他にも大軍の駐留には一日ごとに多額の経費がかかり、一日一食が我が国の財政に負担を強いる」
「だから、どうした? キサマらが困るなら、こっちには喜ばしい話だ」
「ち、違う。そうしてかかったお金、私たちが負けた場合、私たちから回収しようとする。出費が大きいほど、負けた私たちは多く奪われる」
「はい、正解。経費がかかるほど、敗者の財産と領地が減る。シィルエール姫ら王族は大丈夫だろうが、経費の額によっては、貴族らは路頭に迷うだけではすまん。奴隷として売り払ったり、色町で働かせたりして、収支の決算が黒字になるようにされる。一度、五十万の兵の駐留費用を試算するのもいいかも知れんな」
「どのみち、土地と財産を失ったら、強制労働と変わらぬ末路が待っていますがね。ウィルは知っているかわかりませんが、あなたの家臣の中には、妻や娘が、アーク・ルーン兵に抱かれて得た金で、何とか食いつないでいる方もけっこういますよ」
「なっ!」
イリアッシュの補足に、ウィルトニアは素で驚き、シィルエールも大きく目を見開く。
「物理的に言って、不可能だろうが。うちに内通していたワイズ貴族は、全体のほんの一部にすぎんのだ。残りの面倒を見るだけの金、ただでさえ戦費で金がいくらでもいる七竜連合にとって、負担が多きすぎるぞ。ワイズ王とその取り巻きの面倒を見るだけが精一杯、大半の貴族は、時節を待てと言われて、はした金を渡されただけのようだ」
「それもすぐに使い果たして、七竜連合に金を無心したけどもらえず、路頭に迷ったそうです。そうした方の中には、ワイズに戻ってアーク・ルーン軍に協力を申し出て、生活費を得ようとした方もいました。ほとんど門前払いにされましたが」
「ワイズ貴族の悲惨な末路が格好の宣伝になったのだろうな。七竜連合の貴族で、我が国の示す保険の加入者がかなりの数となった。まっ、誰しも、自分の妻や娘を、わずか銅貨数枚のために身売りさせたくはないだろうて」
悠然と飲み物をすするフレオールとイリアッシュに、シィルエールばかりか、ウィルトニアでさえ、打ちのめされた表情で、何も言えなくなる。
「さて、ちと長く話し込みすぎたか。イリア、また案内の方を頼む」
「わかりました、フレオール様」
休息充分といった風で、敵地で足取りの軽い二人に対して、続いて席を立った二人の姫は、休んだ後とは思えぬほど、重い表情と足取り、何よりうつろな目で、引き続き監視役を務めた。




