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過去編94-2

 ワイズ王国の王都タランドは人口三十万人以上を数える大都市であり、その一画には相応の規模の色街がある。ただ、さすがに十万人の性欲に対応できるほどの店舗数はないが、それは当然だろう。


 いかに大都市とはいえ、人口の約三分の一に対応できるほどの色街がある方が問題である。それでは都市構成があまりに歪だ。


 それゆえ、ヅガートはタランド周辺の諸都市の攻略を計った。


「ここの周りの町にも、貴族どもの家もあれば、風俗店もある。それらを制圧すれば、ボーナス的にもローテーション的にも、兵どもも満足するだろう。固く軍規で縛るだけじゃあ、いつまで経っても柔らかくならんからな」


 下品な表現ながら、兵たちにお上品な振る舞いを強制してばかりでは、不満がたまる一方となる。恩賞を弾み、酒や女などでストレスを発散する場を与えてこそ、兵たちも進んで軍規を守ろうとするようになる。


 その点においては、風俗に繰り出すために兵を繰り出すというヅガートの方針は、まあ、一面的には間違っていない。イライセンとしても、これでアーク・ルーン軍の駐留が長引くのだから、このふざけた話を歓迎すべき立場にあるが、


「で、ここと周りにはどんだけフーゾクがあるんだ?」


「はっ?」


 元傭兵の問いに、元国務大臣が間の抜けた反応をするのも無理からぬことだろう。


 質問の内容があまりにアレなのもあるが、いかにイライセンがワイズの国内事情に精通しているとはいえ、風俗の店舗数まで網羅していない。


「それは調べてみなければ、何とも言えません」


「チィッ、なんだよ、使えねえオヤジだな」


「……申し訳ありません」


 舌打ちするヅガートの不当な評価に、イライセンは深々と頭を下げる。


 降伏したばかりのイライセンの立場は弱く、また無理な作戦変更を願い出る身としては、ネドイルへの嘆願も大事だが、現場サイドの強硬な反対にあわないためにも、ヅガートらの気分を害さぬように努めねばならず、理不尽な物言いにも耐えるより他なかった。


 ヅガートの理不尽な態度に、ランディールとフレオールを含む半数がやれやれと言わんばかりの呆れた顔となり、クロックとタルタバを含む半数が、イライセンに同情するような素振りを見せている。


 もし、イライセンの策略や抵抗で手こずったため、その意趣返しに理不尽な言葉を吐いているなら、クロックなりがヅガートをたしなめているだろう。が、含むところはないヅガートは、イライセンが頭を下げようが下げまいがそのまま流すし、そもそも誰に対しても、大宰相だろうが一兵卒だろうが態度もしゃべり方もこんな感じなのである。


 当人は自分の発言や態度を気にしてないから、


「ったく、兵たちにやあっておしまいとか命じて、市街地にツッコミにいかせるわけにはいかんだろうが」


「おっしゃる通りです。早急に、王都および近隣の色街を調査し、事案の処理にかかりますので、しばしの猶予をください」


 それを気にする方がバカを見る実例のごとく、イライセンは伏して真剣にアーク・ルーン兵の性欲処理に取り組もうとする。



 連合軍は去り、ワイズ軍もほぼ無力化しており、アーク・ルーン兵に「やあっておしまい」という命令が下された時、それを止める手立て、ワイズの民を守る術はない。


 もし、夫の目の前で妻が、あるいは子供の目の前で母親がアーク・ルーン兵に犯されたなら、その家族がどれだけの心の傷を負って生きていくことになるか。その不幸を防げることを思えば、イライセンはその才幹の全てを以て、十万人の風俗パックツアーを組むことに否はない。


 さすがにクロックらはそんな阿呆な仕事をさせられるイライセンを可哀想に思い、止めてやれと言わんばかりに意味ありげな視線を向けたり、咳払いをする者らもいたが、ヅガートは戦場で敵の動きは読めても、日常で場の空気が読める男ではない。


 ヅガートからすれば、敗者の心情を思いやるなど、百万の軍勢を打ち破ることをはるかにしのぐ難事である。


 そして、そのような人物が占領軍の実質的な最高指揮権を握っているからこそ、ワイズの民が傷つく姿が誰よりも見たくない男は、祖国を滅ぼした敵将が、


「ヒャッハー、フーゾク、フーゾク!」


 腰を前後に振りながらはしゃぐ姿から目を逸らすわけにはいかなかった。


「いいか、クロック。ケチケチせずに、兵どもがオプション・コースや延長戦も楽しめるくらい、恩賞を弾んでやれよ」


「それはいいですが、閣下の恩賞はそう大してありませんよ。自身のツケや借金がどれだけあるか、思い出してください。あと、自分の金遣いの荒さも」


「え〜っ、これだけの大勝利だぞ。兵たちにフーゾクを奢るくらいの金がもらえるだろ」


「そうやって、莫大なツケと借金をこさえたんでしょうが。っていうか、何で閣下自身より私の方が閣下の借金に詳しいんですか」


「チクショー、こんなことなら、あと、四、五万人、殺しときゃあ、良かった」


「いえ、どれだけ首を取ろうが、今回はハルジャス殿の軍功第一は動きませんよ」


 クロックが口にしたハルジャスなる、この場にいない人物の名は、イライセンも耳したことがある。


 ハルジャスはクラングナの基地司令で、第十一軍団の人間でない上、ワイズ軍や連合軍と戦って首の一つも挙げてもいない。


 だが、今回の戦いで補給を一手に取り仕切り、ワイズの奥深くに侵攻したアーク・ルーン軍に、兵糧と物資を滞らせることなく届け続けた。


 特に、開戦当初、ハルジャスが軍需物資の分散管理をしておらねば、アーシェアの空襲で作戦継続が不可能になっていたのが、軍功第一の決め手となった。


 アーシェアの空襲をかわした用心深さに、敵地で補給を円滑に進めた手腕など、たしかに見事であるが、イライセンにとってより感心させられるのは、ヅガートから師団長たちまで補給の重要性を理解できている点だ。


 どれだけ戦意や勇気があろうが、食べ物がなければ戦うどころか、動くことも生きることもままならなくなる。この当たり前の話が理解できない人間が意外に多く、七竜連合でもその手のやからには事欠かない。


 竜騎士らが重視するのは戦場でいかに活躍したかであり、彼らは補給のみならず、情報収集や陽動などを華々しい戦果とは考えず、それが祖国の諜報能力の低下につながったなど、カケラも想像していないだろう。


「まあ、今回の戦は戦利品も多いですから、借金を清算しても、多くはなくとも、いくらかは残るでしょう。本当にいくらかですが」


「なに、それで充分よ。足りなきゃ、ツケで飲み食いすりゃあ、いいだけだ。何しろ、オレは将軍様だからな」


 渋い表情で、渋々、カンタンに計算した結果をクロックが口にすると、ヅガートは破顔して自分の懐具合を楽観視する。


 将軍という地位を利用して料金を踏み倒すなら問題なのだが、ヅガートの場合、その辺りが微妙だ。


 金がなくても酒場や売春宿で行き、支払いの段階になると、皇帝や大宰相にも下げない頭を下げるどころか、床にはいつくばってツケにしてもらうのだ。これにはどんな強欲な店主や女将も、大帝国の将軍の土下座にバツが悪くなってツケにしてしまう。


「それから、各部隊、ただでさえ固くなっている兵たちに固いことを言う必要はないが、タダマンだけはさせるなよ」


 オマエが言うな、という注意だが、ヅガートは後からちゃんと料金は支払っている。


 戦に勝って莫大な恩賞をもらい、それで前の任地でこしらえたツケを一気に清算しつつ、今の任地でもツケをこしらえ、次の戦でそれを清算する。ヅガートのライフスタイルはこれの繰り返しである。


「それとこれも毎度、口にしていることだが、ここはワイズという国で、アーク・ルーンじゃない。この国にはこの独自の文化や風習がある。アーク・ルーンと、これまでの国々と違う点もあるだろうが、それは異なっているのが当たり前なんだ。それはワイズのみならず、これより先に進む国々にも、その国の独自の風習がある。オレたちが肝に命じるべきは、オレたちの価値観を押しつけることではなく、柔軟に異文化を受容することだ。それを忘れれば、互いに不幸な夜を過ごすことになる」


 語るヅガートの口調に、熱が帯びるのは当然だろう。要約すると「ルールを守って、風俗店に迷惑をかけないように」と説いているのだから。


 敵にはみじんも容赦はないが、味方と風俗店にやけに優しい元傭兵の言葉と方針に、イライセンは何ら異を唱えるところはなかった。


 ヅガートの口にする内容そのものに、ワイズの民の害となるものはない。アーク・ルーン兵と占領地の民、双方への配慮がなされ、その采配は真の名将のものと言えるだろう。


 表現を除けばだが。


 だが、上品な言葉遣いでワイズの民を虐げるように命じられるより、下品な表現でもワイズの民に害がない方がはるかに良い。


 イライセンはそう己に言い聞かせ、ヅガートのお下劣トークを是とするしかなかった。


 やれやれといった表情のランディールやフレオールら、恥ずかしさに赤面してうつむくクロックやタルタバと同様に。


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