過去編94-1
軍事上において、兵力分散は諸刃の剣である。
軍学では基本的に兵力の集中を説く。兵は集中させてこその力であり、兵が多いほど攻撃力が高まり、実際に戦の九割以上が数の多い方が勝つ。
その安定した勝利の方程式ゆえ、大軍の集中運用が重視される。連合軍の敗北の一因も、敵の倍する兵を有しながら、それを二分したためだ。
だが、一方でアーク・ルーン軍は兵を決戦用と追撃用に二分して運用し、一度の勝利と一度の大勝利をもぎ取っている。また、戦史上、挟撃作戦や分進合撃などの兵力分散の戦術で勝利した例は少なくない。
兵力分散の利は、手数が増えることだ。十万の兵を十に分散すれば、同時に十ヵ所を攻略できるようになる。先の連合軍をかんぷなきまでに叩きのめし、王都タランドを制圧して、華々しい戦果を大量に収穫できたのも、兵力分散することで運用効率を高め、増やした手数を敵軍の要所要所に叩き込んだからだ。
そして、アーク・ルーン軍は再び、いや、前回以上の兵力分散を行い、王都タランドの周辺の諸都市の攻略に着手しようとしていた。正確には、ヅガートがタランドの周囲を制圧する必要を口にし、イライセンがそのための作戦を立案した。
そうして、その新たな作戦の是非を討議するため、フレオールと第十一軍団の主だった面々は、ワイズ王宮の会議室でイライセンの作戦案に耳を傾けていた。
「まず、この近辺にまとまった兵は残っていない。兵は王都に集められ、それも先日、四散している。周辺の諸都市に残るのは、多くて数百の守備兵のみだが、それでも市壁に盾に徹底抗戦をされれば、分散した兵力では手こずることもありましょう」
イライセンが口にした見解に、司令官、軍団長、副官、参謀長、師団長らが一様にうなずく。
元ワイズの国務大臣からすれば、
「たかが数百の敵がどれだけ抗おうと、我ら竜騎士の力ならば、一撃で粉砕できるわ」
そう無駄に叫ぶようなかつての味方のような者が一人もおらず、敵だった者たちは全てうなずいて素早い理解を示すだけではなく、
「が、それも一通の書状で解決する。こちらが王妃と王太子を確保していることを、またはおとなしく降伏すれば財産と領地の一部を安堵すると伝えれば、全ての都市は門を開ける。そして、一端、内に入り込めば、一千や二千の兵で充分に制圧できる」
フレオールやヅガート、クロックやランディールのみならず、師団長の大半すらやはりという表情となり、かつての味方とは雲泥の差の察しの良さを見せる。
「その降伏勧告の書状は誰に書かせ、誰に持たせるのか? まさか、我々にやらせる気ではないでしょうが?」
貴族という理由でヅガートはイライセンとしゃべりたがらないので、立場的にこの場で最も地位の高いフレオールがわかっている答えを促す。
「書状はオルゴーン卿に書いてもらいます。使者は捕虜としたワイズ騎士に務めてもらいましょう」
オルゴーンはワイズ王族の一人で、先王の末子であり、ワイズ王の叔父に当たる。六十を越す老齢ゆえ逃げなかったのではなく、敗戦と亡国の責任を取るためにあえて逃げなかった気骨の持ち主であり、クロックが王族ゆえに利用できると考えて確保した人物の一人だ。
ワイズ王家の一員からの書状となれば、信頼度が違う。王妃や大太子が捕らえられたという、信じたくない内容も信じるしかなくなるだろう。
また、捕虜としたワイズ騎士、戦って敗れた者がまとう雰囲気は、言外にワイズの敗北を伝える効果が期待できる。
「連合軍の大敗で弱気になっている者は、これ幸いと降伏に応じるでしょう。徹底抗戦を考える者も、王妃と王太子の命がかかっているとなれば、抵抗を断念するでしょう。ともあれ、その書状が届けば、どの都市も団結して抗うことが不可能となるのは確か」
降伏に応じなかった都市があったとしても、その中には保身ゆえ、あるいは王妃や王太子の身の安全のために降るべきと考える者も現れよう。一通の書状で守備側は一致団結して戦うことができなくなり、少ない味方が分裂することになるのは明白だ。
「最悪の場合、王妃の首、王太子の手首の一つや二つを見せれば、どの都市も抵抗を断念するでしょう」
王妃の指二本で、二万以上の兵がいた王都は、イライセンの手中に落ちたのだ。王妃の首一つ、それで足りなければ王太子の手首一つ二つをつければ、ワイズ一国は完全に鎮まり返るだろう。
もちろん、それは最悪の場合であり、アーク・ルーンもイライセンも不必要に残虐行為に走ることはないが、逆に言えば必要とあればどれだけの悪逆無道な辞さない。
特に、イライセンはアーク・ルーンの信頼を得るために、命じられれば義姉や甥をためらわずに刻み殺さねばならない身である。
ワイズの民を守るための最善の道が降伏や反逆なだけであっただけで、イライセンは魔法帝国アーク・ルーンに心から従っているわけではない。より良い道があれば、アーク・ルーンをも裏切るであろうから、ヅガートが目を光らせているとも言える。
タランド制圧後はクロックら部下に仕事を丸投げし、毎日、兵らと酒盛りしているが、それでもヅガートの警戒や嗅覚は鈍ることなく、イライセンにプレッシャーを与えていた。
フレオール程度の才気なら可愛いものだし、クロックほどの実力者であっても裏をかく手立てはなくはない。だが、アーシェアを手玉に取っただけあり、ヅガートの危険性は道理を越え、イライセンはその牙に常に気をつけていなければならなかった。
性格的に飼い慣らせる男ではないが、その不可能をやってのければ、ヅガートは極めて優秀な猟犬として、または番犬として機能する。
あるいは、ヅガート自身、その効きすぎる鼻ゆえ無自覚にイライセンの危険性を警戒していたのかも知れない。
「それともう一つ提案がある。オルゴーン卿の名で貴族らに民から税を徴収させる点、これも検討してもらいたい」
この追加の議題に、アーク・ルーンの面々、ヅガートさえ目を見張って驚く。
今年度のワイズの民への徴税はすでに終わっている。なのに、再び税金を納めさせれば、ワイズの民が不満を抱くのは目に見えているが、そこにイライセンの策の真価はある。
徴税をアーク・ルーン軍が直にやらず、オルゴーンを筆頭とするワイズの旧臣に代行させるのがミソだ。
民の恨みはアーク・ルーン軍よりもその手先として動くオルゴーンらにより大きく向く。さらに、再度の徴税で生活が苦しくなり、民の反発が高まるのを見計らって、徴税はワイズの旧臣らが勝手にやったと宣伝し、税の半分も返して、オルゴーンらの首をはねれば、ワイズの民の古き支配者への信望は低下し、新たな支配者への信頼が高まるだろう。
「ヅガート閣下、イライセン卿の意見、これも取り入れる価値があると考えますが?」
「いいんじゃないの。こっちは軍資金さえ手に入れば文句はないんだ。稼ぐ方法は何であれ、金は金だ。それもオレらの懐が重くなる分だけで充分だから、それ以外は返してやる方がいいだろ、お互いに」
クロックに是非を問われ、ヅガートはあっさりと同意する。
元傭兵の将軍は、兵に限定的だが略奪を許可している。時を一日、あるいは半日と区切り、殺傷と暴行を禁じたまま、民を脅して金品を巻き上げさせるに留めるが、そうして得た物は兵らの臨時ボーナスとなる。
だが、徴税という形で、しかもワイズの旧臣が民から金品を巻き上げてくれるなら、わざわざアーク・ルーン兵に略奪させる必要はない。十万人分の臨時ボーナスなど、税の極一部で足りる。
第十一軍団の将兵の懐が潤い、余った金をワイズの民へと返しと感謝してもらう。さらに、ワイズの王侯貴族に二度目の徴税を行わせて民がワイズの貴族らを恨むように仕向け、勝手に徴税を行ったことにして、その罪を理由に使い終わった古道具を始末する。
正に魔法のような一石四鳥の妙手であるが、イライセンにとって重要なのは、時間稼ぎと支配体制の強化である。
略奪ならすぐに金品を巻き上げられるところ、イライセンの献策では時間がかかり、その分、アーク・ルーン軍の駐留が延びる。
奪えるだけ奪ったら、王宮や貴族の館などに火を放って、早々に引き上げるのがアーク・ルーン軍の作戦だが、それではワイズの民には戻って来たワイズ王らに苦しめられる未来しかない。
ワイズの民が苦しまぬためには、アーク・ルーン帝国に作戦を変更させる必要があるが、大宰相ネドイルにその嘆願を願っている間に、第十一軍団が作戦を遂行してしまったら意味はない。まず、ヅガートらの駐留を引き延ばし、それからネドイルに作戦変更を掛け合うのが正しい手順だ。
無論、ヅガートやクロックが自分の思惑に気づいていないと思うほど、イライセンはこの場にいる面々を侮ってはいない。だから、当初の作戦を延長しても充分な利が得られる献策をしたのだ。
そして、ちゃんと計算のできるヅガートらは、イライセンの思惑に応じる利を理解しているらしく、否を口にする者はいなかった。
わざわざ説明しても理解できなかった、かつての味方より話が早くて助かる一方、それはこの場にいる全員が一筋縄でいかない男ばかりであることを意味する。
その中でも、飢えた獣より危険で面倒な男は、欲望に目をギラつかせて席を蹴って立ち上がり、
「ともかく、兵と共に剣や槍を振るって勝利した以上、次は兵と共に腰を振る番だ。さあ、繰り出すぞ、フーゾクにっ!」
勢い良く腰を前後に振るった。
次はヅガートがハッスルするので、下ネタ一杯な内容になります。




