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過去編85-2

一方的に敗れたのは同じだが、二度に渡って敗走させられた連合軍の本隊に対して、別動隊の敗走は一度ですんだ。


 イライセンの読みと作戦のとおり、急進に急進を重ねていた別動隊は、ヅガートの部隊に背後から襲われ、混乱したところにフレオールの部隊も襲いかかったが、そこから敵を全面敗走に追い込むまでに、予想外の時を必要とした。


「退くな! 我ら竜騎士の力を見せてやれ!」


 別動隊を指揮するゲオルグは、圧倒的な劣勢の中、そう何度もわめき立て、戦場に留まり続けたが、最後まで戦意を維持したのは彼だけであった。


 前後から挟撃された時点で、別動隊の兵の一部は逃げ出しており、それが残る兵を動揺させ、バディン兵ですら命令で仕方なく逃げずにいるような心理にあった。


 バディンの竜騎士らは口々に王子に撤退を進言したが、ゲオルグは「一時の劣勢に屈せず、反撃せよ」と答え、損害を増やし続けた。


 当然、弱った獲物を見逃すヅガートではない。バディン兵らが形だけの抵抗をしているのに気づくと、そこに攻撃を集中させた。


 バディン兵が苦しくなった分、楽になった他国の兵はどんどん逃げていき、ついにはワイズ兵までが敵に背を見せるありさまだ。


 そして、アーク・ルーン軍の十八番、バディン軍を三方から攻め立てて突き崩すと、バディン兵らもゲオルグの指示と戦意に反し、命令を無視して残る一方へと逃げていく。


 それでも、なお、踏み留まったゲオルグだが、その周りにいるのはバディン軍一千人ほどで、他のバディン軍はすでに逃げ去っている。


「殿下、ここは我らが引き受けます! 殿下はお逃げください!」


 バディンの竜騎士らはわずかな兵と共に、アーク・ルーン軍を食い止めようとしたが、


「砲撃や弓兵はひたすらあのバカ王子を狙えっ!」


 ヅガートの指示はどこまでも辛辣だった。


 竜騎士を筆頭に、残ったバディン兵は自ら進んでゲオルグの盾になるのだから、ゲオルグを狙って砲撃や弓矢を放てば、向こうから矢弾に当たりに来てくれるのだ。


 しかも、ゲオルグの乗竜はアース・ドラゴン。ギガント・ドラゴンほどでないにしろ、足は遅い上、体が大きいから的としてはデカイ。アーク・ルーンからすれば、これほど狙い易い目標はない。


 不利な戦いを長引かせるほど損害は大きくなるから、アーシェアは失地回復が不可能と見たら、ただちに撤退の命を下す。無論、彼女は最後まで戦場に留まるが、それはしんがりとして敵の追撃を鈍らせるためであり、実際にその役割を果たすと、敵の動きと呼吸に合わせて早々に退く。


 指揮官が戦況を考えず、いたずらに戦場に留まるとどうなるか。それはバディン兵の骸が雄弁に語っていたが、彼らはこの場からゲオルグ王子を逃すことには何とか成功した。


 皮肉にも、ゲオルグは乗竜を失い、バディン騎士の一人が自らの馬を譲ったので、危地を素早く脱することができたのだ。無論、ドラゴンより馬の方が的としてずっと小さいのは言うまでもない。


 わずか三騎のバディン騎士と共に、ゲオルグ、一国の王子を取り逃がしたヅガートだが、彼からすればそんな首など惜しくも何ともない。


 それよりも重要なのは、援軍として来たバディンの竜騎士が全滅した点だ。


 なんのかんのと言って、竜騎士は仕留めるのに厄介な敵だ。それをさしたる被害もなく討ち取れたのだから、ヅガートとしては満足すべき結果だが、彼が本当に満足できるかは、これからの戦果にかかっている。


「仕方ないから、オレはタランドの方に向かうが、後のことは見落としなくやっておけよ」


 戦利品の獲得は、ヅガートにとって傭兵時代からの戦争の醍醐味である。撃破した敵軍が遺棄した物資や、死んだ敵兵の装備など、戦場には金目の物が多い。


 傷ついて動けない敵兵など、身ぐるみをはいで捕虜とすれば二重においしい戦利品だ。また、七竜連合との戦いにおいては、死んだドラゴンから牙やら角やらをえぐり出せば、貴重な素材として高値で引き取ってくれる。


 この場は元より、クメル山のふもとにも、敵兵の骸や遺棄物資がごろごろしている。加えて、山中に築いた陣地はそのままなので、そちらの物資も回収せねばならない。


 だが、戦に圧勝しているとはいえ、実質的な司令官であるヅガートには戦場で死体から身ぐるみをはいでいるヒマはない。念には念を入れるなら、五千ほどを率いてタランドに直行せねばならないだろう。


 連合軍は死に体で、もう反撃に出る余力はないが、ヅガートはアーシェアの戦う意志が折れたことを知らない。


 アーシェアを討ち取ったなり、捕えたなりの報告がない以上、敗残兵の一部でもまとめて、何かしらの動きを見せる可能性を考慮するべきだ。


 そうした動きがある場合、最も警戒すべきは、それにイライセンが連動することである。


 クロックは万事にそつのない男だが、イライセンとアーシェアの動向に、同時に対処するのは難しいだろう。


 味方についたとはいえ、イライセンはノーマークにしていい存在ではない。ワイズの元国務大臣は使い方しだいでアーク・ルーンのジョーカーとして機能するだろうが、それは使い方を誤れば、その強力な手札にアーク・ルーンがはらわたを食い破られることになる。


 イライセンがどれだけ優れていようが、隙さえ見せなければ何もできない。また、こちらに隙がないのを理解できないような愚かな相手ではない。


 貴族を嫌い抜いているからといって、イライセンの能力と危険性を見誤ることもなければ、フレオールの実力も認めてはいるから、一隊を任せている。


 それゆえ、魔法帝国アーク・ルーンの東方軍司令官は、四万五千の兵と雑用を任され、第十一軍団長と五千の兵を見送った。


 歴戦の元傭兵の隙の無さに感嘆しつつ。



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