入学編13-1
0と万。
新年度の二度目の休学日の二日前で、ライディアン竜騎士学園は何とか通常授業の再開にこぎ着け、その翌日、真新しい運動着に着替えた一年生たちは、例年よりだいぶ遅くなったが、最初の実技訓練に取り組んでおり、その手には愛用の武器が握られている。
担当教官のティリエラン、特例処置のクラウディア、それとミリアーナにシィルエールが目を光らせているからか、幸いにも一年生たちは手にする武器を、フレオールやイリアッシュに向ける気配を見せなかったが、彼らの視線の大半は裏切り者に、正確には裏切り者が放つ膨大なドラゴニック・オーラに釘付けになっていた。
訓練とはいえ、初日初回なので、その内容は確認作業に近い。
まず、担当教官のティリエランが、ドラゴニック・オーラの発現、増幅、集約、展開といった基本を実演した後、生徒たちが各々、その基本を実践するのだが、これくらいが見事にこなせないようであれば、入試で不合格になっている。
ゆえに、クラスメイト同士が、互いのドラゴニック・オーラの量を見せ合い、向上心を高め合うのが目的と言えば目的なのだが、その中にあまりにも突出した存在がいると、この授業の目的である「やる気」を削ぐ結果につながりかねない。
七竜姫の中で、ドラゴニック・オーラの量が最も多いのはシィルエールだ。ミリアーナも多い方だが、フリカの姫には二歩ほど及ばない。
それでも、味方が頼もしい限りにおいては問題ない。一昨年はナターシャ、去年はフォーリスがケタ違いのドラゴニック・オーラを見せたが、それで一年生の「やる気」を削ぐことはなかった。
今年もシィルエールが最も注目を集めたなら、問題はなかっただろう。が、そのフリカの姫を上回るほどの、二つはケタが違うドラゴニック・オーラをまとうイリアッシュの姿に、一年生たちは完全に気圧されていた。
相も変わらね、かつての親友のドラゴニック・オーラの圧倒的な量に、ティリエランは自分が学園の一年生だった頃を思い出さずにいられない。
三年前、彼女もこの授業で、今の教え子らと同様、その力量差に圧倒された一人だった。が、そのイリアッシュも、当時、学園の三年生だったアーシェアにはまるで敵わず、上には上がいるとわかっても、それでも努力を重ねたが、在学中、親友に一度も勝てなかったどころか、去年はウィルトニアにも敗北して、学園を卒業することになった。
ただ、ティリエランの時は、イリアッシュは味方だったが、今は敵、いや、難敵となっているのだ。シィルエールやミリアーナでさえ、いずれ殺し合う相手のドラゴニック・オーラに息を飲んでいるのだ。他の一年生が恐れおののき、顔色を青くしている者もいるのもやむを得ないだろう。
「ハアアアッ」
イリアッシュが恐れられる一方、その隣のフレオールはクラスメイトらに失笑されていた。
何しろ、魔法戦士からはドラゴニック・オーラが微量でも放出されないからだが、異母兄の手配で、裏口入学に近い形で竜騎士学園に通っているフレオールは、乗竜たるベルギアットと正規の契約関係になく、魔竜参謀の能力をわずかも用いることができないのは当たり前なのである。
ネドイルがどのように交渉したのか、竜騎士の根幹たるドラゴニック・オーラに関する実技において、フレオールはその全てが免除となっている。
だから、この授業に参加せずとも良く、また見学していても何ら問題ないフレオールだが、道化を承知で出席し、出もしないドラゴニック・オーラのために精神を集中して、気合いを入れているのは、ちょっとしたイタズラのためである。
ドラゴニック・オーラを出せないのをハッキリと見せておく方が効果的であり、ギャラリーの笑いをより引きつらせることができるというもの。
「では、次に二人一組での実戦訓練を行う。各自、武器を取れ!」
ティリエランからの指示が飛び、一年生たちと特例処置のクラウディアがペアを組んでいくと、自然と嫌われ者同士、フレオールとイリアッシュが相対することになる。
「そこの者たち、もっと離れなさい」
嫌悪感の表れか、嫌われ者のペアから、両隣の一年生らはけっこう距離を置いていたが、ティリエランはもっと離れるように注意する。
担当教官のそうした指示を気にした風もなく、腰に左右一本ずつトンファーを吊るすイリアッシュと、禍々しい色合いの真紅の槍を手にするフレオールは、互いに軽く一礼してから、
「じゃあ、いきますよ、フレオール様」
にこやかな笑顔で開始を告げるや、ほとばしった七条のドラゴニック・オーラが、相手の頭上に目がけて降り注ぐ。
「お〜い、イリア、手加減はいらんぞ」
のんびりとした口調で応じる魔法戦士だが、その足元、地面には七つの大穴がうがたれていた。
イリアッシュが放った七本のドラゴニック・オーラの光弾は正に圧倒的。対して、フレオールはドラゴニック・オーラで強化した竜騎士に劣らね速度で、何よりも精密かつ無駄の無い回避動作でそれらをかわしてのける。
「あわわわっ」
周りの一年生らが情けない悲鳴を発しながら、さらに離れたのが合図かのように、二人の敵が攻防を再開する。
地を蹴り、間合いを詰めようとするフレオールを、イリアッシュが三条のドラゴニック・オーラを放って、その接近を阻む。
「本数が多ければ、それだけ一本一本の威力が落ち、狙いが甘くなる。本数を絞れば、攻撃力とコントロールが高まり、複数ならともかく、独りなら対処し易くなる。つまりは、イリアはこれより本気を見せるぞ」
側で戸惑うフリカ、ゼラントの姫に、バディンの姫が説明すると、その言葉に近くの一年生らも耳を傾け、否、この場にいる全員が手を止め、一組の訓練に意識が集中していく。
膨大なドラゴニック・オーラを放ち続けるイリアッシュの攻撃は、ギャラリーの注目を引きつけずにおられないほど派手だった。地面に大穴をうがつ轟音の連続に、校庭に面する教室で授業を受けていた二年生らが窓にへばりつき、その担当教官も生徒への注意を忘れて見入ってしまう。
近くにいた教官や使用人らも顔をのぞかせた時、防戦というより、走り回ってドラゴニック・オーラをギリギリでかわしていたフレオールが、手にする槍、魔法によって強化された魔槍を地面に叩きつけ、盛大に土煙で巻き上げると同時に、
「マジカル・リフレクト!」
イリアッシュの攻撃がピタリッと止み、同時に魔法戦士がダッシュで間合いを詰める。
「……うまい。あれ、引っかけ」
「んっ? どういうこと、シィル?」
「魔法、あんな状態で使えない。魔法を使ったフリで、攻撃を止めさせた」
ミリアーナの疑問に、シィルエールがトリックの種明かしを口にする。
土煙による目眩ましで、使った風に装った魔法は、五人目の犠牲者を出したもの。その効能からして、うかつに攻撃できるものではなく、イリアッシュは攻撃を止め、まんまとフレオールのトリックに引っかかって、つけ入る隙を見せてしまう。
「……しまった」
魔法に詳しいシィルエールなら引っかからなかっただろうが、魔法帝国に帰属してから一年と経ってないイリアッシュは、自分のうかつさにすぐに気づくと同時に、思考を切り替えて、二本のトンファーを手にし、己の五体と、何より二つの武器を膨大なドラゴニック・オーラで強化する。
やっと間合いを詰められたフレオールは、
「速いっ」
「けど、それを全部しのいでる」
ミリアーナが驚くほどの素早い連続突きを、しかしシィルエールが口にしたとおり、二本のトンファーが槍の穂先を何度も弾き、打ち払う。
「……たしかにフレオールの槍術は見事だ。七竜姫とも互角に渡れるだろう。が、双剣の魔竜はもちろん、アーシェア殿の二本の槍ともかなり渡り合えるイリアッシュには、さほど厳しい攻めではないだろう」
クラウディアが評価は的確だった。
フレオールの槍は魔力を帯びた代物だが、ドラゴニック・オーラで強化した武器なら、充分に打ち合える。
イリアッシュのトンファーは七十センチほどで、フレオールの真紅の魔槍に比べて半分の長さもない。当人もドラゴニック・オーラによる中・遠距離からの射撃が主な戦い方で、現在、両手に持つ武器は護身用に近い。
が、フレオールの接近を許し、ドラゴニック・オーラを発現、発射する間もなく、トンファーの届かない間合いから、一方的に連続突きを繰り出される展開は、そう長く続かなかった。
アーシェアやレイドと打ち合い、その烈風のような攻めを経験したイリアッシュからすれば、フレオールの攻めは強風ていど、強引に進めなくはないものであった。
槍のような長柄の武器は、懐に入られると、途端に不利になる。フレオールは下がりながら、イリアッシュの足元を集中的に狙い、間断なく突きを繰り出し、槍の間合いを保とうとするが、トンファーの動きと対応がそれを上回った。
それでも百合以上、最後まで粘ったが、イリアッシュのトンファーがフレオールのこめかみと脇腹に触れ、魔法戦士を竜騎士見習いが破る光景に、周りが複雑そうな表情となる。
「……フレオールの戦いぶり、ミリィとシィルはどう見た?」
「えっ? 凄かった、と思う。私じゃあ、近づく自信がない」
「ボクもスピードには自信があるけど、あの槍にはちょっとついていけないかな」
レイピアを手にするシィルエールと、フレイルを手にするミリアーナの返答に、刀を手にするクラウディアは首をゆっくりと左右に振り、
「接近戦に持ち込んだものの、距離を詰められ出した時点で、フレオールは自分の負けがわかったはずだ。普通なら、ただの訓練、そう心が負けると感じれば、自然、それに応じて動きが鈍くなったり、戦い方が雑になったりするものだ」
七竜姫の中でも若く未熟な二人は、そうした経験があるのか、その指摘に共に小さくうなずく。
「にも関わらず、フレオールは勝ち目のない戦いでも、変わらぬ冷静さと精密さを維持した。これはその時に限らず、訓練の最初、イリアッシュのあの圧倒的な攻撃に対しても、恐れでいささかも判断を狂わすことなく、全てに的確な回避をしてのけた。あれだけのドラゴニック・オーラを、ギリギリまで見詰めて、最小限の動きでかわす。とても私にはできる自信はない」
目の前で刃物が振られ、身を硬くするのは、人として当然の反応なのだ。が、戦いを生業とするなら、そうした当たり前の恐怖を自然のものとし、不自然なまでに柔軟な対応ができるようにならねばならない。
「優れた戦士とは、殺すことに長けた者だ。が、敵を殺す術に秀でた者は、二流の戦士でしかない。一流の戦士とは、己を殺すことに長けた者。己の内にある恐怖、怒り、興奮は元より、希望や絶望にも濁らず、純粋に最善の戦い方を遂げるを理想とする。無論、それは理想にすぎず、人はそこまで人としての当たり前を殺すことはできないと思っていた。が、フレオールの戦いぶりは、それに近いものがある」
だからこそ、実力的に大きく上回るイリアッシュに、あれだけ食らいついていけたのだろう。
戦士としての心構えだけなら、フレオールのそれは完成形に近いとさえ言えた。
激しい戦いぶりに多くの者が目を奪われていたが、
「はい、手を止めるのはそれまで。各自、訓練を開始しなさい」
ティリエランから飛んだ指摘に、生徒たちは慌てて自分の相手に視線を転じていく。
ギャラリーの反応など気になっていなかったか、フレオールとイリアッシュも息を整えると、距離をおいて再び手合わせをしようとするも、
「そこの二人、フレオールとイリアッシュは、グランドの整備をしなさい」
ティリエランがそう言うのも無理はないだろう。
先ほどの攻防というより、イリアッシュのドラゴニック・オーラで、グランドが何ヵ所もえぐれ、大穴があいており、とても放置しておいていい状態ではない。
通常、グランドの整備は使用人の仕事だが、あまりに酷く校庭を荒らした場合、教官が「もっと自重しろ」という意味を込めて、生徒に整地させることがある。
もっとも、こういう時には裏技があり、大地を操る能力を有するアース・ドラゴンと契約している竜騎士見習いを頼るのが常である。実際、グランド荒らしの常習犯だったイリアッシュは、そうして自らの手を汚さずにきた。
が、裏切る前なら、アース・ドラゴンと契約している男子生徒が積極的にいいところを見せようとしてくれたが、今、彼女の側にいるのは、
「我は求めん! 意のままに形を変える地の陣!『マジカル・サイド』!」
精神を集中させ、右手の人差し指で六芒星を描き、呪文を唱えて魔法を発動させ、魔法戦士は辺りの地面を隆起させ、意のままに動かしていく。
フレオールの用いた術は、一定の大地を意のままに操り、敵を石弾で攻撃したり、土壁で防ぐなど、魔術師が主に多数を迎え撃つのに使うものだが、グランド整備に応用できるのが、竜騎士とその見習いたちの前で実証された。
「これでいいか、教官殿?」
魔法戦士の言葉に、呆気に取られたまま、ティリエランはコクッコクッとうなずいた。




