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過去編82-1

 連合軍が兵を二つに分けたように、アーク・ルーン軍も兵を二つに分け、決戦に挑んでいた。


 ただし、アーク・ルーン軍の兵馬は全て同一の戦場にいる。ただ、クレコフ城の時のように、戦力を攻撃用と追撃用に分けて用いているだけだ。


 現在、連合軍の本隊約十二万は敗走を始めていた。


 ワイズ王国の国務大臣イライセンの謀反。そんな寝耳に水な凶報が陣中を駆け巡り、十二万の将兵が動揺したところに、クメル山より秘かに下山したアーク・ルーン軍の半数に攻撃を受けると、十二万もの大軍がろくに戦うことなく、あっさりと瓦解し、次から次へと逃げ出すありさまであった。


「王都が反乱軍の手に落ちた。連合軍は退路を断たれた。祖国に帰る道が失われたのだ」


 イライセンが、この手の流言によって敵軍を動揺、混乱させる手際の良さは、国境での戦いのおり、アーク・ルーン軍で実証されている。


 連合軍の内、ワイズ兵以外の兵にとって、ここは祖国ではない。他国のために命を捨てるよりも、故郷に生きて戻ろうとする気持ちの方が強い。退路を断たれて祖国に帰れないかも知れないと思った時、連合軍の兵の多くが後ろに気を取られて、前から迫るアーク・ルーン軍と渡り合える心理になかった。


 兵の一部がアーク・ルーン兵というより、望郷の念に負けて敗走すると、それに釣られる形で他の兵もどんどん敵に背を向けて行く。


 さらに、そうして逃げる兵の姿と行動が、踏み留まって戦おうとする兵を浮き足立たせ、及び腰としてしまい、そこに襲いかかってきたアーク・ルーン兵にあっさりと討たれていった。


 もはや、勝敗は決したが、勝った側には勝った側で、負けた側には負けた側で、やるべきことがある。


 ヅガートは倍以上の敵を討ち破った勢いに乗り、そのまま兵たちに追撃を命じ、アーシェアは手近なワイズ兵をかき集め、しんがりに務めようとした。


 が、デリンク平原の戦いの際、アーシェアによるしんがりがいかに厄介か、ヅガートを苦い経験をしているし、イライセンの作戦書にも手抜かりはない。


 むしろ、加筆修正版となったために、女性である以上、避けられない日に敵に動かれ、体調が最悪な状態で、アーシェアはヅガートとイライセンを同時に相手するような状況にあった。


 無論、ヅガートを筆頭とするアーク・ルーン軍の猛者たちだけでも対処できずにいたところに、イライセンが裏切ったのである。アーシェア単身では、しんがりすらマトモにこなせないまでに追い込まれていた。


 決戦というより、アーク・ルーン軍の来襲で敗北が確定した瞬間、しんがりに動こうとした矢先、アーク・ルーン軍の軍列から飛び出した二匹の魔甲獣がアーシェアに飛びかかる。


 二匹の魔甲獣はたてがみのある狼に似たフォルムをしており、そのサイズはドラゴニアンほどと、魔甲獣の中では大きい方であった。


 狼のような体形は伊達ではないのか、その動きは実に俊敏で、さらに二匹の脇腹からは五本ずつ触手が生えている。


 当然、その巨体にはドラゴニック・オーラを弾くコーティングが施されているが、アーシェアにはそんなことはわからない。


 彼女がいつもより鈍い思考で判断したのは、その二匹をその場で迎え撃つ点だ。


 ドラゴニアンは空を飛べるが、向かって来る魔甲獣の速さからして、容易に逃げ切ることはできない。そして、魔甲獣らに追いかけ回されている状態では、しんがりなどこなせるものではなかった。


 だから、向かって来る二匹を早々に仕留め、ワイズ兵たちにしんがりを命じるしかないのだが、自分の乗竜と同サイズの魔法生物がカンタンに倒せるとはアーシェアも思っていない。


 実際、ベダイルの戦闘プログラミングは甘くなく、二匹は途中で左右に分かれ、アーシェアを挟み込むように移動すると、それぞれの十の触手から魔力弾を放つ。


「ハアアアッ!」


 慌ててドラゴニック・オーラを展開し、自身を狙った魔力弾は全て防ぐが、とても乗竜までは守りや回避が間に合わず、レイラは何発か食らう。


 魔力弾の一発一発はさしたる威力ではないが、食らえばドゴランとて無傷ですむものではない。


 何より、獲物を挟み込んだ魔甲獣らは足を止め、散発的に魔力弾を放つようになる。


 二匹の魔甲獣がアーシェアの足止めを目的としているのは明白であった。実際に、王女の指揮を仰げずにいるワイズ兵たちは、戦うべきか退くべきか判断のつかぬまま、アーク・ルーン兵に討たれている。


 それだけではない。アーシェアが二匹の魔甲獣の攻撃を一方的に受けている光景を見て、彼女の元に駆けつけんとしたワイズの竜騎士、騎士、兵士たちは、


「狙えっ! 撃てっ!」


 フレオールの号令一下、魔砲塔から放たれる魔力を食らい、しかし倒れる者はいなかった。


 もちろん、姫の元に一心不乱に走る忠臣たちは、ほぼ無防備なところに砲撃を食らい、大なり小なり傷を負い、中には腕を吹き飛ばされた兵もいたが、彼らは足を止めることはなかった。


 連合軍は軍勢と共に竜騎士も二手に分けたが、それでも双方に七十騎以上がいる。現在も、本隊の竜騎士たちのケツに、魔砲塔の多くが魔力をぶっ放し続けているので、フレオールの手元に充分な火力がないのも、ワイズの忠臣たちの寿命がわずかに延びた理由の一つだろう。


「第二射用意! まずは竜騎士を狙え! 他は後回しでいい!」


 竜騎士はドラゴニック・オーラで砲撃を防げるとはいえ、アーシェアに意識を向け、アーシェアの元に急ぐ状況では、充分な精神集中とドラゴニック・オーラの展開ができないのは、第一射で傷を負ったワイズの竜騎士たちの姿が何より物語っている。


「敵の砲撃はそう多くないのだ! まずは隊列を組み、向こうを潰してから、私の元に来ればいい!」


 体調が良くとも、二匹の魔甲獣をカンタンに倒すことは無理だが、体調が悪くとも、守りに徹していればカンタンに倒されることもない。


 だが、やはり体調の悪さが思考の鈍さにつながったか、アーシェアがそれに気づいたのは、第二射が放たれてワイズの竜騎士が一騎、撃墜された後のことであった。


 第二射で数が減り、傷ついたとはいえ、彼らと合流すれば、本調子ではないとはいえ、アーシェアは魔甲獣やフレオールらを対処できなくはないだろう。


 だから、二匹の魔甲獣でアーシェアを牽制し続け、それをエサに釣られる忠義を全て発揮することなく、フレオールの号令で叩き潰されていった。


 これまでワイズのしんがりが厄介であったのは、アーシェアが最後尾に立ち、その指揮能力で粘り強く戦うからだが、それに命を託す彼らの存在が中核を成すから、しんがりが部隊として成立し、機能するのだ。


 それで痛い思いをしているヅガートは当然、その経験を無駄にすることなく、命を託すほどの忠義を逆用する手立てを考え、それをフレオールに代行させた結果、這いずりながらも駆けつけようとした最後の兵が、アーシェアの目の前で力尽きて動かなくなった。


「ハアアアッ!」


「ガアアアッ!」

 

 共に戦って来た家臣の、戦友の死に涙を流し、悲しみに心が折れそうになりながらも、アーシェアはこの場から逃れんと、自然に強行突破を計っていた。


 忠臣たちを皆殺しにした砲撃が、次に自分に向くのは明白な以上、かなり危険であろうと、この場より逃げるより生き残る手立てがない。


 また、彼女も無為無策で、魔甲獣らの攻撃を防いでいたわけではない。


 人の手が加わっているとはいえ、元が獣である魔甲獣の攻撃パターンは複雑なものではなく、ずっと見に徹していたアーシェアは、触手から放たれる魔力弾を、前からのものはもちろん、背後からのものも、何発かはかすめながらも、乗竜ともどもかわしながら飛び続け、


「ハアアアッ!」


 迫る前面の魔甲獣に対して二本の槍を投じるが、ドラゴニック・オーラでおおわれているがゆえ、二つの穂先は硬いヒフに深くは刺さらない。


 が、深手を追わせずとも、痛みで動きが数瞬、鈍った魔甲獣の脇を、アーシェアはレイラを駆って飛び抜け、


「放てっ!」


 フレオールの号令と共に放たれた砲撃は、直撃こそしなかったものの、ドラゴニアンの片翼に大ダメージを与える。


 片翼が動かなくなった乗竜で何とか飛び続けたアーシェアだが、そう長く飛行を維持できず、クメル山へと落下していく。


「……まずいな」


 イライセンの立案した作戦はタイム・スケジュールが厳しい。


 この後、兵を休めたヅガートとフレオールは、ゲオルグの率いる別動隊の待ち伏せに向かわねばならない。


 とても、山狩りをして、アーシェアを探している時間はないが、さりとて放置した結果、別動隊の元に走られたり、王都に向かわれたりすると、作戦に狂いが生じかねない。


 傍観している軍務大臣に代わり、アーシェアがその軍勢を握れば、母親と弟が人質になっているとはいえ、千と少々のイライセンの手勢から王都を奪い返してしまうかも知れないし、より厄介なのは別動隊と接触してしまうことだ。


「軍務大臣がアーク・ルーンと通じ、王都で謀反を起こしました。アーシェア殿下もアーク・ルーンの軍勢に敗れ、頼みとなるのはゲオルグ殿下しかおられません。陛下もイライセン閣下もイリアッシュ様も捕らえられ、このままではアーク・ルーン軍に引き渡されるでしょう。どうか、お助けください」


 すでにイライセンの出した偽の使者からそのような報告を受けたゲオルグは、愛する婚約者を助けるため、十万の兵に急進に急進を重ねさせるのは目に見えている。


 王都に急ぐあまり、周りへの警戒がおろそかとなる別動隊を待ち伏せして叩くのは、さほど難しいことではない。


 ただし、その作戦もアーシェアの口から真相がもれれば破綻しかねないが、


「……ベダイルの作品に追わせるしかないか」


 乗竜の翼が大きく傷ついたのは、フレオールもその目で確認している。つまり、飛んで移動できないのなら、二匹の魔甲獣を猟犬としてけしかける方法も取れる。


 特別製の二匹は鼻が効くので、アーシェアの匂いを追わせることもできるが、クメル山は広い。おまけに、アーシェアの乗竜はドラゴニアンゆえ、その能力を用いれば巨体を人の形まで小さくできる。


 だが、アーシェアが隠れるならそれで構わない。その間に、別動隊を撃破し、王都を占領すればいいだけだ。


 倒すか、捕らえるかできればいいが、足止めできさえすれば、作戦は達成されてワイズは滅ぶ。


 だから、フレオールは忌々しいが、最強の竜騎士を嫌っている異母兄の作品にのみ追わせるに留めた。


 自分の足で追いたい衝動を抑えて。


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