過去編63-1
結局、各国の政治的なアピールや駆け引きで、会議が終わったのが夜も更けた頃合いとなったため、連合軍の出撃は翌早朝となってしまった。
一刻を争う状況で、出撃ありきと結論は出ているにも関わらず、この体たらくである。もし、イライセンになだめられなければ、アーシェアはワイズ軍のみを率いて先発していただろう。
それでも、連合軍の数は約二十万。数だけはアーク・ルーン軍の倍以上だ。当然、軍勢の多さは竜騎士の多さにつながり、百五十騎を越すほどだ。
魔道戦艦や魔甲獣がいようが、単純な戦力ならば第十一軍団を上回るだろう。だが、それで勝てる程度の敵であるなら、アーク・ルーン帝国の軍勢は七竜連合の領域にまで至ることはなかっただろう。
戦力や数で勝った敵は、これまでアーク・ルーン帝国の前にいくらでもいただろう。そもそも、現在のアーク・ルーン帝国自体、圧倒的に数や戦力で勝るアーク・ルーン軍を打ち破り、ネドイルが築き上げたものだ。
第十一軍団の巧妙な戦いぶりに、アーシェアは何度も痛い目にあっている。今、連合軍を急ぎに急がせており、敵がクメル山に陣地を築き終える前に到着はできそうだというのが、まだ痛い思いが足らないアーシェアの考えだった。
この寄り合い所帯の軍勢で、いかにアーク・ルーン軍と戦うかを思案しながら、乗竜たるレイラを駆っていたアーシェアは、
「……敵襲だっ!」
クメル山へと急行するあまり、夜も進軍する軍列の伸びきった連合軍の後部から、そのような叫びと騒乱が起こり、先頭を飛んでいたワイズの第一王女はレイラをUターンさせてそちらに向かう。
不意の襲撃を受けた連合軍の進軍は止まり、
「全員、周囲を警戒せよ!」
アーシェアが警告を発すると、戸惑って立ち尽くしていた兵たちは、慌てて武器を構え、周囲の夜闇に視線を向ける。
連合軍が襲撃を受けたのは、小さな山の中を切り開いた道で、周りに隠れる場所はいくらでもある。
どこかに潜んでいたアーク・ルーン兵らが敵の大部分をやり過ごし、最後方を進んでいたロペス軍に一撃を加え、ささっと立ち去ったらしく、アーシェアが襲撃現場に駆けつけた時には、アーク・ルーン兵の姿はなく、混乱して右往左往しているロペス兵の姿しかなかった。
強行軍をするにあたり、アーシェアは二騎の竜騎士と三十人のワイズ兵に先行偵察をさせ、進路の安全を確認させてはいる。だが、こうした地形に兵を伏せられては、少数の敵兵を発見できないのも無理からぬことと思われたが、
「……最低でも、敵は五千はいましたぞ」
襲撃による損害は軽微で、ほどなくロペス軍の混乱が収まると、アーシェアやゲオルグなど、連合軍の首脳部が集まった場で、ロペス軍の指揮官は一同にそう報告する。
「本当に、五千もの兵に襲われたのか?」
「アーシェア殿下は我が言を疑われるか?」
「いえ、そういうわけではないが」
ロペスの指揮官が気分を害した風なので、アーシェアは慌てて否定するが、心中では五千という数字を疑っている。
竜騎士は夜目が効くといっても限界があり、何より駆けつけた時のロペス軍の混乱ぶりを思えば、その証
言に重きを置くことができない。加えて、五千の兵に不意打ちを食らったにしては、ロペス軍の損害が小さすぎる。また、先行偵察させた面々が五千もの伏兵を見逃すとも考え難い。
「伏兵は多くても、一千といったところか」
まさか、ヅガート自身がたった百の兵で潜んでいたなど思いもよらず、アーシェアは内心でそうつぶやく。
「とにかく、伏兵がいるなら、無謀な行軍は避けるべきです。今日は兵を休ませ、明日からも慎重に進みましょう」
ゲオルグの言葉に、アーシェア以外の竜騎士をうなずく。
五千だろうが、一千だろうが、その程度の兵でいくら不意打ちをかまそうが、二十万もの大軍に致命傷を与えられるわけがない。敵の目的が足止めなのは明白であり、襲撃を警戒して歩みを遅くするなど、敵の思うツボだ。
が、その敵の思惑どおりの提案をするゲオルグに、自分以外がうなずいているのだ。司令官であるとはいえ、指揮権の優越が成立していない状態で強権を振るっても、ワイズ軍以外が応じないのも目に見えており、
「ゲオルグ殿下の言に、私も否はない。ただ、敵がまだこの付近、あるいはこの先に潜んでいるかも知れん。各軍から十騎ずつ、竜騎士による空からの索敵を行うのはどうだろうか?」
「なるほど。それで伏兵を見つけ出せば、より安全に進軍できるわけですね」
ゲオルグのみならず、ほとんどの竜騎士がこの案にもうなずいてくれたので、アーシェアは内心で安堵の息をつく。
夜目の効く竜騎士が何十騎も上空から伏兵を探せば、隠れ潜むアーク・ルーン兵たちを見つけ出せると、彼女は踏んだのだ。
もちろん、探し出して終わりではなく、それを討ち果たせば慎重にノロノロと進まずにすむのは言うまでもない。
ただし、索敵するにあたり、アーシェアは二つの読み違いをしていた。
伏兵の数は一千の十分の一であること。
そして、その伏兵を率いるヅガートは、ロペス軍を襲撃した後、付近に潜まず、また西の自軍に向かわず、東に移動していることを。