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過去編62-3

その大きな長机には、計二十四人の人間が着いていた。


 ワイズ王国の王と第一王女、国務大臣と軍務大臣、二人の竜騎士。バディン王国の第三王子と竜騎士二名。シャーウ、タスタル、ロペス、フリカ、ゼラントの軍勢を指揮官を含む竜騎士が三人ずつ。それがその会議室に集った連合軍の首脳部の顔ぶれだった。


 七竜連合各国の指揮官とそれに次ぐ地位の竜騎士二名ずつに加え、ワイズ王国のみ王と大臣二名が参加しているのは、会議の場がワイズ王宮であり、連合軍の目的がワイズ王国を守ることであるからだ。


 現在、三千ほどのゼラント兵が未到着なだけで、連合軍のほぼ全軍が王都タランドの郊外に陣を敷いている。


 一応、イライセンがイリアッシュを通じて、ゲオルグに軍を動かせるように手配させたので、連合軍はすぐに出動できる状態にある。


 また、兵に遅れてやって来た、各国からの兵糧や物資も、イライセンが管理して輸送の手はずを整えているので、補給の心配もない。


 もちろん、指揮系統の一本化など、連合軍は万全とは言い難い状態ではあるが、悠長にしていられる状況にない以上、最大の課題を棚上げにしたまま実戦に臨むより他ない。


 もっとも、出動体制が整っており、致命的な欠点を放置しても、迅速な出撃ができないのも、連合軍の問題点の一つだ。


 叔父の言うとおり、ワイズ王の元に出頭したアーシェアは、家臣たちやゲオルグら各国からの竜騎士らの手前もあるからか、謁見の間で父よりのけっこうな長く叱責を受けてから、連合軍の早急な進発を提案したが、それだけで時間との勝負の現状において、味方の時の空費は留まらない。


 今すぐ出撃して強行軍でクメル山に向かう。ワイズの第一王女の言に、一人を除いて一同は戸惑い、ワイズ王やゲオルグらは顔を見合わせるばかりであった。


 すぐにクメル山へというより、アーク・ルーン軍へと向かう点そのものに反対する者もいないが、早急な出撃の必然性を理解できる者もいないゆえ、即断による速攻に出られずに、時をさらに空費してアーシェアを苛立たさせた。


 そこにアーシェアが偵察に飛ばしたエア・ドラゴンを駆るワイズの竜騎士が戻り、クメル山の陥落という最悪の報告が届くと、ようやく戸惑うばかりのワイズ王やゲオルグらの顔に深刻な色が浮かぶ。


 クメル山の戦略的な重要性を理解できずとも、クメル山から王都までろくな城や砦がないのは明白だ。連合軍を出撃させ、アーク・ルーン軍が王都に攻め寄せるのを食い止めるのは当然の選択だが、それでも彼らは出撃の角笛を鳴らさず、主だった者が会議室に集って出撃についての是非を話し合う迂遠さだった。


 さすがに全員が即時出撃に否を唱えたりはしない。アーシェアやイライセンほど切迫したものでないにしても、出撃の必要性は理解できているので、アーシェアの提案には六ヵ国の将たる竜騎士らはすぐに同意を示す。


 言うまでもなく、兵の進退を何人もの合意が無ければ実行できない点で、軍隊としてマトモに機能しないのは明白だ。実戦の最中、こんな意思確認をやっていたら、マトモに戦えるものではない上、


「出撃する点に異はありませんが、アーシェア殿下を司令官にという点、いささか納得しかねる。ワイズ側の言い分、盟主国の王子をないがしろにしているとそしりを受けかねないものですぞ」


 バディンの竜騎士が芝居がかった振る舞いで、王子の上に王女を置く点に抗議して見せる。


 女児より男児が優先されるのは、いずこの国や家でも同じだ。共に一国の直系の王族となれば、王子より王女を上の位につけるのは、たしかに道理を外した措置と言える。ましてや、七竜連合の中でバディンは盟主国であり、ワイズよりも国としての位も上なのだ。


「ゴックス。この急を要する局面で、そのようなことを申し、味方の足並みを乱すな」


 ワイズ王よりも、義父となる国務大臣の顔色を気にしながら、家臣をたしなめるゲオルグの顔に困惑の色が浮かぶのは、ゴックスという初老の竜騎士の思慮深さをよく知っているからだろう。


 七竜連合の盟主国バディンの第三王子ゲオルグは、アーシェアと同じ二十歳の若者で、やや軽薄そうではあるが、黒髪の整った顔立ちをしている。


 顔も良い方だが、頭も悪いわけではなく、竜騎士としての実力も低くない。アーシェアに比べれば大きく劣るが、それは彼女が飛び抜けているからにすぎない。


 ゴックスというより、この場にいる竜騎士は皆、王族に連なったり、大貴族の一門に属しているかの、身分の高い者ばかりで、アーシェアは面識があるだけではなく、それなりに性格なり性分なりを把握している。


 だから、ゴックスが無用な言を吐くような人物でないのも知っているので、


「ゴックス卿、いえ、ゲオルグ殿下。陛下のお子で竜騎士であるのはアーシェア殿下のみなのです。我が国を守るために集った兵であるなら、我が国の王族がその務めを放棄できるものではありません」


「余からも頼み申す。我が国の事情、なにとぞ、ご理解いただきたい」


 イライセンは頭を下げ、ワイズ王はバディン側に理解を求める。


「いや、そちらの事情に気づかず、考えが足りませんでした。そういうことならば、ゲオルグ殿下も、いえ、我が王も納得されるでしょう。アーシェア殿下を、いえ、貴国を軽んじるような言、どうか、お許し願いたい」


 ゴックスが深々と頭を垂れ、小芝居の幕を降ろす。


 一種の政治ショーである。


 ワイズよりバディンの方が国としての格は上で、アーシェアよりゲオルグの王族として上な立場にある以上、ワイズの王女がバディンの王子より司令官として上の立場に立つのを座視するわけにはいかない。ワイズ側が頼み、バディン側が寛容を示すというやり取りがなければ、盟主国としてのメンツが立たないので、満座の中での茶番に貴重な時を費やしているのだ。


 王族であるアーシェアは、国と国との間ではこのような茶番が必要なのを理解しているので、次の演目、シャーウの竜騎士の失笑ものの演技を黙って観続けた。


 笑うに笑えぬ心境で。


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