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過去編62-1

「アーシェよ、なぜ、ここにいる?」


 疲れた顔の叔父に目を見開らかれて驚かれると、アーシェアは大いに戸惑うしかなかった。


 連合軍の司令官として王都に戻るよう、再三、父王よりの使者が告げる口上を断り続けたアーシェアだが、その際に叔父イライセンの名を出されると、さすがに彼女もカンタンには使者を追い返すことができなかった。


 天険のクメル山の地形を用い、アーク・ルーン軍に対抗する。十年前の叔父にアーシェアが倣うと、さすがに即座に撤退することはなかったが、アーク・ルーン軍はクメル山のいくらか手前で進軍を停止した。


 もちろん、父親であるとはいえ王の言葉を無視して良いものではなく、後日、何らかの処分を受けるかも知れないが、アーシェアはそのような点をまるで考慮していない。


 クメル山から王都タランドまでは、わずか三日の距離。その間に要害はなく、クメル山を抜かれたら、ワイズ王国に後日など存在しないのだから、今は祖国の存続のみを考えるべき。


 そう思い定めて、父王の言葉を小うるさげに聞き流していたアーシェアだが、イライセンの言葉となると聞き流すわけにはいかない。


 まさか、味方がだまそうとしているなど思いもよらぬ彼女としては、最終防衛の拠点を離れることにためらいを覚えつつも、自分以上に現状を正確に把握している叔父の言葉となれば無視できず、乗竜のレイラを駆って王都に行き、父王よりも先に叔父の元に足を運んで大いに驚かれることになる。


 連合軍のずさんな計画と素行の悪さに、ワイズ東部でいくつか問題が発生しており、その処理に追われてワイズ王たちの動向に気を配るのがおろそかになっていたイライセンは、アーシェアが舞い戻って来たことに愕然とする他なかった。


 ワイズ王を筆頭とする国内のバカだけでも手一杯のところに、ゲオルグを筆頭とする国外のバカも押し寄せて来ているのだ。ゲオルグは娘のイリアッシュに対応させているが、連合軍の計画性に欠く軍事行動からワイズの民を守るのに、イライセンは四苦八苦するあまり、アーク・ルーンやワイズ王への注意がやや甘いものとなっていたのだろう。


 イライセン一人で敵味方の全てに注意を払うなどできるものではないし、何よりアーシェアがクメル山でアーク・ルーン軍を睨んでいる限り、前線は何とかなると思ってしまったのかも知れない。


 だが、驚き、呆けてばかりいては、アーク・ルーン軍の策略の完遂を傍観するも同然であり、


「叔父上、すぐに戻ります!」


 父王に会わずに、本当にクメル山に戻るため、乗竜たるレイラの元に駆け出そうとする。


「待つのだ、アーシェ。もし、間に合わねばどうするつもりだ?」


 叔父の指摘に、アーシェアは足を止める。


 アーク・ルーン軍のそつの無さは、彼女が身を以て体験している。自分の不在を見逃すとは考え難い。


 クメル山から半日ほど離れた場所にアーク・ルーン軍は陣を敷いていた。もし、アーシェアがクメル山を離れるのに合わせて行動していたならば、もう戦端が開かれていてもおかしくないというより、現在、ランディール率いる五百の偽装部隊が、陣内に入り込んで暴れ回り、クロック率いる本隊もクメル山を駆け登っている頃合いだ。


 もちろん、そのような状況が二人にわかるものではない。アーシェアなどは、いかに自分が不在とはいえ、クメル山の険しい地形を思えば、アーク・ルーン軍が総攻撃をかけてもカンタンに攻略できないと踏んでいる。


 だが、叔父の言うとおりとなっている可能性も否定できず、実際にアーシェアが単身、戻ったとしても挽回できない戦況となっている。


「では、叔父上、間に合わぬと言って、ここでアーク・ルーンを待ち受けるつもりですか?」


「愚かなことを申すな。それでは、クメル山に拠点を作る時を敵に与えるようなものだ」


 それだけで、アーシェアも叔父の意図を了解した。


 クメル山をアーク・ルーン軍に占拠されたから、その地形的、地理的な優位が即座に敵のものとなるわけではない。


 自身も経験しているからこそ、山中に陣地を築くのはそうカンタンな話ではないのが理解できる。


「エア・ドラゴンを駆る竜騎士をただちに飛ばし、クメル山の我が軍が持ちこたえていれば、そなたがすぐに向かえばどうにかなる。だが、敵にクメル山が奪われていたならば、連合軍を率いて急行すれば、最悪の事態だけは避けられるかも知れん」


 険しい山中に大量の資材や兵糧を運ぶ労力や日数を思えば、今すぐ連合軍を率いてクメル山に赴けば、アーク・ルーン軍の陣地が完成する前に到着し、クメル山を完全に押さえられることだけは回避できるかも知れない。


 仮に、クメル山に根拠地を築かれたとしても、大軍で麓に陣取れば、アーク・ルーン軍の動きを封じるのは不可能ではない。そのまま長期戦に持ち込めば、いずれアーク・ルーン軍はクメル山から降り、倍以上の戦力で迎え撃てるのだが、


「あの者たちを率いて、そこまでの作戦が可能とは思えませんが……」


 ゲオルグを初め、味方の顔ぶれと能力を想起しながら、アーシェアは暗然となる。


 イライセンの口にする最善の手段は、味方が最善の行動を取ってくれるなら実現するだろう。また、アーシェアに絶対的な権限があれば、強引に成し得ることもできなくない。


 しかし、アーシェアが司令官に就任しようが、他国の指揮官が二十歳の小娘の命令に、唯々諾々と従うわけがない。統率する手勢を背景に、したり顔ででかい口を叩くのは目に見えている。それでも、ヅガートのようにデカイ口を叩く分、やることをやってくれれば文句はないが、イライセン以外の味方は、大言の百分の一もできない連中ばかりだ。


 こんな連合軍で、迅速で的確で高度な作戦行動ができるわけないが、


「贅沢を言える状況ではない。また、現状の不満を並べ立てて何もしなければ、アーク・ルーンの策略によってワイズの民が地獄の苦しみを味わうことになるのだ。絶望的な可能性であっても、それに賭けるより他に活路はない」


 ワイズ軍だけでは、アーク・ルーン軍とマトモに渡り合える戦力がない上、開戦からの連戦連敗で、戦死者、重傷者、捕虜を合わせると、全軍の三分の一近く失ってなり、その責任は血気にはやったアーシェアも無関係ではいられない。


 戦力的には充分であるとしても、連合軍でマトモな軍事行動が取れるか否かとなるか、もうアーシェアにとっては悪質な賭博のようなものだ。


 だが、全てのタネ銭を注ぎ込んで万馬券でも当てねば、逆転できない状況にまでワイズ王国はきている。


 確率が低かろうが、それ以外にワイズ王国が破滅を免れる手段がないのだから、叔父の突きつける厳しい選択肢を選ぶより他に方策はない。


「わかりました。それでは、父上の元に行きます」


 叔父の厳しさによって、現状を理解させられたアーシェアは、一礼してから父王の元に向かう。


 娘にダダ甘だが、現状を一片たりとて理解していない父親の元に。


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