過去編62-2
「槍よ! 刺し砕け!」
真紅の魔槍をアイス・ドラゴンの右前足に突き立て、その部位を穂先からほとばしらせた己の魔力で無数の肉片とし、フレオールは嬉々とした表情となる。
ワイズ王国の王都タランドにとって、最後の防衛拠点であるクメル山は、アーク・ルーン軍によって陥落しつつあった。
クメル山に築いた陣地にいるワイズ軍の数は二万五千七百二十五名。正確には、二万五千二百二十五名のワイズ軍と、ワイズ軍の軍装をまとった五百のアーク・ルーン兵となる。
アーク・ルーン軍は二万人以上のワイズ兵を討っている。戦利品として押収したワイズ軍の軍旗や軍装はいくらでもあり、五百のワイズ兵に扮しても余るくらいだ。
アーシェアがクメル山から離れると同時に、アーク・ルーン軍はその攻略に取りかかった。ヅガートは百の兵と共に東に向かい、ランディールは五百の偽装部隊を率い、クロックが軍勢の大半を指揮し、クメル山のワイズ軍ははや敗走を始めていた。
作戦そのものは複雑なものではない。ランディールの偽装部隊が友軍と誤認させ、クメル山の陣地に入り込むと同時にワイズ軍に襲いかかる。それに呼応して、クロックの本隊が攻め登る。アーシェアがいれば、あっさりと看破される程度のものだが、いないからこそ、アーシェアの指示で築かれた守りが活かされることなく、約四倍のアーク・ルーン軍の侵入を許した時点で、二万五千強のワイズ軍はクメル山から押し出されるのは避けようがなかった。
この作戦の肝はアーシェアが不在な点も大きいが、もう一つ、五百の偽装部隊が二万五千の敵兵の中で、約九万七千の味方が突入するまで、暴れ続けられるかにある。
それゆえ、偽装部隊に選ばれたのは、第十一軍団の中でもランディールを筆頭に腕利きばかりで、司令官がその一員となっているのも、その武勇を活用するためである。
険しい地形のクメル山に陣地を築こうが、内側から暴れ回られて不意を突かれては、外の敵にマトモに対応できるものではない。
そして、約四倍の敵に陣地に踏み込まれればもう、ワイズ軍は押される一方の展開にならざる得なかった。
万一の事態を想定し、アーシェアは退路の確保を怠っていない。アーク・ルーン軍にしても、その退路に気づいていようが、そこを塞いでワイズ軍の必死の反撃を招くようなマネはしない。
むしろ、クロックは敵をその退路へと追い込むように兵を動かした。
約四倍の兵力の圧力に屈し、敗走を始めたワイズ兵は、無秩序に退路へと殺到する。
決して細くはないが、勾配がそれなりにある山道に大人数が一度に我先にと押し寄せればどうなるか。
味方に押し出され、ワイズ兵は次から次へと斜面を転げ落ちていく。
そこに、正確にはその最後尾にアーク・ルーン軍は砲撃を放ち、矢の雨を降らせ、恐慌状態に陥った最後尾のワイズ兵たちは、無我夢中で邪魔な味方の背中を突き飛ばして進もうとする。
「落ち着け! 慌てるな!」
何人かの竜騎士がそう声を張り上げるが、兵たちの敗走と混乱は鎮まる気配を見せない。
「槍よ! 刺し砕け!」
それどころか、声を張り上げて目立った竜騎士の一騎は、フレオールの投じた真紅の魔槍に撃墜され、他の竜騎士たちも集中砲火を食らって、ほどなく静かになる。
アーシェアがいれば、もっと秩序立った撤退ができた以前に、クメル山が攻め落とされることはなかっただろう。
だが、彼女のいないクメル山は呆気なくアーク・ルーン軍に制圧された。
守っていたワイズ軍でマトモに山を下りられたのは約半数ほど。残りの半数は文字どおり山を転げるように下りて、その内の三千人ほどは二度と息のできない体となった。
それでも、二万人以上のワイズ兵は生き残り、打撲や骨折を負った味方に肩を貸して東へと敗走した。
肩を貸しても歩けない味方を置き去りにして。