過去編53-1
「こんだけ広い庭なら、ドラゴンの四、五頭くらい収容できるだろうに、ホント、バカだねえ」
尖塔からクスコフ城の中庭を見下ろしながら、ヅガートは呆れたようにつぶやく。
クスコフ城を落とし、さらにアーシェアを再度撃破した夜から三日と経った昼前には、この城を落としたヅガートらの元に、三万を率いてワイズ軍を強襲したランディールも、負傷者と捕虜たちを管理するフレオールも合流を果たし、アーク・ルーン軍第十一軍団はここに集結を果たした。
堅固なクスコフ城だが、アーク・ルーン兵と捕虜を合わせて十万人以上を収容できる規模ではない。せいぜい、三分の一程度で、残りは場外に天幕を張り、陣地を築いている。
とはいえ、三万人以上を収容できるクスコフ城の広さを思えば、五千のワイズ兵で守っている時は、充分に余裕があったが、にも関わらず竜騎士たちは自分たちの乗竜を城外に置いていた。
ドラゴンの巨体からすれば、普通、建物や敷地の中に入れられるものではない。一頭二頭ならともかく、数頭数十頭となってくると、野営地などのように状況に応じて広さを調節できる場所でない限り、ドラゴンを動き回れるスペースなど確保しようもない。
そして、町や城の外の野山にドラゴンを置いていても、これまでは支障がなかった。竜騎士が念話で呼びかければ、乗竜は駆けつけて来るからだ。
竜騎士が数十と駐留する七ヵ国の王都も、百を越すドラゴンが側にいるライディアン竜騎士学園もそれで何の問題はない。七竜連合の国境にある城や砦も、ドラゴンが城内にいないからといって、攻め落とされることはなかった。
先日のクスコフ城における攻防を除いて。
これまで七竜連合の周辺諸国は、城外のドラゴンに攻撃を仕掛けることはなかった。あくまで城や砦を攻め落とすのが目的であるからだが、それ以上にドラゴンなどという超生物に率先して手を出す危険を避けるのが当然と考える中、
「ドラゴンどもを殺そうとすれば、城内の竜騎士様らが黙っていまい」
城外の兵や民を攻撃し、城内の兵を出撃させるように仕向けるのは、古来からよくある戦法であり、ヅガートはその応用でクスコフ城を落とした。
クスコフ城の近くの野山いた五頭のドラゴンを、魔道戦艦で包囲して集中砲火を加える。乗竜の危機に、五人の竜騎士は五千の兵を率いて出撃し、ヅガート率いる六万八千のアーク・ルーン兵に三方を包囲される危機的状況に陥り、空にしたクスコフ城も陥落してしまう。
ここでヅガートが巧妙なのは、出撃したワイズ兵五千のクスコフ城への退路を断つ一方、東、アーシェアたちのいる方角を手薄にし、そちらへと誘導したことだ。
三方から迫る敵から逃れるため、五千のワイズ兵は六万五千の味方がいる方へと走るが、アーク・ルーン兵はそれを見逃さずに追撃し、背後と側面から逃げる敵に攻撃を加え続け、四千九百五十人ほどを討つか捕らえるかして、ヅガートは兵を退いた。
そして、五十人にまで討ち減らされクスコフ城の兵がアーシェアの元にたどり着いと直後、クスコフ城の攻略に参加せず、疲労していないアーク・ルーン兵三万がランディールの指揮の元、敗残兵たちに襲いかかり、ワイズ軍はその夜、また一万ほどの味方を失った上、軍事上の要衝であるクスコフ城までも失うこととなった。
それだけではない。クスコフ城の東には、まだいくつも城や砦があるにも関わらず、アーシェアはそれらを放棄して、ひたすら敗軍を率いて東へと戻っている。
これでアーク・ルーン軍は戦わずして、いくつもの城や砦を手に入れることができることとなったが、
「おそらく、アーシェアはクメル山まで退くつもりでしょう。ハンパな城では我らを防げませんし、ハンパな距離では軍を再起させる時を稼げません。思い切った処置ですが、対応として間違っていません」
ランディールらの部隊と共に戻って来た偵察隊の報告をまとめたクロックの表情はあまり景気のいいものではない。
敵が戦わずに大きく後退してくれたのだから、一見すればアーク・ルーン軍が多大な戦利を得はする。
だが、その実、アーシェアが現状を正確に把握していることを意味する。
中途半端な守りではアーク・ルーン軍を食い止められず、またワイズ軍を立て直す時は得られない。大きく後退すれば、放棄した城や砦を接収する分、アーク・ルーン軍の進撃速度は鈍り、アーシェアは軍を立て直してクメル山の守りを固める時を充分に得られる。
そして、クメル山を守り切れば、アーク・ルーン軍は立ち往生した挙げ句、奪っ土地や城を放棄してクラングナ領まで撤退するしかなくなる。
だが、逆に言えば、クメル山を奪われれば、ワイズ王国の命脈は尽きるに等しい。
「残兵五万すべてではないでしょうが、アーシェアは二、三万の兵でクメル山の守りに入れば、そこからテコでも動かないでしょう。そして、アーシェアがクメル山にいる限り、我々のこれまでの戦果も無に帰することになります」
クロックの不快な推測は、ヅガートを不快な表情とするが、それだけ副官の見解が正しいことを意味する。
「で、オマエはどう考える?」
「実物を見ていませんが、資料を読んだ限り、あそこを攻め落とすのは不可能でしょう。正に天険の難攻不落です。とはいえ、地理的に無視できる位置にありませんし、山ひとつを包囲できるものでもありません。例の作戦も、アーシェアがいたのでは通じないでしょう」
「ケッ、やっぱり、ドラゴン女がクソ王女を何とかしてくれるまで、こちらから手の出しようがないわけか。あのクソ貴族の時と同じだな」
「こうなることを予期されていたからこそ、ネドイル閣下はベルギアット閣下に策略を立てさせた、ということなのでしょう。さすがはネドイル閣下、その先見の明には敬服より他にありません」
目を輝かせるがクロックの心情など、ヅガートの理解できるものではないし、ネドイルとベルギアットがどのような謀略を練り上げているのかもわからない。
ただ、元傭兵にわかるのは、魔竜参謀の策に合わせて兵を動かす準備を怠らぬ点と、
「しかし、あのクソ王女もバカだな。本当にバカなら、戦って負けられただろうに、多少、知恵が回るせいで、満足に戦えずに負けることになるとは。世の中、知らない方が幸せってのに、あのドラゴン女のエグさを知ることになるとは、とことんハードラックな女だ」




