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入学編9-2

 ライディアン竜騎士学園の学生寮には、五つの談話室がある。


 談話室は多少の差があれ、二、三十人が集まれるスペースに、いくつものテーブルやソファーが置かれている他、チェスやビリヤードなどの遊具がある。


 放課後や休学日など、どの談話室も毎日のように、生徒たちが利用しているが、フレオールは取っ組み合いの殺し合いになるのを避けるため、ずっと素通りして自室で過ごしていたので、今日が初めての利用となる。


 談話室の一つにある大きめな円卓に、学園長のターナリィと七竜姫、フレオールとイリアッシュの計十人がつき、談話室はオープンスペースなため、その周りには生徒のみならず、教官すら押し合うように詰めかけ、話し合いの様子をうかがっている。ちなみに、ベルギアットは部屋に残っていて、この場にはいない。


 何十人もの生徒や教官に見られ、円卓につくターナリィとティリエランは疲れきった顔をしており、ナターシャは現場にいて惨劇を止められなかったからか、うなだれて特にクラウディアにすまなそうにしている。


 ウィルトニアはイリアッシュを、フォーリスはフレオールを睨みつけ、場の空気を悪くする一方、ミリアーナは久しぶりに会うフレオールに小さく手を振り、シィルエールは小さく会釈する。


 クラウディアはそんな一同の様子を見渡してから、


「急に集まってもらってすまない。特に、学園長とティリー教官は多忙なところを集まってもらった以上、新年度より起こり続けたトラブル及び悲劇がもう繰り返されぬよう、その予防措置を決めたい」


「申し訳ありません。先日はその場にいながら止めることができず、バディンの方を死なせる結果としてしまいました。生徒会長を任されておきながら、我が身の至らなさに、ただ恥じ入るばかりです」


 殺害原因の魔法戦士より、はるかに恐縮した態度を見せるタスタルの王女。


 頭を下げる親友に、クラウディアは首を左右に振り、

「残念な結果ではあった。が、私は、私が不在の間、ナータたちのやり方が間違っていたとは思わない。問題だったのは、我々の認識が甘かった点にある。結果論になるが、暴れている生徒らを言葉ではなく、力ずくで止めていれば、負傷者を出したとしても、死者は出ることはなかったはずだ」


 七竜姫の一人であるナターシャならば、竜騎士見習いの三人くらい、カンタンに倒せただろう。そして、ケガくらい、あるいは多少の騒動くらいは構わないといった心境であれば、これだけの大事にはならなかったはずだ。


 一面的には、それは正しいが、


「けど、それは結果論にすぎませんわ」


「そうだ。結果論にすぎない。だから、これまでの問題に対しては何の意味もない。だが、これからの問題に対しては、良き教訓としていかねばならない」


 フォーリスの指摘にうなずきつつ、クラウディアの述べた内容で、円卓のつく者はだいたいその意図を察した。


「つまり、これからは私たちの誰かがこいつに張りつき、こいつに手を出そうとしたヤツを、私たちが殺さん程度に殴り飛ばす。そういうことか?」


「そうだ」

 ストレートなウィルトニアの理解に、クラウディアがうなずくと、談話室を取り囲む人垣に激しい動揺が走る。


 狙いどおり、フレオールの加害者予備軍に動揺させたバディンの姫は、


「これまでの悲劇の最たる要因を、私は我々の中途半端な姿勢にあったと考える。正直に告白すれば、私はイリアッシュを今でも激しく憎んでいる。それはウィルもティリー教官も同様であろう。いや、私たちだけではなく、アーク・ルーンよりの両名を殺したいと憎んでいる者は何人もいよう」


 名前を挙げられたウィルトニアは苦笑し、ティリエランは渋い表情を浮かべる。


 実のところ、侵略者よりも裏切り者の方が、より深刻な憎悪を抱かれ、恨まれている。特にイリアッシュの場合、人望があって信頼が厚かった分、憎しみが強まり、クラウディア、ウィルトニア、ティリエランの憎悪も、深い信頼や友愛の反動とも言えるのだ。


 ただし、イリアッシュのことを良く知る分、その強さも知っているから、彼女に危害を加え難いのだろう。アーシェアのいない今、最強の竜騎士の称号は彼女が継承していてもおかしくないのだから。


 もっとも、それでフレオールに矛先を向ければどうなるかは、先日に証明されているが。


「ゆえに、イリアッシュ、質問だ。もし、この場で生徒が一人、襲いかかってきたらどうする?」


「殺します」


 即答した内容に、ターナリィと六人の王女は目を見張り、教官や生徒らもざわめき出すが、それを制するように右手を振ってから、


「イリアッシュ、あなたなら、例え私でも殺さずに対処できるはずだ。それでも、私を殺されるか?」


「一対一ならいいですが、この場の場合は殺しますね」


「わかった。次にフレオール、もう聞きたいことはわかったと思うが、先日、バディンの生徒を殺したが、一対一なら殺さずに対処されたか?」


「見境なしに殺すほど、オレとて考えなしじゃないつもりだ。一対一なら殺さずにすましたさ。が、そうじゃない以上、殺して周りに備えないとこっちの身が危ない」


「……もしかして、わたくしが敵に回ると思われたのですか?」


「あんただけじゃないぞ。三人で敵地にいるんだ。手加減なぞできるか、考えるまでもないだろうが」


 ナターシャの疑問に答えた内容で、察しのいい者は二人の、そしてクラウディアの示したいことを理解した。


「アーク・ルーンの両名にとって、ここは敵地であり、我々は潜在的な敵であるのだ。先日の件も、フレオールはただ一人に襲われたのではなく、状況によってはナータらが敵に回る可能性があるとし、対処したと思われる。周りがいつ全て敵に回るかわからない状況にある両名は、油断も手加減もせずに、常に事態に対応し、これからもそうするだろう。つまり、我々が両名を害するには、殺すか殺されるか、その心境で当たらねばならなかった。両名にとってここは戦場であるが、我々は日常であると考えていた、この認識のズレこそ、犠牲者を出し続けた、最も肝心な部分なのだ」


 ここでクラウディアは一呼吸おき、視線を野次馬らに向けてから、


「学園にいるのは味方ばかりであり、敵は二人だけ。我々にとっては圧倒的に有利であり、たったの二人と甘く見ていた油断、実のところ私もそうであり、皆にも心当たりがあろう。まさか、圧倒的に有利な自分たちが、たった二人にやられるわけがない。この油断こそが大敵だったのだ。もし、アーク・ルーンよりの両名を害するなら、我々も戦場に臨む心持ちで、覚悟を決めて相対せねばならなかった。それを欠いていたため、無駄な犠牲を出す結果を招いたのだ」


「けど、いくらボクたちが覚悟を決めたって、父、いえ、王からの命がなければ、勝手に動けないと思うけど?」


 ゼラントの姫の指摘に、バディンの姫は大きくうなずく。

「そうだ。王命を厳守すべき身でありながら、敵に手を出すなという、釈然としない命令に、心から従うことができなかった。我々が心中はどうあれ、王命に服する姿勢を示さねば、他の者も王命に服するわけがない。今、我々がするべきは、私心を抑え、王命を率先して守り、そしてそれを守らぬ者を罰することである」


 上の人間が規則を守るからこそ、下の人間がそれに倣うのだ。上の人間が規則を守らず、下の人間に守らせようとするのでは、ちゃんと規則が守られるわけがない。


 これに異を唱えるというか、反感を示したのが、シャーウの姫だった。

「ずいぶん、そこの二人に気を遣うんですのね。彼らはゲストか、何かなのかしら? 彼らに手を出させないよう、私たちで厳しく取り締まる。たしかに、私たちの側が違反をおかさない点では最良ですわ。でも、そこの二人が手を出してきた場合はどうするのかしら? 黙って私たちにやられろ、そう言いたいんですの?」


「無論、フレオールらが手を出してきたなら、竜騎士の強さを思い知らせてやればいい。が、彼らがおとなしくしているのに、こちらから仕掛けるのは止めるべきだ。こっちの足並みが揃わない内に勇み足で仕掛ければ、イタズラに犠牲を増やすだけだ。フレオールとイリアッシュ、この両名を討つ時は、王たちがそうと断を下した時だ。それまでは自重するのはもちろん、私たちが中心となって自重させるようにしていく」


「クラウディア、あなたが私をここに呼んだのは、学園側にはあなた方の活動を認めさせるためですね。先日のような事態に際して、力ずくで、暴走した生徒を止めた際、ケガさせるのもやむを得ないとの許可。その判断を求めているのはわかりました」


 ターナリィが難しい表情となるのも無理はないだろう。

 殺されるくらいなら、殴って止める方がマシ。その言い分はわからなくはない。が、敵のために味方を傷つけるという点は、にわかに首肯できるものではなかった。

 クラウディアにしても、四人の同胞を失って、フレオールらとのいさかいの危険性を実感しての提案である。ミリアーナを含む他の姫たちも、あまりに乱暴な方針に難色を示し、ターナリィも学園内での暴力行為を許可するのを認められるものではない。


 ただ、ここで、亡国の姫が違う着眼点から意見を述べる。


「……私は、クラウ先輩のやり方に、基本的に賛成だ。正直、私はこの二人を早々に殺してやりたい。が、王たちがそうと命じていない以上、こちらの足並みが乱れて、余計な犠牲が出るのは明白だ。私は誰よりもイリアッシュを憎んでいるが、同時にこの女の実力も知っている。勇み足で挑めば、五人どころか、十人、二十人と味方を失うことになる。だから、我々で味方を抑え、来るべき日に備えるべきだろう。その時にこれ以上、誰ひとりと欠けることなく、皆でこの二人を血祭りにあげられるように」


「ウィル、物騒な発言には賛同できませんが、私もこれ以上、生徒や同僚を失う事態は避けたいのは同様です。そして、その原因を除けないのであれば、原因と生徒らの間に私たちが入り、悲劇とならないように努める。これにも異論はありません。ただ、力ずくで止める、その乱暴な点だけは認めるわけにはいきません」


「言葉で止まるなら、先日の件、ナータ先輩が収めていたでしょう。が、そうはならず、犠牲者が出た。王命を無視し、憎しみで理性を失った者に言葉は通じなかった。つまりは、そういうこととなりませんか?」


 ウィルトニアの論旨に、ティリエランは黙り込んでしまう。

 言葉で止まらないのは、五人目の死体が物語っている。理性を失い、暴走した者をあくまで説得しろというのが、現実的でないのも理解できているだろう。


 が、理屈は理解できても、ロペスの王族は立場上、校内暴力を容認できるものではなく、国を失いし王女も教職員のスタンスに配慮を払う。


「もちろん、力ずくで止めるのは、本当に最後の手段。我ら七人で協力し、言葉を以て、争いを無くし、被害者を出さず、学園長がたに迷惑をかけぬこと、ちゃんと約束しましょう」


「なるほど。自分の国のお姫様に睨まれたら、そりゃあ教官に告げ口なぞできんだろうな」


 フレオールはむしろ感心して、ウィルトニアの手法を評する。


 もし、シャーウの生徒がフレオールを襲い、それをウィルトニアが殴って止めたとしても、フォーリスが睨んだら、殴られた生徒は教官に問い詰められても、実家の不利益を怖れて、被害を口にできなくなり、被害者がいないのだから、学園は誰も処罰できない。


 つまり、七竜姫が共犯関係となれば、生徒どころか教官すら、何をされても泣き寝入りするしかないのだ。


 正直「乱暴な」とか「滅茶苦茶だ」という感想を抱く者が多いが、一方でそれを受け入れなければ話は進まず、いつ六人目の犠牲者が出るかわからないので、


「……どうやら、私は学園長の立場をちゃんと考えていなかったようだ。ウィル、正直、助かった。ただ、一つだけ確認させてもらいたい。私の提案に応じれば、あなたは憎きイリアッシュの側にいることになる。その点は本当に了解してもらえるのか?」


 クラウディアの念押しがややしつこくなるのも無理はないだろう。自身も、兄の想いを裏切った義姉となるはずだった女性と相対するのに、自制心を総動員しているのだから。


 そして、祖国と家族を無茶苦茶にした従姉に対するウィルトニアの怒りと憎しみは、クラウディアの比ではないはずだ。


 バディンの王女のみならず、誰もが不安を抱いている点について、国を失った者は国を裏切った者を激情にたぎった瞳で強く見据えながら、


「私の手でこいつを殺すには、最低でも、クラウ先輩かティリー教官の助勢が必要だ。だから、王からのゴーサインが出るまで待たねば、私が六人目の死体になりかねないのは理解している。まっ、こいつの首を、死んだワイズの将兵の墓前に捧げる日を想像しながら、それが現実になる日を待つさ」


「先ほどから、よく当人を前に殺すだのと言えますわね。相手を警戒させるだけではありませんこと?」


 フォーリスが冷ややかに言うが、ウィルトニアは太い笑みを浮かべて、平然と答える。


「こいつらとの関係は、殺すか殺さないか、そこにいきつくしかないんだ。それくらいは、少なくとも、イリアは承知しているだろう。実技の成績が良いのと、強者であるというのは、意味合いが大きく異なるんだ。私が口にする、殺すという言葉で、過度に警戒してプレッシャーを感じる程度のつまらないヤツなら、この場で首をねじ切ってやるよ」


「相変わらず、血の気が多いわりには、妙な部分で冷静なんですよね」


 イリアッシュの感想は、等しく皆が抱いているものだろう。


 おそらく、師匠であるレイドがそうと指導したのだろうが、ウィルトニアは激情に駆られるほど、判断が冷徹、行動が精密化していく。むしろ、落ち着いている時ほど、視野が狭く、対応が大雑把で、つけ入る隙があるほどだ。


 もっとも、その特異性を思えば、イリアッシュの側に置いておく方が、ウィルトニアに関しては暴走の心配がないだろう。


 ライディアン竜騎士学園の副会長の特異性を再確認した元会長は右手を挙げながら、


「全力で新たな犠牲者を出さないようにする。私の提案に協力してもらえる者は、挙手をお願いしたい」


 これに真っ先に応じたのは、無言で迷いなく手を挙げたウィルトニアだった。


「先日の件、あれを繰り返さずにすむなら、いくらでも協力します」


 次にナターシャが手を挙げる。


「ボクも協力するよ。死んだ教官の遺族の反応を思い出すとさ、何をやっても止めるのが正解だと思う」


「……私も協力する。争い事が起こるのはイヤだから」


 ミリアーナとシィルエールも挙手する。


「仕方ありませんわね。今回の発端は私の提案によるもの。それを認めないわけにはいきませんので」


 フォーリスも仕方ないという表情で挙手する。


「……あくまで、我が国の者が愚行に走ったなら、その非は私の裁量で何とかする。それだけは約束しましょう」


 かなりためらった挙げ句であるが、ティリエランも挙手する。


「問題とならない限り、生徒たちの自主的な活動に、学園側が介入できるものではありません」


 七竜姫全員の協力が表明され、学園長も黙認の姿勢を見せると、一度、クラウディアは視線を野次馬らの方に向けてから、


「私の無茶な提案に応じてもらい、そのことに心から感謝する。が、一度、協力を表明したからには、それに背くことは、私が許すと思うな。学園の秩序を最優先とし、同じ国の者だからと手心を加える気があるなら、今すぐその手を下ろせ。今、手を挙げているなら、次にそれを下ろすのは、学友に鉄槌を下す時だけと考えよ」


 自分たちを見渡すバディンの王女の意図がわからぬ者は、その円卓につくメンツの中にはおらず、姫様方の高貴なる御手は一つとして下がることはなかった。


 この手の会議は、学園の会議室で行うのがセオリーなのに、わざわざ生徒たちの憩いの場を占拠しているのは、極論すればパフォーマンスのためである。


 まさか、敵のために自分たちを本気でぶん殴りはすまい。会議室でそのことを決め、口頭で伝えても、生徒や教官が甘く考える公算が高い。それゆえ、会議の様子をオープンにすることで、自分たちの本気度を野次馬らに少しでも伝えようとしたのだ。


 もっとも、ドラゴンを従えている者は皆、王侯貴族である。身分が高く、忍耐をそう必要としない人生を送ってきた者が多い。クラウディアの決意を見せつける行為は、無駄ではないが、怒ればそれを使用人などにぶつけ、それで罰を受けずにきた類の人間の、自分は特別という、選民意識に対しては万全の処置とは言えないだろう。


 無論、生まれた時から貴族社会で生きてきたフレオールとイリアッシュは、上の者が下の者に行う理不尽と横暴をよく知っているので、ここまでしてくれたクラウディアを内心で賞賛しつつも、これくらいで完全に安全が保障されたと油断することはなかったが、


「ところで、シィルよ、皆がいるので、この場で聞いて置きたいのだが、フレオールが使ったという、まじかる・りふれくとなる術は、魔法としてはどの程度のものなのだ?」


 挙げていた手を下ろしつつ、何気ない口調で発したウィルトニアの質問に、敵地にいる魔法戦士と竜騎士見習いは、警戒心をより一層、強めた。



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