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過去編21-1

 自分と姪の不在を狙い、アーク・ルーン軍が陣地に攻め寄せて来る。その可能性をイライセンは失念しているわけではない。


 敵将が優れた人物であるのはわかっている。遠目でも、陣中で動揺が起これば、それに気づくだろう。


 今、アーク・ルーン軍が強攻すれば、ワイズ軍の砦や陣地は落とされるだろう。だが、同時に、今ならばアーク・ルーン兵を一、二万と道連れにできると、イライセンは見ている。


 それだけ兵を失えば、対陣中のアーク・ルーン軍は、作戦が続行できなくなり、撤退するしかなくなる。


 陣地を死守するワイズ兵にも万単位の死者が出るだろう。今後のことを思えば消耗戦は上策ではないが、もし、連合軍の結成に対処できなかった場合を思えば、消耗戦に誘い込んだ方がマシなのだ。


 アーク・ルーン軍をこちらの隙に食いつかせ、消耗戦に持ち込むことに望みを託すほど、イライセンは現状に危機感を抱かざる得なかった。


 エア・ドラゴンに次ぐ飛行速度を有するドラゴニアンを、食事する間も寝る間も惜しんで飛ばし、ワイズ王国の王都タランドのほぼ中央にあるワイズ王宮の中庭に、翌日の早朝にはアーシェアは乗竜を着陸させていた。


 目的地に到着したが、イライセンらに取って本番はこれからである。朝早い時刻であったが、二人は手分けして起きて間もないワイズ王や諸大臣を謁見の間に集めた。


 一睡もしていないイライセンやアーシェアより、眠たげな顔が並ぶ謁見の間で、


「軍を率いる、そなたらが、このような早朝、余と重臣一同を集めた、のだ。よほど、重要な要件、なのだろうな」


 あくびを何度も噛み殺しながら、重々しさに欠くワイズ王の声が、謁見の間にやや間延びした風に響く。


 時刻が時刻の緊急の謁見ゆえ、広々とした謁見の間には玉座に座るワイズ王とその眼下でひざまずくイライセンとアーシェアの他に、立ち並ぶ諸大臣と衛兵らの姿しかないので、全員で二十人といない。


 もう一刻と遅ければ、竜騎士や高官たちもいる、いつも通りの光景であっただろうが、イライセンやアーシェアからすれば、そんな悠長なことをやっている場合ではなかった。


「陛下におかれましては、急たる謁見をかなえていただき、お礼を申し上げると共に、臣たる身で非礼な振る舞いを行い、その点を謝罪いたします。ですが、国に取って捨て置けぬ話を耳にし、許可なく任地より離れて参りました。その罪とこの身、いかに裁かれましても構いませんが、まずは寛大なお心を以て、臣の話に耳を傾けてもらえぬでしょうか」


 主君よりずっとハッキリした意識で、主君よりずっと厳かで重々しい声で述べ、頭を垂れるイライセン。


 眠たいところを引っ張って来られたワイズ王の機嫌はあまり良くないが、良く言えば寛容、悪く言えばのんきな性格をしているので、


「きちんとした理由があれば、とがめるに及ばぬ。まずは、そなたの話を申すがいい」


 謁見を申し出た義弟と長女の焦慮にまるで気づかず、のんびりとした口調で応じる。


「では、お言葉に甘えましてお聞きいたしますが、連合軍が結成されるとのことは真でございましょうか?」


「おお、もうイリアから聞いたか。まだ日数はかかるが、連合軍が結成されることとなった。これでアーク・ルーン軍の背信に報いを与えることができるぞ」


 ワイズ王の楽観的な見解に、イライセンもアーシェアも舌打ちするのを何とかこらえた。


 無論、味方の不見識を容認できるものではないので、


「お言葉なれど、連合軍が結成されるとなれば、アーク・ルーン軍の二、三倍の軍勢となりましょう。ならば、どちらが勝つかは明白。であるからこそ、アーク・ルーン軍が戦わずに退くやも知れません」


「敵が退くならば、それで良いではないか」


「連合軍の大軍の前に戦わず退いたアーク・ルーン軍は、連合軍がその前からいなくなれば、アーク・ルーン軍は再び侵攻してきましょう」


「それでは、いたちごっこではないか」


「いえ、それ以上にタチが悪いのです。アーク・ルーン軍はクラングナの基地に引き止げ、機を見て出撃すればいいだけなのに比べ、我らは遠路、特にゼラントとロペスはより長い距離を移動せねば、連合軍を結成できません。同盟国は大きく移動する分、軍費がかかり、これを何度も繰り返されては、我々は戦わずにくたびれ果てるでしょう」


 わかり易く説明され、ワイズ王は大いに渋い顔となる。


「もちろん、国境に常時、二、三十万の軍勢を駐留させるのも、多大な軍費を必要とします。連合軍を結成するならば、最低限、アーク・ルーン軍を撤退できない状態にするか、クラングナへと攻め込める態勢を整えてからのこととすべきです。でなければ、無駄足を踏み続けることになりかねないのです」


 もちろん、イライセンが連合軍に対して抱く危惧は、口にするものと異なる。


 連合軍というのは、各国の軍隊が寄り集まったものにすぎない。一応、司令官を定めて命令系統の一本化を整えるだろうが、そんなものは形だけのものとなるのは明白だ。


 同一の戦場で命令系統の異なる軍隊を運用するならば、互いが高度な連携を取るか、命令権の集約化を計るしかない。


 こうした欠点はアーク・ルーン軍も抱えているが、アーク・ルーン軍は前者、軍団長らの力量と信頼によって、その欠点を克服している。


 だが、それもアーク・ルーン帝国の将軍たちの手腕があればこそ、だ。七竜連合は人材的にそのような高度な連携を求めることができない以上、各国の軍隊を再編成して、一つの軍勢として機能するようにしなければならない。


 後者を実現できねば、戦場で連合軍の足並みは乱れ、そこをアーク・ルーン軍に突かれて惨敗するだろう。

 信任する義弟の言に、ワイズ王が困り果てていると、


「陛下、イライセン卿の見解はあくまで最悪の事態を想定してのこと。連合軍を前に、アーク・ルーン軍がどのような対応するか、実際にその時にならねばわかりますまい」


「そのとおりです。何より、うまくすればアーク・ルーン軍を撃破でき、うまくいかずともアーク・ルーン軍が退くのであれば、まず試してみるべきでしょう」


「そもそも、今回の連合軍結成はゲオルク殿下の発案によるもの。その我が国の窮状を見捨てておけぬとのご厚意、素直に受けておいた方が、今後も良好な関係を築けようというものでございます」


 口々に述べる軍務大臣、内務大臣、外務大臣の意見に、ワイズ王がほっとした表情となるのも当然だろう。


 すでに盟主国バディンというより、ゲオルクが音頭を取っての援軍の申し出を、ワイズ王は深く考えずに了承しているのだ。一度、イエスと答えておいて、やっぱりいらないと言えるものではない。


 イライセンかアーシェアが王宮にいれば、もっと慎重に対応するように進言もできたが、両名が最前線にいる間にワイズ王国の、否、七竜連合の各国の王宮には、魔竜参謀の蒔いた謀略の種が芽吹き出していた。


「なぜ、軍務大臣の意見に内務大臣が同調する? なぜ、叔父上の意見に財務大臣が同調しない?」


 アーシェアでなくとも、ワイズ王国の大臣たちの関係を知っている者なら不審を抱くであろう。


 軍事に比べ、政務への関心は薄いものの、第一王女の立場から何も知らぬわけにはいかず、一応は大臣らの関係くらいは把握している。


 財務大臣は叔父と良好な関係にある一方、軍務大臣と内務大臣はソリが合わずに、その意見が対立しないことの方が少ない。


 そして、アーシェアと違い、閣僚の首座として他の大臣たちをまとめてきた国務大臣は、祖国のみならず、七竜連合の各国の王宮の現状が積極策一色なのが理解できた。


 今回の連合軍の結成を呼びかけたゲオルクの目的は、婚約者にいい格好をしたいという、あまりにもくだらないものだ。普通なら、バディンの大臣らが呆れつつも慎重に検討して、急速に決定することはないはずだ。


 だが、連合軍の結成は表面的にはアーク・ルーン帝国に不利となるという点が、今回の急速な決定につながった。正確には、連合軍結成への反対や消極な姿勢はアーク・ルーン帝国に利する行為と見なされると言うべきか。


 七竜連合は十年に渡ってアーク・ルーン帝国にだまされ続けた。親アーク・ルーン派には、ずっと敵国への備えを怠り、敵につけ入る隙を与えてしまった責任がある。


 もっとも、七竜連合の王や王族たちがアーク・ルーンとの友好を疑ってなかった以上、家臣がそれに倣うのは当たり前の流れだ。だが、臣下が主家に責任を問えるものではなく、結果、家臣同士による責任の押しつけ合いが生じるのも、自然の流れだろう。


 反アーク・ルーン派でなかった者が、連合軍結成に反対意見、もしくは慎重論を唱えただけで、


「やはり、キサマはアーク・ルーンと通じていたのだな」


 そう決めつけられ、アーク・ルーンにだまされ続けた全責任も押しつけられかねない以上、ほぼ全ての大臣が保身のためにゲオルク王子の愛を肯定するより他ない状況に七竜連合はあるのだ。


「父上、いえ、陛下。皆が賛成しているのであれば、同盟国からの援軍を受け入れ、連合軍を組むこと自体には反対しません。ですが、あまりに性急に事を運び、軍の編成を怠れば、せっかくの兵が烏合の衆となります。連合軍を組むならば、時間をかけても全軍が一丸となって動けるように計らうべきです」


 反アーク・ルーン派の代表であるイライセンは、アーク・ルーンからの贈り物を考えなしに受け取っていた他の大臣と違い、連合軍の結成に反対しても、その点を非難されることはない。だが、いかに国務大臣として閣僚の首座にあるとはいえ、他の大臣が全て賛成している案件に一人だけ反対しても否決させることができない。


 ゆえに、黙った叔父に代わり、アーシェアはせめて連合軍の結成を遅らせようとしたが、


「そなたの意見はわかった。その点は皆で検討していこうではないか」


「本当にわかっているのですか、父上?」


 のんびりとした父王の返答に、公の場でなければそう問い返していただろう。


 指揮系統の整っていない軍勢など、どれだけ数がいようがアーク・ルーン軍の餌食になるだけ。そんな焦燥感さえ抱く娘に、


「それよりも、イライセンよ。アーク・ルーン軍と戦うわけではなく、ただ守っているだけなら、誰でもできよう。戦のことは竜騎士に任せ、国務大臣としての職務に早々に戻るがいい」


 あまりに信じ難いことを言われ、イライセン当人よりもアーシェアの方が愕然となる。


 ヅガートを相手に陣地を守る。軍事に精通しているネドイルやフレオールなら、目を丸くし、そして大いに感心するだろう。


 だが、軍事に精通していないワイズ王の言いぐさに、


「ち、父上、何をおっしゃるのですか! 叔父上の采配があればこそ、アーク・ルーン軍の進軍を留めていられるのです。十年前の事態、その再来を求めますかっ!」


 公式の場で父親や叔父をその立場で呼ばず、自分が十歳くらいの話を持ち出すほど、気が動転してしまうのも無理もないだろう。


 アーシェアとて、自身の才を自負しているが、ヅガート率いる第十一軍団と相対した今、世の中、上には上がいることを悟り、叔父がいるからこそアーク・ルーン軍と純軍事的に対抗できているのも理解できている。


 彼女からすれば、叔父を前線から外すなど、アーク・ルーン軍に対して城門を開くに等しい。


「戦は竜騎士たちがおれば問題あるまい。また、早晩、連合軍が結成されるのだ。ともかく、イライセンには王宮に戻ってもらう」


 温厚な父親とは思えぬ強い口調で言われ、娘の方は何が起こっているのか、不審に思うのみだったが、長女よりもワイズ王とのつき合いの長いイライセンは、主君が大臣らの悪口や陰口に耐えられなくなったのを悟った。

 

これはワイズ王国のみならず、現在の七竜連合のほぼ全ての大臣が悪口合戦や陰口工作に奔走し、七人の王をうんざりさせていた。


「アーク・ルーンにだまされ、その侵攻への備えを怠った罪は大なるもの。その責任の大きく、いずれ大臣の誰かが詰め腹を斬らされるだろう」


 ベルギアットが立てたそんな噂に、仮にも一国の大臣たちが軽挙妄動しまくっているのは、いくらでも自分の屋敷にやましい品々を飾っており、いくつも国家機密をもらしているからだ。


 無論、当人らは国を損なう意図があったわけではなく、何度も高価な贈り物をもらい、お礼代わりというより、警戒心が薄れて口が軽くなってしまったのだが、当然、それらは収賄と機密漏洩の罪に当たる。


 かくして、後ろ暗いことがいくらでもある七竜連合の大臣たちは、魔竜参謀の見えざる糸に操られることとなった。


 ベルギアットに踊らされるまま、このワイズ王国も朝には軍務大臣が内務大臣の、昼には内務大臣が軍務大臣の、夕方には外務大臣が財務大臣の、夜には財務大臣が外務大臣の悪口を、密かに王の耳に言い立て、心底、うんざりしているワイズ王は国務大臣に何とかしてもらおうとし、アーク・ルーン軍への最大の障壁を自らの手で取り除こうとしているのである。


 当たり前だが、ワイズ王ひとりの話だけなら、イライセンは義兄にいくらでも我慢させるが、それですむ状況ではない。


 それだけ大臣たちが互いに誰かにババを引かせて更迭させようと躍起になっているのでは、国政に影響が出るほどの対立と暗闘を繰り広げているのは想像に難くない。


 だが、それ以上に深刻なのは、偽りの友好を装っている間に、大臣たちでさえアーク・ルーンに脅迫の材料を握られている点だ。


 今でさえアーク・ルーンにいいようにかき回されているのだ。これで握られた弱みで本格的に内部かく乱をやられた時のことを考えると、とても味方から目を離せるものではない。


 直に相対したヅガートの力量を思えば、経験の浅い姪に前線を任せるのに不安がないわけではないが、アーシェアに王宮のゴタゴタを処理できる政治力がない以上、イライセンが味方のケツを拭いて回るしか選択肢はなかった。


「では、イライセンはこのまま王宮に留まり、速やかに国務大臣としての職務を執行せよ。アーシェアも良ければこのまま留まり、皆でひさしぶりに食事でもしようではないか。ウィルトニアがおらぬのは残念だが、イリアを早々に呼び戻せば、エクターンも喜ぶだろう」


 暗然となっている長女と義弟に、うんざりしていた問題に解決の目処が立ったワイズ王は、晴れやかな表情と声音で、もうすぐバラバラになる家族へのサービスを口にした。



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